第16話 対決、リザードマン
一閃、立て続けに二閃。
リザードマンの振るう左の蛮刀を運足で
「やはり俊敏だな」
オスカーは眉間に険しく皺を刻んだ。
剣速も危険な領域に達しているが、それ以上に厄介なのは動きそのものが恐ろしく速いことだった。コーネリウスの護衛が切り伏せられたのも無理はない。
加えて――
「ちッ」
ピシリと硬い音が鳴って、オスカーの手にした直剣がヒビ割れた。
刃がこぼれたわけではない。
剣身を形づくっていた鋼鉄が、リザードマンの斬撃を受け止めた直後に石へと変わってしまったのだ。
石化は今なお進行している。切っ先から
このまま握っていては腕まで固められかねない。オスカーは迷いのない判断で、なまくらと化したロングソードを亜人めがけて投げつけた。
もちろん、当たるはずもない。
「暗黒のマナを刃に流して放つ、一種の呪いか。……どうやらこの姿のままでは分が悪そうだな」
エルフでは勝てない。
そういう相手との戦いだからこそ、自分の力が役に立つ。
オスカーは地を蹴って後方へと飛び退った。跳躍した先にはまっすぐに伸びた樹の幹がある。樹皮の凹凸に指をかけるや否や
横に張り出した枝に二本の足をかけて立ち、己の体重が支えられたのを体幹で確かめたオスカーは、リザードマンに右手の指を突きつけて宣告した。
「行くぞ。――
首飾りの石片に刻まれた文字が輝いて、オスカーをエルフたらしめている変化のルーンが解除される。
体内で暗黒のマナが励起する。
総身の筋肉が盛り上がり、皮膚が甲冑めいて硬く変質した。骨格は鋼のように強く、神経は稲妻を流してもなお焼き切れぬほどに鋭く変わった。
「ウゥオオオォォ――――ッ!!」
爆発的に膨れ上がった獣の衝動を咆哮に乗せて、オークとしての形態を晒したオスカーが樹上から飛び降りる。
リザードマンはすぐさま反応した。
いかな戦闘生物といえど、着地の瞬間は必ず足が止まる。そこを狙って石化の呪いを叩き込めば斃すのは容易い――意図はおそらくそんなところか。もとより亜人の軍勢を率いる将だけあって、オークの特性など熟知しきっているのだろう。実際、その読みは正しい。
オスカーが普通のオークであったのなら、だが。
「
オスカーは宙でルーン魔法を詠唱した。破壊の力を宿した文字が輝いて、オスカーの掌中に暗黒のマナを
地に足がつくと同時、マナの塊を前方へと放り投げた。
リザードマンを直接狙うことはしない。避けられるのが明らかだからだ。
標的は、地面。
己の体や武器に付与するでもない魔法の威力には期待できない。それでも着弾地点が激しく爆ぜたのは、夜中における暗黒のマナの活性ゆえだろう。
リザードマンは言い逃れしようもなく怯んだ。こちらめがけて一散に飛び込んでくることを諦め、巻き上がった土煙からの離脱を図った。
オスカーから見て左方。煙が一瞬盛り上がって破れ、リザードマンが飛び出してきた。
オスカーは、そこを衝いた。
「
足元に黒い風を纏わせて急迫する。リザードマンの敏捷性がいかにオークより優れていようと、ルーン魔法を使えば追随できないことはない。
ましてや、跳躍して未だ宙にあるリザードマンの体めがけて一直線に突進するとあれば。
「
蛮刀を振るう暇は与えない。もし振るったとしても、大地からの反動を利用できぬ体勢から放たれた斬撃ごときではオークの皮膚を抜いて呪いを浸透させることなどできはしまいが。
オスカーはルーン魔法を発動、再び腕力と握力を強めつつ、リザードマンの両手首を取った。
――やれ。
――殺せ!
内なる闘争本能が猛り、敵を屠れとオスカーの魂に命を下す。暴れる戦意に任せてオスカーは吼え、左右の腕を大きく横へと開くように引いた。
リザードマンの両腕が、肩からちぎれた。
激痛のあまり絶叫しながら鱗の亜人は狂ったようにくるくると回り、間欠泉のごとく噴き出す鮮血を撒き散らす。
生温かい液体が降り注ぐのを気にも留めず、オスカーは黙れとばかりに最後の一撃を繰り出した。
「
暗黒のマナが右手へと収束。オスカーの手刀が黒い稲妻を纏い、狂乱の舞踏を続ける蜥蜴頭の脳天へと振り落とされた。
ぱっくりと縦に両断されたリザードマンの体が、半身ずつに分かれて地に倒れる。
爆発が起こった。
二つの火柱の狭間に立つオスカーは、心を鎮めながらゆっくりと身を翻す。
リザードマンの残骸を顧みようとは思わない。振り返ってみたところで、そこからは揺らめく炎以外に何も見出すことはできないだろう。
亜人の死とはそういうものだ。
すでにオークである己が身もまた、戦いによって朽ちた先には塵一つ残らないに違いなかった。
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