第17話 本当の友達(後編)

 

 爽太に保健室まで運ばれた亜梨明は、すぐに救急車で病院へと搬送された。


「日下、本当に、本当にありがとう……!」

 奏音は亜梨明を運んでくれた爽太に、何度も礼を言い、頭を下げた。


「緑依風も亜梨明を最初に見つけてくれたんでしょ?ありがとう……」

「うん……」

 ――爽太は姉妹の秘密を知っていた。


 それも、奏音との会話を隣で聞いている限り、勘付いたどころではなく、かなり詳しく知っているようだった。


 緑依風は、亜梨明と奏音が、爽太にのみ秘密を教えていたのではないかと思うと、まるで自分達は信頼されていなかったように感じ、とても悔しく思った。


 *


「――緑依風っ!亜梨明ちゃん、倒れたって本当っ⁉」

 教室にいた星華は、亜梨明のことを心配していたようで、少し青ざめた様子で緑依風に聞いた。


「うん……。でも、多分大丈夫って保健の柿原先生は言ってたけど……」

 緑依風が話していると、奏音と爽太も遅れて教室に戻ってきた。


「おい、相楽っ!姉は大丈夫なんだよな⁉」

「…………」

 奏音は、風麻の質問に答えぬまま、カタンと椅子に座る。


 風麻は、俯いたまま返事のない奏音にもう一度問い詰めようとしたが、爽太がそれを引き留めると、ギリっと奥歯を噛みしめて、奏音から離れた。


 *


 終礼の時間。


 一組の生徒達は、波多野先生から今日の昼休みの出来事と、亜梨明の秘密を語られた。


 亜梨明は生まれつき心臓が悪いこと。

 本人の希望で今まで内緒にしていたこと。

 これから一緒に学校生活を送る上で、みんなに気をつけて欲しいことなどを説明された。


 生徒達は、静かに波多野先生の話に耳を傾けて聞き入った。


 終礼が終わって、他の生徒がぞろぞろと教室を後にする中、神妙な面持ちをした奏音が、緑依風と星華にそっと近付く。


「――亜梨明のこと……全部話すから、聞いてくれる?」

 二人は無言のまま頷き、奏音の呼び出しに応じた。


 *


 教室の窓辺に集まった三人。


 緑依風と星華は窓を背にしながら、緊張したように体を震わせる奏音の話を待っていた。


「――亜梨明のこと、ずっと黙っててごめん……!」

 ようやく声を絞り出した奏音は、緑依風と星華に深く頭を下げながら謝った。


「……亜梨明ちゃんが内緒にして欲しいって言ってたんだよね?内緒にしたかった理由はなんでなの?」

 緑依風が尋ねると、奏音は隠していた理由を全て話した。


「――でも、日下は知ってたよね?亜梨明ちゃんは、どうして日下にだけ伝えたんだろう?」

 緑依風が聞くと、奏音は「それは……」と、一瞬躊躇ためらいを見せる。


「私の口から言っちゃダメかもしれないけど――日下も、亜梨明と同じ病気だったんだって聞いた……」

「えっ!?でも日下、今あんなに元気だよね⁉」

 びっくりした星華が、思わず大きな声を上げた。


「日下は根治手術を受けたみたい。亜梨明も……いずれは受けると思う……」

 奏音は自信なさげに俯き、スカートの裾をキュッと握った。


「治せる病気ならなんで手術受けないの?日下が治ったなら、亜梨明ちゃんだって手術ですぐ元気になれるんじゃ……?」

 星華の質問に、奏音はもどかしそうな表情をして、小さくため息をついた。


「根治手術は、最後の手段なの。リスクが高いから投薬治療が可能なうちはこのまま――でも、悪すぎてもできない手術で……簡単に今すぐどうこうできるものじゃないんだ」

「そ、そうなんだ……ごめん」

 奏音が「ううん……」と小さく首を横に振ると、そこからは誰一人会話を紡げず、三人の間に沈黙が流れた。


 星華は、自身の想像以上に深刻な問題を軽率に聞いて後悔し、奏音も、重くなり続ける教室の空気に耐えるような表情で黙り込んだ。

 

