第4話 部活動

 

 入学式から三日目。

 この日の主な行事は委員会決め、校内探索、上級生による部活紹介だ。


 一時間目のホームルームの時間になると、波多野先生が「まずは、男子と女子一人ずつ、このクラスの委員長を決めようかな?」と、生徒達の顔を見回しながら言った。


「誰かやりたい人いる?」

 波多野先生が問いかけると、「僕やります」と、日下爽太が手を挙げた。


「じゃあ、他にいないなら私も……」

 爽太に続いて手を挙げたのは松山緑依風だ。


「おっ、日下と松山やってくれるのかー!委員長が早く決まって先生嬉しいよ!じゃあ、副委員長もあと二人!こちらも男子と女子一人ずつね」


 波多野先生が緑依風と爽太の名前を黒板に書きながら聞くと、今度は奏音が手を挙げて、「副委員長やります!」と言った。


 その後、天野あまのという男子生徒が副委員長に立候補し、書記は星華が立候補して、一番大事な所はあっという間に決まった。


 風麻は放送委員を狙っていたが、じゃんけんに負けてしまい、体育祭実行委員になった。


 *


 一時間目が終わると、緑依風は奏音と一緒にトイレに向かった。


「緑依風は偉いね〜。自分から進んで、面倒な仕事引き受けちゃうんだもん」

 奏音は手を洗いながら緑依風に言った。


「偉くないよ……。小学校の時、誰も引き受けないなら推薦ってなって、そうなると背が高くて目立つからって、いつも私に面倒くさい役が来てさ。人に押し付けられるくらいなら、自分から最初に引き受けちゃった方が、気持ちもラクかな?なんて思うようになっちゃっただけなんだ」

