第3話 身体測定
緑依風達の中学校生活が二日目を迎えた――。
今日は、一時間目はホームルーム。
二時間目からは、身体測定と健康診断をするらしい。
ホームルームでは、出身校や好きな食べ物、趣味の話を交えて、簡単な自己紹介をしていった。
一時間目終わりのチャイムが鳴ると、各クラス交代で更衣室へと移動し、体操着に着替えた。
「あ〜あ、身長伸びてるかな〜……」
星華が自分の頭を撫でながら言った。
「成長期だもん、伸びてるよきっと」
「緑依風は昔から大きくていいよねぇ〜……。背が高いとかっこいいし、いろんな服が似合うし、羨ましいよ」
星華は緑依風を少し見上げて言った。
「何センチくらいあるの?」
奏音がジャージのズボンを履きながら聞いた。
「六年の三学期に測った時は、158センチくらいあったかな?でも……私、あまり大きくなりたくないんだよね……」
「なんで?大きい方が色々便利じゃない?」
奏音が首を傾げると、星華はププッと笑った。
「そりゃあ、好きな男の子が自分より小さいんだもんね〜!」
「ちょっと‼︎」
緑依風が顔を赤くして怒ると、「何?緑依風好きな子いるの⁉︎誰々⁉︎」と、緑依風の予想通り、奏音はその話に食いついてきた。
「やだ、言わない。……私、先に出てるね」
着替え終わった緑依風は、星華と奏音を置いて更衣室を出た。
女子更衣室の正面に、風麻と爽太の後ろ姿が見えた緑依風は、二人の身長差を見て小さくため息をついた。
背の高い爽太の隣にいる風麻が、いつもより余計に小さく見える。
爽太は緑依風より背が高いが、その差はあまり感じない。
つまり、他人から見た自分と風麻の身長差も、今、自分が見ているのと同じくらいなのだろうと思った緑依風は、ますます自身の高身長が憎らしくなった。
――なんで私、風麻よりこんなに大きくなっちゃったんだろ……。
緑依風は、先程より深いため息をつきながら、ジャージのズボンをキュッと握った。
*
「お待たせー!」
星華と奏音が女子更衣室から出てきた。
その声を聞いて振り向いた風麻は、緑依風のそばにやって来て、悔しそうに緑依風を見上げる。
「中学生になったんだ……。今すぐには無理でも、卒業までに絶っっ対!お前の身長抜かしてやるからな!」
宣戦布告する風麻に、緑依風は「ふんっ」と鼻で笑うと、「抜かせるもんなら早く抜かしてみなさいよ!小さな風麻くん?」と、上から目線で風麻を挑発した。
「くっそー!いつか絶対っ!お前を見下ろしてやるからな‼︎」
怒った風麻は、爽太に「行くぞ!」と声をかけ、背を向けて去っていった。
「(やってしまった……)」
風麻の背中が少し遠くなると、緑依風はカクンと首を落とし、先程風麻に発した言葉を後悔する。
緑依風はいつも、風麻への好意を隠すために、彼の前では天邪鬼な態度を取るのが、癖になっていた。
風麻本人にバレたくないのはもちろんだが、それと同じくらい、周りの同級生に「仲が良い」と、冷やかされるのが嫌で、自分は風麻のことが好きではないとアピールするために、こうして自分を偽って演技をしてしまう。
しかし、緑依風本人は周りを騙しているつもりでも、他人から見た彼女の行動は、逆効果だ。
――現に、たった今、緑依風の後ろにいた奏音は、何かに気付いたような顔をしている。
「私、緑依風が好きな人わかっちゃった……」
奏音はそう呟くと、緑依風の肩に手を置いた。
「緑依風、坂下が好きなんだね。わかりやすすぎ……」
奏音が言うと、緑依風は「誰にも言わないでね……」と、観念した様に言った。
「いや、誰が見てもすぐわかるっしょ……」
二人の後ろで、星華が静かに呟いた。
緑依風と風麻は、初めて会った時はそんなに背丈の違いなど無かった。
ところが、幼稚園に入ったあたりから、緑依風はどんどん背が伸びていき、小学校に上がると、見知らぬ人に姉弟に間違われることが増えた。
