第15話 爽太との約束


 学校を休んだ亜梨明は、自宅のベッドで横たわりながら、ため息をついていた。


「みんな……私がいない時って、どんなお話してるのかな……」

 体が怠い。時々脈が乱れる。


 それでも、友達の顔を思い浮かべると、やっぱり学校に行けばよかったと亜梨明は後悔した。


 瞳を閉じて、学校での楽しい出来事を頭の中で再現していると、爽太の姿もそこに映った。


「……爽ちゃん」

 亜梨明は、ベッドの中に埋もれていた、自分の手を顔の前にかざすと、爽太と指切りをした時のことを思い出した。


 細いが男の子らしく、女の子の亜梨明よりもしっかりした指。


 爽太の言葉が、表情が、体温が、時間が経つにつれ、どんどん亜梨明の中で、大きなものになっていった。


「爽ちゃんに、会いたいな……」

 亜梨明の口から、膨れ上がった想いが声となって漏れた。


 *


 昼食を食べ終えた後、お昼寝をしていた亜梨明は、玄関先から聞こえる、奏音の「ただいまー」と言う声で目を覚ました。


 階段を上る奏音の、トントントンという足音が亜梨明の部屋に近付くと、奏音はドアをガチャッと開けて入って来た。


「あ、起きてたの」

「奏音の声で目が覚めた。おかえりなさい」

 亜梨明が言うと、奏音は「ただいま~」と言いながら、亜梨明のベッド横に座りながら、鞄の中をゴソゴソし始めた。


「これ、今日もらったプリント」

「ありがとう」

 亜梨明は奏音からプリントを受け取ると、その内容に目を通した。


「それから、日下が亜梨明にお大事にだって」

「爽ちゃんが⁉︎」

「あ、緑依風達も言ってた。早く良くなってねって。ちゃんと、みんなには貧血って伝えたから安心して」

「…………」

 亜梨明は、爽太や緑依風達の顔や声が次々に頭に浮ぶと、会えない寂しさを堪えるように、掛け布団をぎゅっと握りしめた。


「(行かなきゃ……明日は絶対に行くんだ!)」

 友達に会いたい気持ちがまさった亜梨明は、これ以上、嘘を重ねて苦しくなったとしても、明日は必ず学校に行くと決意した。


 *


 翌日の朝。

 亜梨明は、元気になったフリを精一杯演じた。


 両親は亜梨明の演技にすっかり騙されており、奏音も、最初こそ疑っていたものの、亜梨明が冗談を交えて話しかけると、普段通りだと信じた。


「(大丈夫、笑ってたら本当に元気になる時だってあるんだから……!)」

 嘘を重ねるごとに、胸の辺りが鈍く痛むが、それでも亜梨明は嘘をやめなかった。


 *


 学校に到着すると、緑依風、風麻、星華が、亜梨明の体調を気遣いながら、明るく挨拶をしてくれた。


「心配かけてごめんね。ただの貧血だから大丈夫だよ!」

「……でも、まだ少し顔色悪いよ?無理しないでね」

 先日、亜梨明の不調を目のあたりにした緑依風は、四人の中でも特に心配した顔で言った。


 亜梨明は、緑依風に後ろめたい気持ちになりつつ、彼女の心遣いに感謝すると、一昨日誘いを断ったことを再び詫びた。


「いいよいいよ!また今度みんなで集まってやろう!……あ、そうだ!」

 緑依風は、何かを思い付いたように手のひらを叩いた。


「ねぇ、せっかくだからさ、明後日の土曜日、亜梨明ちゃんだけじゃなくて、みんなうちに来て勉強会やらない?」

 緑依風が提案すると、いつも通りの時間に爽太が教室に入って来た。


「あ、日下おはよー!」

 星華の声で、爽太が登校してきたことに気付いた亜梨明は、爽太の席がある方へ首を動かした。


「おはよう!あ……」

 爽太は亜梨明の姿に気付くと、「学校来れたんだね」と、亜梨明に優しく微笑みかけた。


「うん……!!」

