涼宮ハルヒ ✖ 宝くじ

ロイ

バイト生活の始まり

 俺が、ハルヒに振り回されるようになってから……、いや、高校に入学してから、早くも五ヶ月が過ぎた。一学期の期末試験も無難に終了し、本来であれば今頃は自由で怠惰な高校一年生の夏休みを満喫しているはずだった。だが、夏休みの間も、SOS団の活動は止まることを知らない。合宿と称して離島にも行き、今日もハルヒの突然の招集指令により市民プールまで行っていた次第である。


 ……まあ、朝比奈さんの水着姿をお目にすることができたのは、嬉しい限りではあったが……。


 ……話を戻そう。なんだかんだ言いながらも、俺は先ほどまでは夏休みを満喫していた。市民プールの後に入ったファミレスで、ハルヒのあの一言を聞くまでは……。


「それでね、残りの夏休みをどう過ごすかを考えてみたんだけれど、明日からはバイトをするわよ! 明日は朝九時に駅前のスーパーの前に集合よ! じゃあ、今日は解散!」


 一方的に解散を告げられた。ハルヒのあの一言を聞いたとき、一瞬、長門が驚きの表情を示していたような気がするが気のせいだろうか。まあ、何がなんだか分からない状況ではあるが、ハルヒの命令を無視すると後が怖い。


 翌日、俺は、集合時間の十五分前には駅前のスーパーに到着していたが、ハルヒ以外のSOS団員は既に集まっていた。


「キョンくん、おはようございます。」

朝比奈さんは律義にお辞儀をしながら、あいさつをしてくれた。


「おはようございます、朝比奈さん。」

俺もあいさつを返したあと、ハルヒが来ていないことを改めて確認して、「ハルヒは、まだ来ていないようですね。」と言うと、古泉が微笑みながら、答えた。


「いえ、残念ながら涼宮さんはもう来てますよ。さきほど、『店長に話がある』と言って、スーパーに入って行きましたので、今頃、アルバイトの条件等について、交渉しているのではないでしょうか。」


 なんだ、もう来ていたのか。ハルヒにバイト後にアイスコーヒーでも奢ってもらおうと考えていたのに……等と考えていると、スーパーの入口からハルヒが出て来た。


「よーし、みんな揃ってるわね! じゃあ、中にある更衣室に着替えがあるから、それに着替えて来て!」


 ハルヒにそう言われて更衣室の中に入ってみると、そこにはカエルの着ぐるみが四着あった。


「ハルヒ……、着替えってもしかして、この着ぐるみのことか?」


 そう聞くと、ハルヒは即答した。

「そうよ。それ以外には他に何もないじゃない。さあ、早く着替えて。」


 有無を言わさず、着ぐるみに着替えさせられた俺たちは、これまた有無を言わさず、チラシと風船を手渡され、スーパーの入口前に移動させられた。


「みんな準備は万端ね。じゃあ、これからやってくるお客にチラシと風船を渡すのよ。あっ、風船はお子様のみに渡すようにしてね。」


 ハルヒは、非常に端的な説明で、これから俺たちがやるべき事項を説明してくれた。ただ、いつまでやるのかは何も告げず、鼻歌を歌いながら、かろやかに去っていった。……ちょっと待て、ハルヒ。お前はビラを配らないのか! と叫んだが、着ぐるみの中で空しく響いただけだった。こうして、訳の分からないまま、ビラ配りが始まった。


 ……暑い! とにかく、暑い。八月中旬の炎天下の中、着ぐるみを着て、かれこれ三時間近く、風船とチラシを配っているのだから当然だ。もう、『暑い』以外の言葉が出ない。いつまで、この地獄は続くんだろう、暑さによって倒れてしまえば解放されるのだろうか等と考えていると、ハルヒがやって来た。


「みんな、お疲れー。じゃあ、昼休憩よ。休憩室に昼食のお弁当があるわ。」


 ハルヒのその一言により、この灼熱地獄から三十分だけ開放されることとなった。休憩室は幸いクーラーが効いており、休憩室に着くなり、俺は、着ぐるみの頭を取った。


「あー、暑い! この暑さで着ぐるみは拷問に近いな。」

俺はそう言って、他のメンバーに同意を求めた。


「ええ、確かにこの暑さは厳しいですね。」


 そういう古泉は、確かに額に汗をかいているが、何故だろう、なんとなく、爽やかな感じがする。まるで、スポーツ万能な好青年が剣道のお面を取ったときのようだ。


 隣にいる朝比奈さんの方を見ると、既に着ぐるみの頭を取っており、タオルで汗を拭いていた。いつもの感じと変わらない。そして、長門は言うと、これまた普段と変わらない無表情のままだった。


 俺たちはスーパーの店長が用意してくれた昼食をいただきながら、いつも通りの雑談などをして、つかの間の休息を楽しんでいた。しかし、やはり、この平穏はハルヒによって壊される。


