バイト生活の終わり!?


 そして、翌日、昨日と同様に集合時間の十五分前に駅前のスーパーに到着したが、ハルヒ以外のSOS団員は既に集まっていた。


「キョンくん、おはようございます。」

朝比奈さんは律義にお辞儀をしながら、あいさつをしてくれた。


「おはようございます、朝比奈さん。」

俺もあいさつを返したあと、ハルヒがこの場にいないことを改めて確認した。


「ハルヒは、また店長と話しているのか?」と古泉に聞くと、


「ええ、そうですよ。涼宮さんがどうかしましたか?」


「いや、実はこのバイト地獄から抜け出せる方法を思いついたんだ。」


 古泉は、その言葉を聞いて、微笑みながら、

「へえ、それは一体、どんな方法ですか? ものすごく興味が湧きますね。」


「ああ、聞いて驚くなよ。この紙を使う。」

 そう言って、俺は、一枚の紙を古泉に手渡した。


「これは、数字を自分で選ぶ形式の宝くじですね。……なるほど、貴方の考えていることが、なんとなく分かってきました。」


「まあ、長門に当選番号の情報を操作してもらうか、朝比奈さんに今回の当選番号を教えていただければ、それが一番早いんですが……。」


 そう言って、俺は朝比奈さん達を見ると、朝比奈さんはニコッと笑いながら、

「禁則事項です。」


 やっぱり、そうですよね。そして、長門はいつも通りの無反応。……まあ、この展開は想定していたが。


「だから、これを涼宮さんに書かせて、涼宮さんの能力の特性を利用して、その数字を当選番号にしようという考えですね。」


「なんか、『利用』という言い方はひどいな。お前も、このバイト生活が続くのは、正直しんどいだろ。」


「まあ、それはそうなんですが。……でも、そう上手くいきますかね?」


「どういう意味だ?」


「いえ、涼宮さんが貴方の意見に従って、素直に当選番号となる番号を書くようには思えないということです。」


 古泉がそう言うのも無理はない。確かに、ハルヒが俺の言う事を素直に聞くわけがない。


「それについても、ちゃんと考えているさ。SOS団全員の総意という形にもっていくつもりだ。だから、今日のバイト終了後に俺が提案したときには、さりげなくフォローをしてくれないか。」


「ええ、もちろんいいですよ。バイト生活を回避できるのは、ありがたいですし、それに何より、そちらの展開の方が面白そうですから。」


 そして、二日目のビラ配りの時間がやって来た。昨日に負けず、灼熱地獄ではあったが、俺はバイト終了後の本番に向けて、色々とシミュレーションをしていたせいか、昨日ほど暑さは気にならなかった。


 やはり、今日もバイト終了後には、ハルヒの『喉が渇いた』という鶴の一声により、喫茶店に行くことになった。


「みんな、今日もお疲れ様! 店長のオッチャンも『よくやってくれている』って褒めていたわよ。SOS団の団長として鼻が高いわ。」


 ハルヒの言いぶりから、どうやら俺たちのビラ配りの成果は悪いものではなさそうだ。ハルヒもSOS団の団長としてのメンツも保てているようで、それは何よりだ。……さて、そんなことよりも、そろそろ本題に入らなくては。俺は、飲みかけのアイスコーヒーを全部飲み干してから本題を切り出した。


「なあ、ハルヒ。明日以降のバイトは辞めにしないか?」


 俺の発言は、どうやらハルヒが想定していなかった内容だったらしい。ハルヒは顔をしかめながら、声を荒げて答える。

「突然、何言うのよ、キョン! この活動は、SOS団の活動資金獲得の目的も兼ねていることを忘れたの⁉」


「ああ、それについてだが、こういうのはどうだ? ここに数字を選ぶ形式の宝くじが五枚ある。各自、好きな番号を六個選んで、誰が一番当選番号に近いか勝負するんだ。」


「……つまり、『SOS団内、幸運の女神決定戦』を開催するということね! キョンにしては、なかなか面白そうな企画じゃない。」


 ネーミングのセンスについて、一言申したいが、どうやらハルヒは興味を持ってくれたようだ。まあ、それなら良しとしよう。


「それで、この宝くじの当選番号は、今日の十八時に発表されることになっている。だから、これから皆で番号を書いて、急いで宝くじを買いに行こう。この宝くじの結果、誰かの番号が当選していた場合には、当選金が手に入るから、それをSOS団の活動資金に充てればいい。それに当選金の金額によっては、明日以降のバイトを辞めて、そのお金を使って別のことをするのも面白いんじゃないか?」