 緑依風も石鹸を泡立てて手を洗い始めた。


「あはは、それは酷いね」

「奏音だって副委員長引き受けてくれたじゃない。今回は星華も書記だし、心強いよ」

 緑依風はハンカチで手を軽く拭くと、まだ少し濡れた手で、跳ねた毛先がまっすぐになる様、下に引っ張った。


「私は、緑依風が委員長やってくれるから立候補しただけ。友達と一緒の係の方が、やってて楽しいじゃん?」

 すでに手を洗い終えていた奏音は、癖っ毛を直す緑依風に、鏡越しに笑みを見せた。


「それでも嬉しい――よし、髪の毛ちょっとはまとまったかな?」

「そんなに気にすること無くない?」

 奏音は緑依風の髪を撫でながら言った。


「気にするよ。私、奏音みたいに真っ直ぐな髪質になりたいなぁ〜」

 緑依風は毎朝、早起きしてストレートアイロンで寝癖を直しているのだが、時間が経つと、すぐに毛先が外向きにぴょんぴょん跳ね始めるので、常にそれを気にしていた。


 *


「校内探索が終わったら、部活紹介だっけ?」

 奏音と共にトイレを出ながら緑依風が言うと、「緑依風〜!」と、二組の教室から立花が手を振りながら二人に近付いてきた。


「あ、お友達?」

 奏音と初対面の立花が首を傾げた。


「そうそう、同じクラスの相楽奏音。奏音、こっち私の従妹の青木立花。昨日会った海生の妹」

 緑依風が紹介をすると、立花は、「うっ……お姉ちゃんに先に会ったんだ……」と言って、緑依風の後ろに隠れた。


「なんで隠れてるの?」

 奏音がそっと立花を覗いた。


「だって私、お姉ちゃんに似てないでしょ……普通でしょ」

 立花は緑依風の背中に顔を押し付けて隠した。


「立花ね、海生と似てないのを気にしてるんだ。立花、大丈夫だから離れてよ」

 緑依風は自分の背中にくっついたままの立花を剥がそうとした。


「やだー!がっかりされるー!」

 立花は緑依風の制服にしがみついて、離れようとしなかったが、奏音は全くそれを気にしない様子で「立花は入りたい部活って決めた?」と、聞いた。


「……ば、バレー部」

 立花はチラッと奏音の顔を見てそう答えた。


「本当?私もバレー部希望だよ!」

「え、そうなの⁉︎」

 フレンドリーに話す奏音につられて、立花はようやく緑依風の背中から離れた。


「よかったー!同じ部活に入る子がすぐ見つかったー!これからよろしくね!」

 奏音が言うと、立花は「よろしくー!」と、先程の警戒心を忘れる様に、奏音に飛びついた。


 緑依風は、立花の変わり身の早さに苦笑いしつつ、従妹とも仲良くなろうとしてくれる奏音に感謝した。


 *


 校内探検が終わると、一年生達が楽しみにしていた、部活紹介の時間となった。


 波多野先生は部活一覧が書かれたプリントを配ると、「これから体育館でクラブ紹介を始めるので、十分後までに移動してくださーい!」と、ワイワイ騒ぐ生徒達に、少し声を張り上げて報告した。


「奏音、さっき部活はバレー部にするって立花に言ってたけど、バレーしてたの?」

「うーんと……小学校のクラブで少しだけ……あまり本格的にはしてないよ」

 奏音は少し曖昧な様子でそう言った。


「そうなんだ?」

 緑依風が不思議そうな顔をすると、奏音はその話題から逃げる様に、「星華は何部にするか決めてる?」と聞いた。


「科学部!今度、仮入部期間にラムネ作りやるらしいよ!」

「へぇ〜、面白そう!緑依風は?」

「私は、料理部にしようかなって思ってるんだ」

 緑依風は波多野先生にもらった紙をチラッと見ながら言った。


「緑依風、自己紹介の時も料理好きだって言ってたよね。料理できるのすごいなー!」

 奏音が感心して言うと、星華が「緑依風の家ケーキカフェやってるんだよ」と、教えた。


「駅近くのレストランと並んでるお店知らない?よく行列ができてるんだけど」

 星華の問いに、「もしかして『木の葉』?」と、奏音が言った。


「緑依風、そこの店長の娘なんだよ」

「え、そうなの?」

「うん!お父さんがパティシエなんだ」

 緑依風の父親、松山北斗ほくとは、業界では有名なパティシエで、洋菓子職人の大会で何度も優勝を重ねてきた程の腕前だ。


 夏城に来るまでは、大手ホテルチェーンの専属パティシエをしていたのだが、ホテル時代の先輩で、今は義兄でもある海生達の父、春生はるおに誘われ、春生の店の隣に自分の店を建てたのだった。