その度に、緑依風も風麻もショックを受けていた。
緑依風より年下に間違われるのが悔しかった風麻は、緑依風をライバル視し、緑依風も、日頃から素直になれず、先程のようなことばかり言ってしまうので、余計に風麻の反感を買ってしまうのだった。
「(背、縮まないかなぁ……。縮むのは無理だとしても、早く止まらないかなぁ……)」
緑依風はこれ以上伸びないことを願っているが、両親共に背丈が大きいので、それは難しいと理解していた。
*
身体測定も健康診断も自由に回れるため、緑依風達は空いている箇所から回って行くことにした。
最も空いていたのは、女子なら誰もが嫌がる体重測定だ。
「私、朝ごはん抜いてきたんだ〜。お腹すいたけど、その分痩せてるといいな」
星華がお腹をさすりながら言った。
「また抜いてきたの?食べないダイエットは良くないよ」
緑依風が呆れながら言うと、星華は「だって動き回って痩せるなんてしんどいもーん!」と言って、自信満々に体重測定の列に並んだ。
「小学校の時から抜いてもいつも「増えた」って喚いてんのに、懲りないなぁ……」
「それ、すごく想像しやすいね」
緑依風達と出会って二日目の奏音は、星華の性格を少しずつ把握してきたようで、「ふふっ」と笑った。
身体測定は運動部に所属する二、三年生の先輩達が測定してくれる。
もちろん、男子は男子の先輩達が。
女子は女子の先輩達が測ってくれる。
緑依風の体重は、小学生の頃より少し増えているが、身長との比率的に標準範囲内だったのでホッとしていた。
星華はやっぱり今回も増えていたらしく、「痩せなきゃ」と、数字が書かれた紙を見ながら落ち込んでいた。
「別に星華太ってないじゃん」
奏音に言われると、星華は「付いて欲しいとこに脂肪が付いてないのに、増えてるのが納得いかない~!!」と、地団太を踏んだ。
「む~っ……奏音は?」
「ん~?ちょっと増えたけど、まぁこんなもんじゃない?」
「あ~あ、朝ごはん抜いたのにこんな結果なんて……」
安心したような表情で紙を見る奏音を、星華は羨みながら言った。
*
二番目に視力検査を済ませ、三番目に来たのは身長測定だ。
緑依風達が並んだ列の担当は弓道部で、身長測定器の横では、スラリと長い手足を持つ美少女が立っている。
「わぁっ……!!」
涼やかな顔立ちで、ニキビひとつ見当たらない、白くて美しい肌――そして、抜群のスタイルを持つ先輩の姿に、奏音の口から声が漏れ出た。
「あら、緑依風!待ってたわよ」
「
海生と呼ばれた美少女は、長く艶やかな髪を揺らして、緑依風の隣にいる奏音を見た。
「緑依風、この先輩知り合い……⁉すっごい綺麗!」
奏音は、感動したように緑依風に聞いた。
「
緑依風は奏音に海生を紹介をした。
「初めまして、相楽奏音です!」
「初めまして~!一年生、可愛いわね〜!」
「あ、あれ……?」
クールな顔立ちとは裏腹に、ホワホワとした声と笑顔で握手する海生。
奏音はそのギャップに、驚いている。
「あ、海生見た目と違って、すごくフレンドリーで天然だから緊張しなくていいよ」
「そ、そうなんだ……意外です」
海生は、困惑する奏音の手を両手で握りながら、軽く上下に振って楽しそうに笑っていた。
「海生は黙っている時と、喋りだした時の差が激しいんだよね~」
緑依風の言う通り、後ろで並んでいる他の生徒も、奏音と同じく、海生のギャップにびっくりして固まっている。
「――さて、身長測りましょうか。緑依風、また大きくなったでしょ?」
緑依風は測定結果を書く紙をぎゅっと握りしめる。
「もう伸びなくていいんだけど……海生は伸びた?」
「166センチだったかな?4センチも伸びちゃった!このままだと、来年には170センチになっちゃうかもね〜」
クスクス笑いながら余裕の表情で言う海生の言葉に、緑依風は顔を引きつらせながら台に乗った。