「ふーん、まあ、その案もいいわね。でも、当選金が手に入るってことは、税金とか、かかるんじゃない? キョン、その場合、確定申告はどうするの?」


 税金? 確定申告? 宝くじの当選金って、税金がかかるのか? 正直、ハルヒのその一言は想定していなかった。だが、バイト前に約束した通り、その点については古泉がフォローしてくれた。


「涼宮さん、その点なら、心配いりませんよ。宝くじの当選金は、所得に該当しませんから、所得税はかかりません。」


「そうなの? それなら、安心ね。じゃあ、キョン、その宝くじを皆に配りなさい。『SOS団内、幸運の女神決定戦』を急遽開催するわよ。」


 古泉の一言で安心した俺は、皆に宝くじを一枚ずつ手渡した。


「この中には、①から㊸まで番号がある。この番号の中から、好きな番号を六個選ぶんだ。いいか、ハルヒ? 『当選しますように』と強く念じながら、番号を書くんだぞ。」


「なんで、私だけに言うのよ? これは、SOS団全員の真剣勝負なんだから。みんな、一生懸命番号を選ぶのよ、いい?」


 ハルヒは乗り気のようだ。これなら、ハルヒの選んだ番号が当選番号となるだろう。俺は番号を選びながら、ビラ配りから解放されることに安堵していた。


「しかし、一等が当選した場合はどうする? 一等の当選金は一億円を超えるだろうから、SOS団の活動だけでは使い切れないだろうな。」


「そんな、簡単に一等なんて当たるわけないじゃない! 何寝ぼけたこと言ってんのよ。でも、本当に一等が当たったら、どうしようかしら……。」


 そして、全員番号を選び終わったようなので、俺が全員分を預り、宝くじに交換しに行った。受付に着くと、宝くじ交換ができる五分前だったようだ。俺は、慌てて五枚分の代金を支払い、宝くじに交換した。俺が交換した宝くじを喫茶店に持ち帰ったときには、みんなの前に並べられている飲み物が変わっていた。まあ、ここの代金なんて、これから手にするであろう当選金に比べたら、微々たるものだ。


「じゃあ、交換してきた宝くじを渡すから、各自持っていてくれ。今から、当選番号を調べるから。」


「なんか、緊張するわね。早く調べてよ、キョン!」


 俺自身もこれから一等を目の当たりにすると思うと、緊張してくる。俺は、はやる気持ちを押さえながら、スマホで当選番号を調べた。


「……、当選番号は以上だ。残念ながら、俺の選んだ番号はかすりもしなかったが、みんなはどうだ?」


 そう聞くと、朝比奈さんも古泉も駄目だったようで、首を横に振っていた。長門は……、いつもの通り、無表情だった。念のために確認したが、当選番号は選ばれていなかった。まあ、我々は前座のようなものだから、外れていても何も問題ではない。


「ハルヒ、お前はどうだった?」


「全然ダメ! 一つもかすりはしなかったわ。」


「そんな馬鹿な! ハルヒ、よく確かめた方がいいんじゃないか? なんなら、もう一回当選番号を読み上げるぞ。」


「しつこいわね! 一つもかすってないって言ってるでしょ! まあ、強いて言うなら、全て一つずつ小さい数字を選んでいれば、全部合ってたんだけどね。」

……そんなことはないはずだ。俺はそう思って、ハルヒの持っていた宝くじを手に取って、当選番号と見比べてみた。……確かに、ハルヒの言う通り、ハルヒが選んだ番号は全て当選番号より一つだけ大きかった。


「なぜだ⁉ ハルヒ、ちゃんと『当選しますように』と念じながら、番号を選ばなかったのか?」


「だから、なんで私にだけ言うのよ! みんなの番号だって、外れているじゃない。……最初は、ちゃんと『当選しますように』と思ってたけど、番号を選ぶ前に気が変わったのよ。」


 『気が変わった』だと? 俺はあまりのショックに何も言えずにいた。すると、古泉がいらぬフォローをしてくれた。

「涼宮さん、どうして、番号を選ぶ前に気が変わったんですか?」


 すると、ハルヒは当然のように答えた。


「だって、確かに当選したらSOS団の活動資金を獲得するっていう目的は達成できるけど、明日以降のバイトをキャンセルすることになるから、店長のオッチャンに迷惑がかかるでしょ。……それに……、」


「……それに……、何でしょうか?」


「みんなでバイトした方が楽しいじゃない。」


 ……やはり、俺の夏休みはハルヒに振り回されることは回避できないようだ。

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