第8話 怪奇!クロマティーヨガ道場

デデデデン、デデデデン、デデデデン、ポーピーポーピーピーポー……


Xファイルのテーマで目を覚ます。


部屋に貼っている、「I want to believe」と書かれたUFOのポスターが目に入った。


昨日は次々と飛び出す莉羅の奇想天外な話についていくのに疲れてしまい、帰宅してネットを漁っているうちに気づくと寝てしまっていた。


昨日莉羅のアパートで見た通り、謎の男に襲われた夜のことはTwitterやinstagramでバズっていた。ただ、上げられた動画や画像はいずれも遠くからスマホで撮影されたもので、僕を特定されるようなレベルのものはなく安心した。あの男が近くのスマホを片端から破壊してしまったからだ。


また、死者が出たものの、あまりに非現実的な事件のためか各種ニュースメディアでは通り魔事件の扱いをされていた。物体を発射する黒ずくめの男や第三の目からビームを発射する魔法少女、バリアを張る刀男子についての話は、ウェブのニュースサイトで噂として取り上げられただけだった。


SNSやウェブサイトを検索しながら、今後も人混みの中で襲われるようなことになり、万が一現場の動画でも流れれば世の中の常識が壊れてしまうかもしれない、そうなればオカルトマニアとしては不謹慎ながらわくわくする……などと考えたものの、案外そうはならないのかもしれない。


1995年に公開された宇宙人解剖フィルム。ロズウェル事件の宇宙人を解剖したという触れ込みで出回ったこの映像は、宇宙人の死体がリアルだったことに加え、一部に50年前のフィルムを使用していたり、当時の小物を使っていたりとかなり手の込んだ代物だった。


しかし当時から「どうせ偽物だろう」と考えた人は多かった。実際にフィルムは偽物だったのだけれど、仮に本物だったとしても信じない人は多かっただろう。何故なら当時既にこれくらいの映像を作れる技術は存在しており、映画やCMで「精巧に作られた仮想現実」を見せられる体験は当たり前のように存在していたからだ。いやむしろ、精巧に作られた偽物のほうが本物らしく見えるかもしれない。偽物と本物の見分けがつかない、というよりそんなことはどうでも良い、そういう時代に我々は生きている。


そして、この宇宙人解剖フィルムを持ってUFO神話は終わった。



朝食を簡単に済ませ、くろまさんに会うため西荻窪に向かう。


西荻窪は僕の住む中野からは総武線で1本、10分足らずで到着する。


西荻窪、荻窪、阿佐ヶ谷、高円寺、中野とサブカル臭の強い街が並ぶ中央・総武線は一度住むと離れられない謎の心地良さがある。しかも駅ごとに少しずつ街の雰囲気が違うのも良い。高円寺が特にディープだ。


僕が中野に住んでいる一方、莉羅とテンテンのアパートは下北沢にあった。下北沢もサブカルタウンで有名で、僕の好きな街だ。ただ同じサブカル街でも中央線勢と下北沢では雰囲気が異なる。下北沢は演劇の街として有名である他、古着屋や画廊が並び、街としての年齢層が若く女性も多そうな雰囲気がある。


西荻窪に到着すると、二人は既に到着しており、駅の出口で待っていた。


莉羅はギンガムチェックのシャツに黒のカットソーパンツ、テンテンは黄色のカンフーシャツに黒のクロップドパンツを履きサングラスを掛けている。テンテンはこれからカンフーの修行に出かけそうな雰囲気だ。


僕はヨガに集中するため、サマーニットにハーフパンツというラフな格好だ。


西荻窪北口を出て左に進むと公園があり、そこに面した三階建ての建物がヨガ道場だった。見た目はやや古びているものの、門と庭が付いており、内部はかなり広そうな立派な建物だ。門には「クロマティーヨガ道場」と書いた札が下がっていた。何だか昔のギャグ漫画みたいな名前だ。


