第2章 恋の足音
第11話 バレーボール部
土曜日の朝。
仮入部から正式に男子バレー部に入部した風麻は、部活動のため、学校までの道のりを歩いていた。
開花が早かった桜の木には、もう花が殆ど残っておらず、代わりに小さな葉っぱをニョキニョキと生やしていた。
少し日当たりの悪い場所にある、遅れて花を咲かせた木は、まだたくさん花を残していたものの、来週にはきっと全て散りゆくであろうと、風麻は思った。
風麻は今まで、バレーボールをしたことなど殆ど無かった。
しかし、いろんな運動部を見学した結果、一番面白そうだと思ったし、なによりバレーボールをやっていると、背が伸びるなんて噂を聞いてしまったので、身長が欲しい風麻は仮入部の前に、この部活にすると心に決めていた。
同じクラスで友達となった、日下爽太も一緒だ。
爽太の場合は、背の高さから顧問の
ポジションも、仮入部の段階でミドルブロッカーという、高さとスピードを求められる役割を任せたいと、竹田先生は言っていた。
風麻は、まだどこにも決まっていないが、ウィングスパイカーというポジションをやりたいと思っていた。
――というより、本人はそこしかないだろうと思い込んでいる。
先輩の練習風景を見ていると、ウィングスパイカーの選手は一番かっこよく見えたし、『エース』という肩書きだって憧れる。
幼い頃から、リーダーや熱血ヒーロー番組が大好きな風麻は、どうせやるなら、リーダーっぽいエースの役割を担いたいと思っていた。
反面、リベロやセッターはとても地味に見えてしまい、できるだけそのポジションは遠慮したかった。
「(上手くなって、背もデカくなって、スパイクをビシッと決める俺……っ!くぅ~~ッ!!絶対かっこいいじゃんっ!!)」
エースとなって大活躍する自分を妄想した風麻は、ニヤニヤとしていた。
しかし、まだ新入部員なのでメインは基礎練習とボール拾いだ。
今日もきっとボールを拾って拾って、先輩たちのプレーを見て、自分達の練習はほんの少しだろうと、風麻は予測していた。
*
校門前まで辿り着いたところで、風麻は爽太に会った。
二人はそのまま、一緒に更衣室向かい、先に来ていた先輩や同学年の部員に挨拶をして、着替え始めた。
風麻がシャツを脱いで、何気なく隣にいる爽太を見ると、爽太の着ている黒いタンクトップの隙間から、彼の胸元に大きな傷跡があるのを見つけた。
驚いた風麻は、思わず目を見張った。
「――お前、それどうしたの?」
「あ、バレたか」
バレたと言いつつ、爽太は傷を隠すこともなく、平然とした態度で練習用のTシャツをゆっくり着た。
「昔のやつ。今は、なんともないから大丈夫」
「お前、弁当食べた後もいつも薬飲んでるよな?本当に大丈夫なのか?」
爽太は昼食の後、複数の薬を飲んでいた。
最初は風邪薬か何かだと思っていたが、咳やくしゃみなど、一般的な風邪症状は全く無く、もしかしてもっと大きい病気なのではと薄々考え始めてきたが、たった今その傷跡を見て、爽太の体が心配になった。
「そんな顔しないでよ。治ったから運動部に入ったんだ。あの薬も念のための物なだけで、全く心配いらない状態だから!」
「本当か……?」
まだ疑いの眼差しで向ける風麻を見て、爽太はふっと笑い、「風麻って意外と心配性なんだなー!」と言った。
「意外ってなんだよ」
風麻は少し不機嫌になる。
「松山さんと一緒にいる時は、お姉さんと弟って感じなのに、今は兄貴って感じだね!」
「俺、もしかしてバカにされてる?」
「ごめんごめん、新しい顔を発見したなーって思っただけ!」
風麻は失礼だなと思いつつ、本当になんともなさそうな爽太を見て安心した。
*
練習は風麻の予想通り、前半はストレッチ、外周、パス練習。
後半は、二、三年生の練習試合で飛ばされた、ボール拾いがメインだった。
「エースいいなぁ……」
風麻はエーススパイカーが活躍する姿を羨望の眼差しで見つめた。
先輩達が打ったボールを拾っていると、すぐ前にいる同学年の男子部員の方向に、コートから思い切り逸れた強いボールが飛んできた。
男子部員は、目の前のボールを追いかけていたため、そのことに気付いていない。
「危ねぇっ!!」
このままだと男子部員の頭に直撃すると思った風麻は、手に持っていたボールを置いて、男子部員の方へ大きく足を踏み込み、飛んできたボールを真上に向かって片手で高く打ち上げた。