海生がバーを下げると、スーッと小さな音が鳴り、その音がますます緑依風を緊張させる。
そして、バーが緑依風の頭のてっぺんに当たったところで、隣にいる海生の友人が、「松山さん、160センチ」と、言った。
「嘘っ⁉︎」
測定結果を聞いた緑依風から、悲鳴に近い声が上がる。
なんと緑依風は、一月に測った身長より、2センチも背が伸びていた。
「すごいじゃん緑依風〜!たった三ヶ月でこんなに伸びるとか!いいないいな〜‼︎」
隣で星華はモダモダ足を動かして羨むが、緑依風は紙を見て絶望しか感じなかった。
「……っ」
「あらあら……」
目に涙を滲ませる緑依風の気持ちを察した海生は、緑依風の頭に手をそっと置いた。
「心配しなくても大丈夫よ緑依風……」
海生が少し膝を曲げ、緑依風の目を見た。
「男の子はすぐ大きくなって、あなたを追い抜いてくれるから」
「だって……風麻がもし、小さいままの大人になったら……」
「私の彼氏……
海生は、自分の恋人の例を挙げて、緑依風を安心させるように言った。
「一年生の時、弓も背も追い抜くって、あの人私に言ってきたけど……そしたら本当に、一学期が終わる頃には、私の背を追い抜いちゃったの」
「本当に?」
緑依風が聞くと、「男の子はそんなものよ」と、海生は優しく微笑んだ。
「成長を止めるなんて最初から無理なんだから、胸張って大きくなりなさい。……っていうか、胸も大きくなるわよあなた。私の従妹だもの」
「なっ……‼︎」
思わぬ発言に緑依風は顔を顔を赤らめた。
「背も胸もどんどん育てなさい!大きいことは良いことって言うし、大は小を兼ねるとも言うし……ね?」
「……うん?」
最後の言葉に緑依風が首を傾げると、海生の友人が「それは、そこで使う言葉じゃなくない?」と冷静に言った。
「あ、あれ?そうなの……?」
イマイチ決まらずに、とぼけた様に聞く海生の様子が可笑しくて、落ち込んでいた緑依風も、星華も奏音も、みんな笑った。
*
全ての測定が終わった後、風麻が嬉しそうな顔で緑依風に近付いてきた。
「聞いて驚け緑依風!俺、4センチ伸びたぞ!151センチだ!」
風麻は、測定結果が書かれた紙を緑依風の目の前に近付けて、ドヤ顔で言った。
「本当だ……私より伸びてる」
またいつものように言い返されると思っていた風麻は、拍子抜けした顔で緑依風の顔から紙を遠ざけた。
「は?何言ってんだ?俺よりお前の方がまだデカイし……。それより、お前は何センチだよ」
「あ、ちょっと……!」
緑依風の紙を勝手に取り上げた風麻は、緑依風の身長結果を見た。
すると、風麻は先ほどの嬉しそうな顔から一変して真っ赤になり、悔しそうに背中を震わせる。
「んなーっ!?てめぇ、160じゃねぇか‼︎嫌味か⁉︎この巨人女‼︎」
風麻が失礼な言葉を緑依風に向けると、緑依風も感情的になり、「あんたが小さいだけでしょ‼︎」と、風麻のコンプレックスを刺激した。
「――ってか、紙返しなさいよ!」
「へっ、体重も俺より重いな!緑依風さん、また太りましたー?」
「うるさい!いいから返してってばー!」
ギャアギャア騒ぐ二人を見て星華は、「この二人、毎年これ」と奏音に言い、奏音も「姉弟ゲンカみたい」と言った。
「……でも、仲良いんだね!」
奏音は緑依風と風麻のやり取りを見て、にっこりと笑った。
「あ……」
すぐ側で奏音の笑顔を見た爽太は、その笑顔に見覚えを感じ、小さく声を上げる。
「ん……?日下、どうしたの?」
爽太の視線に気付いた奏音は、彼に向き直って聞いた。
「えと……相楽さん、誰かに似てるなって思って」
「誰か?」
「うん……誰かわからないけど……なんか、似てる」
爽太の曖昧な返答に、奏音は「なんじゃそりゃ……」と、呆れた。
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