第9話 同病相憐れむ
爽太と亜梨明が学校探検を終えた頃には、空の色が薄いオレンジ色に染まっていた。
グラウンドを見ると、まだ部活は続いている所が多いようだが、参加できたとしても残り三十分程度なので、爽太はこのまま亜梨明と一緒に帰ることにした。
亜梨明とは通学路が途中まで同じなので、そこまでは二人で、自分達の病気のことについて語り合った。
爽太は亜梨明がなるべく治療に前向きに取り組めるように、慎重に言葉を選んで話をした。
互いに似た経験があったことを知ると、亜梨明は初めてできた、自分の気持ちを共感できる身近な友の存在に、とても嬉しそうにした。
「私、同じ病気の人ってあんまり見たことないから、爽ちゃんの話を聞いてると、本当に元気になれそうって思ってきちゃう!」
「うん、僕だってこんなに元気なんだから、亜梨明だって絶対元気になれるよ!」
「――あ、私こっちの道なの」
分かれ道に近付くと、亜梨明は向かって左方向の道に指をさした。
「じゃあ、ここまでだね。また明日ね」
「うん、また明日……今日は本当にありがとう!」
亜梨明は爽太に手を振りながら、緩やかな坂道を登っていった。
爽太も、亜梨明に手を振ると、自分の家へと続く坂道を登り始めた。
「…………」
半分ほど登ったところで、爽太は亜梨明が登っている反対側の坂道に振り向いた。
「なんだか、昔の自分を見ているみたいだ……」
爽太も以前は、今の亜梨明と同じように、自分の病気が治る日が来るなど考えられなかった。
本来は、もっと大きくなってから受けるはずの手術を、爽太は亜梨明より四歳も早い段階で受けたのだ。
――そうしたのは、もうそれ以外に助かる方法が無かったからだった。
爽太は、自宅への帰り道を辿りながら、遠くなった記憶を思い出していた。
*
小学校に入学した直後は、亜梨明と同じように友に恵まれなかった。
みな幼かったため、重病を抱える爽太と、どう接したらいいのかわからなかったのだ。
そんな爽太に最初に声をかけ、友達になってくれたのは、中学校で再会した三橋直希だった。
直希は、他の子供達と同じように健康体であったが、爽太に寄り添って、爽太を一番の親友だと言ってくれた。
直希はクラスの人気者で、最初は爽太と距離を置いていたクラスメイトも、直希が誘えば爽太のことを仲間として迎え入れてくれた。
爽太が学校を休んだ時には、直希はわざわざ折り紙や道端で咲いていた草花を手土産にして、お見舞いに来てくれた。
勉強が苦手な直希に、爽太がわからない所を教えてあげれば、直希はそれをクラスメイト達に話した。
それを期に、爽太の周りには、勉強を教えてもらおうと、更に人が集まるようになった。
運動ができず、栄養を満足に摂取できないせいで、体も小さかった爽太は、自分は周りの子よりも劣っていると思い込んでいたのだが、直希のおかげで自分に自信が持てた。
爽太は直希に憧れた。
そして、いつか自分も誰かの役に立ってみたいという思いが生まれた。
そう願ったのも束の間、爽太は病状がどんどん悪くなり、小学三年生の頃、両親は主治医に、もう回復の見込みは難しいと告げられた。
爽太本人は、その事実を両親から聞かされなかったものの、周りの空気でそれを察した。
誰の役にも立てないまま死ぬしかないのかと、悔しく思いながら過ごしていたある日――爽太の主治医が、医療関係者の中で有名になっていた、とある名医に診察を依頼した。
その医者こそ、爽太の根治手術を執刀した人物だった。
まだ少ない例ではあったものの、手術を受けて回復した子供達もいるという話を聞き、爽太の主治医の内田先生や、爽太の両親は、
爽太は、このまま死を待つか――それとも、成功例が少なくとも手術を受けるかの選択肢を迫られ、恐怖に怯えて泣いていたが、高城先生は、爽太を力強く励ましてくれた。
手術を無事乗り越えられた後も、高城先生は爽太に頻繁に会いに来てくれた。
爽太は、自分の命を救ってくれた高城先生にも憧れた。
――今の爽太には、二つの夢があった。
一つは、直希のように強さと優しさを兼ね備えた人になること。
二つ目は、高城先生のような医者になることだ。
気恥ずかしくて家族以外の人には話せないが、この二つの目標が、爽太の生きる力になっている。
*
「ただいま」
「あ、お兄ちゃん!おかえり~!!」
帰宅した爽太を出迎えたのは、五歳年下の妹、ひなただった。
ひなたはおやつを食べていたようで、手にはクッキーの箱と、クッキーそのものが握られていた。
「お母さんは?」
「お買物だよ、お兄ちゃんもクッキー食べる?最後の一枚なの!」
ひなたがそう言って爽太に差し出したクッキーは、すでに一口分かじられた跡があった。
「ひな、もしかしてこれ一人で食べてた?」
「うん!」
細身の爽太と違って、ややぽっちゃり体型のひなたは、元気よく返事をした。
「ひな~また太るぞ~?」
爽太が可愛い妹のほっぺをプニプニと指でつつくと、ひなたは「失礼なー!」と、ちょっと不機嫌に言った。
ひなたからもらったクッキーを食べながら、爽太は自分の部屋へと戻った。
携帯電話を取り出すと、誰かからメールが届いていた。
「――先生からだ!」
メールの送り主が尊敬する高城先生だと知った爽太は、高鳴る胸を抑えながら文章を読んだ。
◇◇◇
――爽太君、中学校入学おめでとうございます。
僕は二日前までアメリカにいました。
時差ボケでとても眠いです。
始まったばかりだと思いますが、中学校は楽しいかい?
次に会えた時には、きっと最後に会った頃よりもずっと大きくなっているんだろうね。
君がこれからも元気でいてくれるよう、遠くから祈ってます。
◇◇◇
「先生……わざわざお祝いのメールをくれるなんて!」
爽太は憧れの人からのメールを何度も読み返した。
画面から顔を上げると、ちょうど正面には、術後退院する前日に撮影した、爽太と高城先生が写る写真があった。
大柄で、濃い無精ひげを生やした高城先生は、ニッと歯を見せながら笑っており、幼い頃の爽太は、その先生に抱っこされたままピースサインをしていた。
爽太はその写真にふっと、顔を綻ばせると、メールの返信内容を考え始めた。
◇◇◇
――先生、お祝いのメールありがとうございます。
中学生になることができました。
中学校は楽しいです。
部活はまだ仮入部ですが、バレー部に入っています。
先生のおかげで、みんなと同じように運動ができることがとても嬉しいです。
お忙しいとは思いますが、どうか先生もお体ご自愛下さい。
◇◇◇
爽太はタッチパネルの送信をタップすると、制服のブレザーをハンガーにかけながら、亜梨明のことを思い浮かべた。
昨日、亜梨明の落としたコインケースの中身を見て、彼女の秘密を知った爽太は、これはチャンスだと感じた。
同じ境遇の亜梨明と友達になり、彼女の役に立てば、きっと憧れの二人に近付けると思ったのだ。
「(きっと、僕なら亜梨明のことを誰よりも理解してあげられるはずだ。今度は僕が、亜梨明にとっての直希や先生になるんだ……!)」
憧れの人達になりたいという、爽太の願いは純粋だった。
しかし、この気持ちは近い未来――亜梨明や周りの友人達を、大きく傷つけてしまうことになるのだった。
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