「――ひっ!!」
風麻とボールに気付いた男子部員は、頭を抱えて身を縮めた。
風麻は、そのまま勢い余って転がったが、すぐに起き上がり、「大丈夫か?」と、男子部員に言った。
「びっくりした……坂下サンキューな」
コートの方からはボールを打った先輩が「スマン!」と手を合わせて叫んだ。
「風麻こそ大丈夫?一回転して転がってたけど?」
風麻に駆け寄った爽太は、風麻に怪我が無いか心配した。
「俺は平気!」
風麻はケロッとした顔で言った。
「…………」
それを見ていた竹田先生は、顎をなぞりながら、何かを確信したような顔をした。
*
休憩時間になると、竹田先生は風麻を呼び出した。
「坂下……セッターに興味あるか?」
「セッター……ですか」
地味だと思っているポジション名を上げられた風麻は、「うーん……嫌ではないですけど……ピンとこないというか……」と、やんわり断ろうとした。
「そうか……」
竹田先生は、少し残念そうな顔をしたまま話を続けた。
「俺は最初、坂下の身軽さを見て、リベロにしたいなって思ってたんだ。でも、さっきのアクシデントを見て、リベロよりセッターに向いてるんじゃないかなって」
「あの……」
「坂下はボールの下に入るのが速いし、オーバーハンドパスも一年の中では一番上手い。どうだ?セッターの練習ちょっとやってみないか?」
「ウィングスパイカーは……」
風麻は、話を続ける竹田先生の顔色を見ながら、遠慮がちに聞いた。
「俺、スパイカーをやってみたいなって……思ってたんすけど……」
「スパイカーは、今の時点ではあまり浮かばないな!」
「そ、そうですか……」
サラッと言う竹田先生の言葉に、風麻は肩を落としてがっかりした。
「坂下、ウィングスパイカーが魅力的なのはわかるよ。チームで一番強いスパイカーになれば、エースとか呼ばれるし。でも、坂下の瞬発力と――なにより、チームワークが必要なバレーの競技では、坂下みたいに、面倒見の良い選手がセッターになってくれた方が、勝ちを取れるチームになれると思うんだよね」
「…………」
悩む風麻の顔を見て、竹田先生はポンっと風麻の肩に手を置いた。
「確定じゃないから、あまり難しく考えなくていい。もし、他のポジションに向いてると思ったら、そっちに転向させるし。でも、とりあえずはセッターの練習を中心にしていくから!」
竹田先生の頭に、自分がウィングスパイカーになる考えは無いのだと悟った風麻は、不本意だが「わかりました……」と返事をするしかなかった。
*
練習が終わると、部員全員で手分けして、後片付けをしていく。
風麻は、爽太と共に体育館のモップ掛けをしながら、先程竹田先生に言われたことを話した。
「セッターか!いいんじゃない?」
「でもなー……俺は打つ方に憧れてんだよなー」
「セッターだって打とうと思えば打てるじゃん。セッターがスパイクを打ってはいけないなんてルールは無いしさ」
「そうなのか!?」
初めて聞いたルールに風麻は驚いた。
「トスがメインだけど、二段セッターでメンバーを組んだり、相手を撹乱させる時にも使える戦法だよね」
「そっかー!打ってもいいんだな!」
「それに、ミドルブロッカーのクイックとかブロードって、セッターとの相性も必要だから、風麻がセッターになってくれたらいいなって、僕は思ってたよ」
「そうか……。それなら、セッターやってみようかな……?」
爽太の言葉に絆された風麻は、少しやる気が芽生えた。
「リベロじゃなくてよかったじゃん!リベロだったら、それこそ全くスパイクを打てないポジションだし、攻撃に参加できないもんね!」
「え……?」
「レシーブ専門だからね」
まだ、各ポジションの役割を、完全に理解しきれていない風麻は、初めて耳にしたその情報に固まった。
――俺は最初、坂下の身軽さを見て、リベロにしたいなって思ってたんだ。
「…………」
竹田先生が、リベロで考えていたという言葉を思い出した風麻は、ヒクっと口を引きつらせた。
「お……俺、セッターにする!セッターがいい!!」
こうして、風麻はセッターを引き受けることを決めたのだった。
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