第6話

次の化け勝負で、美雲は黒曜に勝った。

美雲は父親に、黒曜は化け猫のタマ子先生に化けたのだが、刑部先生のチェックは厳しいものだった。

黒曜は骨格のバランスが女性のものにしては少しおかしいという点を指摘されていた。

美雲は紅葉とした秘密の特訓——理科室で様々な模型を見たり、美術室の彫刻を模写したりしたり——が功を奏したようで、刑部先生に「細部まで手を抜かなかった」と褒められた。


こうして、残る勝負は一つとなった。

「二本目の勝負が終わったばかりだが、すぐに三本目を始めようと思う」

刑部先生の言葉に誰しもが驚いた。

「これは実に大切なことだ。外の世界では、咄嗟の判断で化けられるかが物を言うからね」

にこりと笑う刑部先生の口から三本目のお題が発表された。

「化け勝負三本目のお題は"もっとよく知りたいと思う者"。美雲、黄金、両者一斉に始め!」


黄金はすぐに化ける対象が定まったようで、すでに金色の煙を撒き始めていた。

美雲はゆっくりと辺りを見回す。

紅葉とワッカが美雲を応援するように頷いた。

心は決まった。

地を蹴り、高く高く舞い上がり、くるりと宙返りする。

乳白色の雲が美雲を包む。

地面に着地した美雲の目に最初に飛び込んだのは美雲自身の姿だった。


黄金が美雲に化けていた。

そして、美雲もまた黄金に化けていた。


「勝者、黄金!」

刑部先生が高らかに宣言する。

仕方のないことだ。

美雲は今まで黄金をしっかり観察したことがない。

化け勝負が始まってからも、向き合って話したことすらない。

一方で、黄金はとてもよく化けれていた。

ピンとたった大きめの耳、ふさふさした尻尾、柔らかな乳白色の毛並み、その姿は美雲そのものだが、とても美しく見え、黄金が美雲をどう思っているかが自然と分かった。

「ちょっと美化し過ぎてる気がするわ」

美雲は笑った。

「そっちこそ。顔がもはや別人だよ」

黄金ははにかむように笑い、変身を解くと、深く頭を下げた。

「少し前に、友達になりたい人はいないかって聞かれて、君の名前を出したんだ。出してから気恥ずかしくなって、君は俺のことなんて鼻にもかけないかもしれないけどって付け足した。ごめん」

美雲は頭を振った。

「気にしてない。それに——」

「待て待て!」

会話に横槍を入れたのは黒曜だった。

「黄金は何も悪くない。噂を撒いたのは俺なんだ。……黄金が美雲と友達になりたいと言った時、悔しかった。同じ狸である自分を指名してくれると思っていたからな。子供っぽい腹いせの為に、ワッカにまで汚名を着せた。すまん!」

黒曜は地面に付きそうな程深く頭を下げた。

ワッカが黒曜の肩をポンポンと優しく叩く。

どうやら、ある程度予想していたようだ。

「黒曜……。俺、君のことはバケモノ塾で最初に出来た友達だって勝手に思っていたんだ。塾に来て最初に話しかけてくれて、学び舎を案内してくれたり、お昼を一緒に食べてくれた。その、本当に嬉しかったんだ」

黒曜はあんぐりと口を開けて驚いていたが、すぐに気を取り直したように笑顔を見せた。

「そ、そうだよな。俺たち、とっくにマブダチって奴だよな」

くつくつと黒曜が笑う。

紅葉は呆れたようにその笑顔を見ていた。

「うむうむ。化け勝負は引き分けだ。二人とも、化け勝負の賞品として行商人さんの所でアイスでもどうかね?」

「えー! ズルい!美雲と黄金だけ?」

紅葉がすぐさま反応する。

「もちろん、儂の自慢の生徒、全員に奢ろう」

「やったー! 先生の太鼓っ腹!!」

「紅葉、それを言うなら太っ腹だから。すみません、先生」

ワッカが紅葉の代わりに謝る。

先生ははっはっはと高らかに笑った。


「私、近寄りがたいかな?」

黄金の隣でアイスを食べながら、美雲は誰にいうでもなく言った。

「ちょっとタカビーなとこあるしね」

紅葉は遠慮がない。

「品があっていいと思うよ」

ワッカはまだ固いアイスをガチんと噛み砕いた。

「……俺もそう思う」

それまで黙ってアイスを舐めていた黄金がぼそりと言った。

「なんで、私なんかと友達になりたいって思ってくれたの?」

「……いつも全力で、真っ直ぐで、見ていて清々しい気持ちになるんだ」

「黄金ってば——」

明らかに茶化そうとした紅葉をワッカが黙って肩車する。

「そんな風に思ってくれていたんだ」

美雲はくすぐったいような気持ちを隠す為に別の話題を探した。

「……一本目の勝負で黄金君が化けたキャラクター、私も好きなんだ。一番好きなのは違うキャラクターだけど」

「誰が好き?」

「えっとね」

こうして、二人はぽつりぽつりと途切れがちに会話を始めた。




おわり



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バケ塾の日々 〜キツネミーツタヌキ編〜 山田真椰 @m_Yamada

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