「奏音」

 沈黙を破ったのは緑依風だった。


「――私達は、奏音と亜梨明ちゃんにとって、今までなんだった?」

「緑依風?」

 緑依風の問いかけに星華は肝を冷やし、奏音も身を固くする。


「と、友達だよ……」

 張り付く喉元をなんとか動かし、奏音はそう答えた。


「――本当に?」

 緑依風が、奏音の目を真っ直ぐに捉えたまま尋問すると、「緑依風、やめなよ……さっきの話聞いたでしょ⁉」と、星華が緑依風の腕を掴んだ。


「いいの、星華……」

 奏音は星華を止めると、二人の顔を交互に見た後、意を決したように、お腹の辺りで組んだ手を握り締めた。


「私達、緑依風と星華に嘘ばかりついて、二人が信用できる人間かなんて、試すみたいにしてた。でもね、二人と一緒にいるのすごく楽しかったの!それは嘘じゃなくて本当!亜梨明もいつもそう言ってた!」

「…………」

 緑依風と星華は、奏音の話を黙って聞いた。


「早く二人に話さなきゃって、何度も思った!――でも、仲良くなればなるほど、拒絶されたらどうしようって、私も……きっと、あの子はもっと思ってた!『学校が楽しい』って、あの子がああ言ってたのは初めてだったの!亜梨明にそう言わせてくれた緑依風と星華には、本当に感謝してる!私達、二人が大好きっ!」

 奏音は、溜め込んでいた想いを溢れさせるように、早口で二人に想いを吐き出すと、「だから、だからねっ……!」と、言ったところで言葉を詰まらせ、口だけをはくはくと震わせた。


 ――嫌わないで。


 そう言いたいのに、今更都合がよすぎると思った奏音は、怖くて声にできなかった。


 すると緑依風は、目を赤くしていく奏音をそっと抱きしめた。

 

 暖かい風が開けた窓から入り込み、カーテンをふわりと揺らすと、緑依風は「ありがとう」とその風と同じくらい、優しい声で奏音に言った。


「えっ――?」

「本当のこと、やっと私達に話してくれた……」

 緑依風は奏音から体を話すと、目を少し細めながら微笑んだ。


「……ずっともどかしかったんだ。二人が何かを隠してること。だって、奏音と亜梨明ちゃんともっと仲良くなりたいって思ってたのに、二人からはいつも距離を感じて――二人は、そうじゃないのかもしれないって、心がモヤモヤ、モヤモヤしてたんだ」

「そんなこと……!」

奏音が否定しようとすると、緑依風は「うん、今わかったよ」と言った。


「私はさ、亜梨明ちゃんが健康だと思ってて友達になったんじゃない。亜梨明ちゃんの優しいとことか、いつも笑顔なとことか、楽しいことを楽しいって素直に言うとことか、そういう亜梨明ちゃんが好きだから、友達になったんだよ」

「緑依風……」

「もちろん、奏音のことも――入学式の時に話しかけてくれて嬉しかった。副委員長になってくれた時も、立花に声をかけてくれた時も。新しい土地で、知らない人ばかりのここで、私達と仲良くなろうって努力して、いろんなこと聞いてくれるのが嬉しいから、私も、もっと奏音のこと知りたいって思ってた」

 緑依風の言葉一つ一つが、奏音の心の中で絡みまくった、恐れや罪悪感の糸をほどいていく。


「今日、一番気になってたことを話してくれたおかげで、やっと、二人と本当の友達になれた気がする!迷惑なんて私もこれからかけまくるし、二人の困ったことは星華と一緒に考えるから、私達が困った時も二人で助けてくれる?」

 奏音の頬に、一筋の涙がすぅっと伝った。


「――うん、任せて!」

 奏音は、制服の袖で涙を拭った。


「うわー青春くさい!かゆいかゆい!」

 星華は照れながら叫ぶ。


「でもまっ、そうだよね。友達やめないよ!むしろ『友達』から『親友』へ昇格だよね!」

 星華はぴょんっと軽く跳ねながら奏音に抱き付いた。


「そうだそうだ!親友サンドウィッチだー!」

 緑依風も星華と挟むように奏音を抱きしめた。


「ちょっ、苦しいってば!ってか、緑依風のおっぱい顔に当たる!!」

 二人にぎゅーっと挟まれた奏音は、笑いながら泣いていた。


 心の何処かで、亜梨明と二人ぼっちだと思ってた奏音だったが、緑依風と星華が、二人だけの世界から救い出してくれたような気持ちになった。


 亜梨明と自分を受け入れてくれる友に恵まれる日を、奏音はずっと夢見ていた。


 そして、それが叶った今、まるで奇跡の魔法がかかったようだと奏音は思うのだった。


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