 爽太の笑顔を見た瞬間、亜梨明の心は、体の辛さが消えたように感じるほど、嬉しい気持ちでいっぱいになった。


 亜梨明が一気に熱くなった頬に手を当てていると、星華が「今ね、緑依風んちで勉強会しない?って話してたの」と、爽太を話の輪の中へ入れた。


「勉強会?」

「爽太も来いよ!緑依風んちのケーキ美味いし!」

 風麻がケーキの話題を出すと、緑依風は「なんでケーキ食べる予定になってるのよ……勉強会だからね!」と、腰に手を当てた。


「……僕もいいの?」

「もちろん!日下、数学とか理科とか得意でしょ?勉強が苦手な風麻と星華に教えるのは一人だと大変だし、日下もいてくれると助かるよ」

「でも、こんなに大勢で松山さんちに行ってもいいの?」

 爽太が、自分の周りにいる友人達を見渡しながら緑依風に聞くと、風麻と星華も「そういえば」というような様子で緑依風を見た。


「えっと、うち……っていうか、場所はうちのお店になるんだけどね。二階のフロアの奥に従業員用のミーティングルームがあって、昼間はそこあまり使わないし、広いからそこでやろうかなって思ってるんだ。お父さんに新しい友達できたって話したら、何かの集まりで使ってもいいよって言ってもらったしね」

 場所の広さを聞いた爽太は「じゃあ、お言葉に甘えて」と、参加を決めた。


 爽太も勉強会に参加することが決まると、亜梨明はますます嬉しくなり、しんどくても学校に来てよかったと思った。


 *


 チャイムが鳴り、波多野先生が教室に入ってきた。

 今日の朝礼は、五月中旬に行われる、一泊二日の宿泊研修についてだった。


 配られたプリントには、バスで一時間半程の所にある野外活動センターで、午前中はオリエンテーリングをして、戻ったグループからアスレチックで遊んだり、夜はキャンプファイヤーを囲んで、各クラスで歌を唄い、最後はダンスをするという内容が書かれてあった。


「オリエンテーリングは男女四人ずつで四グループ作ってね。部屋割りは男女別々で六人ずつ。詳しくはロングホームルームで決めるからねー!」


 *


 朝礼が終わると、教室の中は、野外活動の話で盛り上がる生徒の声で賑わった。


 亜梨明も緑依風達と話をしようと、椅子から立ち上がったが、立ち上がると同時に、亜梨明の目の前がぐわんと、大きく揺らめいた。


「あ……」

 突然のめまいに倒れそうになった亜梨明は、グッと足を踏ん張り、転倒を防いだ。

 だが、ホッとしたのも束の間、今度は心臓が不規則な動きをし始めた。


「……っ!」

 脈の乱れはすぐに治まった。


 亜梨明が周囲を見回すと、誰もその様子に気付いていなかったようだ。


 緑依風と奏音は、先に星華の机に集まって三人で話をしているし、爽太も風麻や他の男子生徒と談話している。


 ――僕にだけは困った時や、体調が悪い時に絶対に言うって。絶対に無理しないで頼るって約束……ちゃんと、守ってね。


 亜梨明の脳内に一昨日の爽太の言葉がよぎった。


「(約束……でも……)」

 亜梨明は、今の状態を告げれば、きっと保健室に連れて行かれ、早退させられると予感した。


 しかし、もっと友達と――なにより、爽太と一緒にいたいという想いが、亜梨明の心で大きく揺れ動いていた。


「(大丈夫……まだ、大丈夫!)」

 亜梨明は爽太の横顔を見つめながら、自分自身にそう言い聞かせた。



「亜梨明ちゃーん!早くこっちおいでよー!」

「うん、今行くね!」

 星華の呼びかけに返事をした亜梨明は、偽りの笑顔で友達の元へ駆けて行った。


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