 休憩室のドアが勢いよく、開いたと同時に、

「みんな、午前中はなかなかいい出来だったわよ。これなら、明日以降も期待できそうね。」


 ……ちょっと待て、ハルヒよ。今、何て言った? 『明日以降も』だと? 誰もその点について突っ込まないので、仕方なく聞いてみる。


「ハルヒ、今、『明日以降も』と聞こえたが、『午後以降も』の間違いじゃないのか?」


「何言っているのよ、キョン! 私は重要なことは間違えないわ。明日以降、正確には八月の三十日まで毎日午前九時から午後十五時の間、このバイトをするのよ。」


「おい! 何を言っているんだよ。それって、残りの夏休み期間のほぼ全部に等しいじゃないか。なんで、そんなにバイトしなければならないんだ!」


「キョン、これもSOS団の活動の一つなのよ。SOS団がバイトをする目的はただ一つ、活動資金のためよ。ほら、みくるちゃんの衣装代とかの経費もばかにならないのよ。」


 自分で勝手に人の衣装を用意しておいて、その資金がばかにならないと言われても、理不尽としか思えない。


「学校から、部活動としての予算はもらえないのですか?」


 古泉、良いことに気づいたぞ! 学校から、予算がもらえるのであれば、何も額に汗して、バイトをする必要はないわけだ。


 そう聞かれたハルヒは、首を横に振って、

「古泉くん……残念ながら、SOS団は学校の予算はもらえないわ。」


 ハルヒのその一言を聞いて、同好会には予算がないということを思い出した。ということは、二週間もこの灼熱地獄が続くというわけか。……冗談じゃない!何とかして回避したいところだが、とりあえず今日の午後の部は仕方がない。


 休憩時間が終わり、ビラ配りの後半戦が始まった。当然のことではあるが、午前中よりも午後の方が気温は高くなる。むしろ十五時までというのは、暑さのピーク時に配っているのではないだろうか。いや、今はそんなことを考えている場合ではない。ハルヒにバイトを辞めさせるには、どうすればよいのか、その方法を考えなければならない。……だが、暑さのせいもあってか、一向に回避策が浮かんでこない。


 結局、ビラ配りをしながら回避策を考えることは出来ず、初日のバイトが終了した。俺たちは、『喉が渇いた』というハルヒの主張により、喫茶店に行くこととなった。


「やっぱり、炎天下の中でのビラ配りは喉が渇くわ。」そう言って、ハルヒは、アイスコーヒーを勢いよく飲んでいく。いや、ハルヒはビラを配っていないため、正確にはその日本語はおかしいと思いながらも、指摘するとうるさいので、胸にしまっておいた。


 そして、アイスコーヒーを飲み終わったあとは、『明日も同じ時間に同じ場所で集合だから!』と言って、店を出て行った。どうやら、ここの代金は、最後に到着した人物、すなわち、俺が払えということなのだろう。まあ、アイスコーヒーを奢るということは、今の俺にとっては、ささいな問題である。目下の最大の問題は、このバイト地獄をどうやって回避するかである。そのために、俺はハルヒがいなくなってから、行動を開始することとした。


「しかし、この炎天下の中、ビラ配りを二週間も続けるというのは、正直しんどくないか?」


「……確かに、そうですね。でも、涼宮さんが決められたことですから、それに従わないのも、後が怖いですね。」


「じゃあ、このまま黙ってハルヒの言う事に従っておくか?」


「その言い草は、何か言いたいことがあるようですね。」


「まあな。このバイトを二週間続けるのは、正直言ってしんどい。そこで、回避するための手段を考えてみたんだが、率直に考えると、次の二つの手段が考えられると思う。『①ハルヒにバイト中止の申請をする』、『②ハルヒにバイトよりも面白い活動を提案する』。」


「なるほど……、しかし、どちらの案もハードルが高いように思えますが?」


 古泉の言う事はもっともだ。なぜなら、ハルヒが素直に俺の意見を聞くわけがない。だから、最低限、SOS団員全員の総意という形をもって、ハルヒに提案する必要があると考え、そのためには、まず古泉を巻き込む必要があったのだ。というのも、おそらく、長門は話を持ち掛けても、無表情で素っ気ない応対をされるだろうし、朝比奈さんは、いつ話を持ち掛けても同調してくれるだろうと思ったからだ。


「しかも、今回のバイトの目的は、SOS団の活動資金を稼ぐためと言っていましたから、その点も踏まえる必要があると思いますが、いかがでしょう?」


「つまり、③ハルヒにバイトよりも面白い活動であり、かつ、その活動の結果、SOS団の活動資金も手に入れることができる、そんな活動を提案しなければならないということか。」


 ……確かに、ハードルが高いな。というか、そもそもハルヒにとって面白い活動とは何なのか、その定義が分からない以上、提案のしようがない。結局、それ以降、妙案は思いつかず、俺たちは店を出ることにした。


 お店を出て俺たちは帰路に着いた。偶然にも、長門と帰り道が一緒だった。俺は、長門に聞いてみた。


「明日からも、あの灼熱地獄が続くのか。なあ、長門、何とかして、回避出来ないか?」


 すると、長門から意図の分からない返答があった。


「分からない……。今回のケースは一万五千回中で初めてのケースだから。」


「そもそも、長門はあの着ぐるみを着て、暑くはなかったのか? 俺は、あの暑さを残り二週間も体験しなければならないのは、何としても回避したいが。」


「……空間情報を変更しているから、大丈夫。」


「……それって、もしかして、着ぐるみの中の気温を操作して、快適な環境にしているということか? それなら、お願いだ! 俺の着ぐるみの中の気温情報も変更してくれ!」


 それに対する長門の返答はなかった。おそらく、自分の役目は監視だから、必要以上に他人に干渉するわけにはいかないということだろう。


 自宅に着いた後、俺は自分のベッドで横になりながら、本を読んでいた。そのとき、ふと長門の言葉を思い出した。『今回のケースは一万五千回中で初めてのケースだから。』


 ……、やっぱり長門の言葉の意図は分からないが、一万五千分の一か……、確率にしたら天文学的な確率だな。


 ……待てよ、『確率』? ……そうか! 明日以降のバイトを回避する方法が分かったぞ。俺は、とある方法を思いつき、すぐに自宅を飛び出した。



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