門をくぐり、莉羅が入り口の脇にあるインターフォンから「11:00からの宮内ですが。」と声を掛ける。


女性の声で、開いているので階段を上がってきてください、と返ってきたのでそのままお邪魔することにした。


ドアを開けてすぐに階段があり、お邪魔します、と言って三人で登る。


三段ほど上がったところで、足元から「シャッ!」という音と共に女性の顔が現れたので、僕は思わず「わっ!」と声を出してしまった。


階段の一部が横にスライドする仕組みになっており、そこから女性が顔を出しているのだった。


「いらっしゃい。今日はよろしくね。」


女性がさも普通かのように挨拶をした後、テンテンが僕に彼女を紹介する。


「七夕ちゃん、この人がくろまさんだよ。くろまさん。よろしくです♪」


「どういう構造になっているんですかこの建物は!」


「こんなことがあっても落ち着いていられる心を作れるのもヨガの効用よ。このまま階段上がって道場に入って。」


他にトラップがないか警戒しながら階段を上りきると、30畳ほどの大広間に出た。ここが道場になっているらしい。


広間の中央でくろまさんが待っていた。ゆったりとした紺の作務衣を着ており、髪を後ろでまとめている。年齢は二十代後半から三十代前半といったところだろうか。


「さっきは驚かせちゃってごめんなさいね。私がくろま、本山黒子です。今日はよく来てくれたわ。ついに人類を次の段階に進化させる時が来たのね。とりあえず座って。今飲み物取ってくるから。」


言われるままに座ると、道場の脇にある引き戸からくろまさんが出ていった。


ブルルル、ブブブブ……


僕は一瞬耳を疑った。スクーターのような音が引き戸の向こうから聞こえ、遠くなっていく。しばらくするとその音が近づいてきて、止まると同時に湯呑をのせたお盆を手にくろまさんが現れた。


「お待たせしたわね。これから簡単に説明を始めます。」


「それより、ここ、広いんですか?しかも二階ですよね、ここ!?」


以前DVDで見た、随分前の世にも奇妙な物語で見たような展開だと思いながら質問すると、「大丈夫、ここはそういう感じだから。」と答えになっていない答えを返された。


「それから、HNのくろまさんって、もしかしてクロマティーからですか?」


「私の名前が黒子なのもあるけれど、それもあるわね。ここは私の祖父、本山博が始めたヨガ道場です。他にデストラーデヨガ道場もあるわ。祖父は日本にクンダリニー・ヨガを広めた人物なの。って、これは皆知っているみたいね。」


本山博。クンダリニー・ヨガの研究者にして、日本にそれを広めた人物。僕はその著書を一冊だが読んだことがある。今は健康法のように思われているヨガだが、ヨガは本来広大な哲学的・精神的世界を含む体系であり、気功の「気」のような生命エネルギーを指す「プラーナ」、それを肉体的エネルギーに変換する中枢である「チャクラ」など神秘的な概念を含んでいる。


特に修行でチャクラを開くと起こるとされる「クンダリニー覚醒」は個人を宇宙と一体化させ、神秘体験を引き起こすとされている。僕が読んだ本では実際に本山氏がクンダリニー覚醒を起こした際の経験が書かれており、体の中をエネルギーが突き上げると共に、一瞬体が「浮いた」と書かれていた。


座禅の姿勢になった人物が空中浮揚する……これは首都で大規模テロを起こした団体だけでなく、かつての新宗教団体ではよく見られた表現である。インターネットもなく、海外渡航も今よりハードルが高かった当時、各団体のグルたちが本山氏の研究を参考に教義・修行法を組み立てていったのだろう。ちなみにあの団体に直接的に影響を与えたと言われるのは、チベット密教の行法を解説した「虹の階梯」だと言われているが、こちらについてはそのうち調べようと思っている。


「本山先生の『密教ヨーガ』、読んだことあります!」


「あら、ありがとう。あの本は当時から様々な人達に影響を与えてきたのよ。まずヨガというと体操の一種みたいに思われているけれど、本当はもっと深遠な世界があって、あなたの能力開発にも役立つはずなの。」


そこからくろまさんによる本山氏直伝のヨガ解説が始まった。


僕はくろまさんの言葉に従い、ヨガに取り組むことにした。

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