 北斗が独立してから、すでに十年程経過しているが、客足は未だに年々増え続けており、休みの日や連休中などは、わざわざ県外から足を運んでやってくる客もいる。


「ちなみに隣のレストランは、海生と立花のお父さんのお店ね」

「木の葉のケーキ食べてみたいな〜!前に窓からチラッと見たことがあったけど、キラキラしてて、すごく美味しそうだった~!」

 奏音がうっとりとした顔で、窓から見た煌びやかなスイーツを思い出していた。


「「だった」ってことは、まだうちのケーキ食べたことない?」

「うん、その時は人がたくさん並んでたし、用事があったから、買わずに通り過ぎちゃったんだ」


 奏音が残念そうに言うと、「緑依風んちのお店、昼間とか休みの日はいつも並んでるよ」と、星華が説明した。


「えっ、そうなの⁉……でもまぁ、せっかくだから、今度並んで買いに行ってみるよ」

 奏音が肩を落とす様子を見た緑依風は、「よかったら今度うちにおいでよ!」と言った。


「お父さんにお願いしてもらってくる!」

「え、それは悪いよ……」

 奏音は手を振って、遠慮した。


「うちのケーキ美味しいから、奏音にも是非食べてもらいたい!」

 緑依風は、尊敬する父のケーキを、奏音にも知ってもらいたかった。


 最初こそ遠慮していた奏音だったが、緑依風の誘いに「じゃあ、今度遊びに行くね!」と、笑顔になった。


「うん、来て来て!あ、でも、他の人には内緒ね?」

 緑依風が小声でそう言うと、緑依風の後ろから、「ケーキって聞こえたぞぉ〜……」と、風麻が緑依風の肩を押さえつけて、不気味な声で言った。


「うっわ!」

 驚いて飛び上がった緑依風が後ろを振り向くと、風麻が恨めしそうな顔をしていた。


「俺、最近ケーキ食わせてもらってないけど……」

「あんた、友達の中じゃ一番食べに来てるからね!」

「お前の作ったケーキでいいから食わせてくれよー!甘いもの食べないと、俺元気出ない〜!」

「私のでいいって何よ……。どうせ、お父さんみたいには作れませんよーっだ!」

 緑依風は拗ねる様に、腕を組んで風麻から顔を背けた。


「緑依風もケーキ作れるんだ!さすがパティシエの娘!」

 奏音が褒めると、緑依風は少し悔しそうな顔で、「お父さんとは比べ物にならないよ」と言った。


 緑依風は四年生から、父に習ってケーキ作りの練習をしていた。


 初めて父の店に遊びに行った時、幼い緑依風は、父の作ったケーキを幸せそうな笑顔で食べる人達を見て、いつか自分もそんなケーキを作って、たくさんの人を笑顔にしたいと思った。


 緑依風にとって、人を幸せな気持ちにすることができる北斗は、憧れの存在だ。


 最初は何度も失敗し、その度に、父にどうすれば上手に作れるのか、しつこいくらいに尋ねた。


 試食も、自分と父親だけでなく、母親の葉子ようこと妹達にも頼み、感想をメモしながら改良を重ねた。


 上手く作れるようになってくると、家族以外の感想も聞いてみたくて、風麻に作ったケーキを試食してもらったところ、甘い物好きな風麻は、とても喜びながら食べてくれた。


 大好きな風麻の笑顔を見ると、難しいお菓子にもチャレンジしようと、ますます頑張ることができた。


 以来、緑依風はケーキを作る度に、風麻に「おすそ分け」と言って、彼にケーキを食べてもらっている。


「同じ材料使っても、何が違うのか……お父さんとは違う味になるんだ。そりゃあ、お父さんだって、何年も修行して、努力した結果だってのはわかるんだけど……」

「それでも本当に上手なんだよ。コンビニのスイーツには劣らないくらい、作るの上手いもん」

 星華が褒めると、緑依風は「ハードル上げないでよ〜」と言いつつ、嬉しそうに顔を赤らめた。


「こりゃ、料理部に入ったら先輩達に教わるどころか、教える側になるんじゃない?」

 奏音が茶化す様に緑依風に言うと、緑依風は「そ、そんなことできないよ……」と謙遜した。


「……ん?」

「どうした、爽太?」

 風麻の横でプリントを見ていた爽太は、何かに気付いて緑依風を見た。


「あの、松山さん……。お話が盛り上がってるとこ悪いけどさ……」

 爽太はプリントを開きながら緑依風に見せた。


「この学校……料理部無いみたいだけど」

「え?」


 *


 部活紹介が終わって教室に戻ってきた一行だが、緑依風は沈んだ顔をしていた。


 部活紹介では、運動部、文化部双方の部活が全て紹介されたのだが、爽太の言った通り、料理部は本当に夏城中に無かったのだ。


 緑依風は、海生から料理部の存在を聞かされていたため、そんなはずはないと思っていたのだが、波多野先生に聞いた所、料理部は去年の三年生が卒業したと同時に、廃部になったらしい。


 しかも、顧問の先生もこの春に定年退職で辞めてしまい、新たに作るならば条件として、最低五人は部員を集めなければならないという。


 緑依風は料理部があると思い込んでいた上に、楽しみにしていたので、組んだ手の上に顎を置いて無言になっていた。


「どうしよう……。部活、他に入りたいの無いよ〜……」

 ようやく口を開いた緑依風は、深いため息をついた。


「強制じゃないんだから、別に無理して入らなくてもいいんじゃね?楽しくないところに無理やり入ったって続かねぇし」

「そうだね。うちの学校、部活強制じゃないし、他にも入らない子いるんじゃない?」

 風麻と奏音が言った。


「……うーん」

「そのうちやりたい部活見つかるかもしれないし、仮入部期間が終わったって、いつでも部活入れるんだからさ」

 星華も、悩む緑依風に近寄り、励ました。


「そうだね……」

 友人達のアドバイスを聞き、緑依風はとりあえず、合う部活が見つかるまで、どこにも所属しないことにした。


「じゃあさ、早く家に帰れる分、俺にまたケーキ作ってくれよ!」

 風麻は親指を自分に向けながら、ニカッと笑って催促した。


「はぁ……。あんたはそればっかりだね……」

 緑依風は半分呆れつつも、風麻が自分の作るケーキを求めてくれることを嬉しく思い、「しょーがないっ、作ってあげる」と、仕方ない様子を装って言った。


 風麻は「やったー!」と、喜びながら両手を上げた。


 無邪気な笑顔で踊りながら喜ぶ風麻を見ていると、緑依風の心の中にあった残念だった気持ちが、ふわりと軽くなった。


「飛びっきり美味しいの頼むぜ!部活が無い分、お菓子作りをしっかり練習するように!」

 偉そうな態度で言う風麻に、「調子にのるな!」と緑依風が消しゴムを投げつけると、消しゴムは見事に風麻の額にヒットし、コンっと軽い音を立てて床に落ちた。


「痛ってーな!巨女!」

「小さいくせに、上から言うからでしょ!」

 二人のケンカが始まると、奏音、星華、爽太は、また始まったという様子で笑った。


 校舎の外では、そんな二人を笑うように、桜の花びらが春の優しい風に乗って、ひらりふわりと舞っていた。


 *


 下校時間になると、五人は一緒に帰りながら、来週から始まる授業の話をしていた。

 最初に星華が四人と別れ、十字路に差し掛かると、左方向に奏音が、右方向には爽太が、それぞれ緑依風と風麻と別れることとなった。


「じゃ、また明日……じゃなかった、来週ね〜!」

 緑依風が、奏音と爽太に手を振りながら言った。


「あはは、また来週ね!」

「うん、またね!」

 奏音と爽太が、緑依風と風麻に手を振りながら歩き始める。


「ん?」

 奏音は緑依風に手を振り終えると、緩やかな坂道を小走りで登っていった。


「ねぇ、風麻……」

「なんだ?」

「なんか、奏音ってさ……いつも急いで帰ってる気がしない?さっきも少し、早歩きだった気がするし……」

 爽太はまだ遠くに姿が見えるのに対し、奏音の姿はもう見えなくなっていた。


 奏音の行動が気になる緑依風と違い、風麻は何も気にならない様子で「早く帰ってうんこでも行きたいんじゃね?」と、言った。


 緑依風は軽く息を吐いて、「風麻に聞いた私がバカだった……」と言うと、再び歩き始めた。


「なんだとー⁉︎」と、後ろで怒る風麻を無視しながら、緑依風は奏音と、まだ見ぬ奏音の双子の姉について考えていた。


「(なんとなく聞けないでいるけど……なんで、双子のお姉さんは来週からじゃないと来れないんだろう?)」


 *


 ――その頃、緑依風達から離れた奏音は、携帯を取り出して電話していた。


「遅くなってごめんね、もうすぐ家に着くから」

「ゆっくり帰ってきて大丈夫なのに〜」

 奏音の電話の相手は、奏音よりやや高めの声でそう言った。


「だって亜梨明、早く学校の話聞きたいって言ってたでしょ?」

「うん……。またお友達の話聞かせてね!」

 亜梨明の嬉しそうな声を聞くと、奏音は更に足を速めて家へと急いだ。


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