第9話 ヨガで目覚める超能力

「ヨガの真の目的は、人間を霊的に進化させることにあるの。」


三人を前にしてくろまさんは言う。


莉羅とテンテンは既に指導を受けたことがあるため、うんうんと頷いている。


僕は全くの素人なため、素直に質問してみた。


「霊的に進化というのは、どういうことなんですか?」


「つまり、宇宙と一体化する、ということよ。とはいってもなかなか分かりづらいかもしれないわね。そもそも『ヨガ』という言葉は、サンスクリット語で『結合』という意味があるの。それじゃ何を結合するのかということになるわけだけれど、これは自分と世界を結合するのよ。現代人の私達は、つい自分と世界を主体と客体を分けてしまう。でもヨガを実践することで、自分と世界が一つになる、『主客一体』の境地に至ることができる。高い次元の意識になることができるのよ。すると、人によっては超能力、つまり透視や瞬間移動や念力といった能力が開花するわけなの。」


「私も最初は力をコントロールできなかったけど、くろまさんの指導を受けて自由に防壁を作れるようになったんだよ。」


ヨガには健康法のイメージがあったため、ここまで哲学的な目的があるとは思っていなかった。これは勿論、テロを起こした宗教団体がヨガを中心とした行法を特色としていたため、その危ないイメージを払拭するため意図的にヨガを簡略化して扱う風潮が出来上がった面もあるだろう。


「本来は長い時間をかけて覚醒していくものなんだけれど、あなたには生まれ持った宿命があるのでかなり早く開花する可能性もあるわ。早速やってみましょう。」


そう言うと、くろまさんはあぐらのような姿勢で座り込んだ。テンテンによると結跏趺坐けっかふざと言うらしい。テンテンの家系は道士の家系で、道教の他に禅にも詳しいのだそうだ。禅は達磨大師がヨガの行法を中国に伝えたものだ。


「いきなり結跏趺坐は難しいだろうから、楽な姿勢でいいわ。まずは深呼吸よ。」


言われるままにあぐらをかき、深呼吸をする。気持ちが静まってきた。


「落ち着いてきたら次は呼吸法、プラナヤーマにトライしてみましょう。目を閉じて、自分の体をイメージして。まずは息を限界まで吐いて。体から息が抜けたら、今度は息を鼻の左側から限界まで吸って吸って……止めて。ここで8秒間息を止めて。8秒経ったら、今度は鼻の右側からゆっくり息を吐いて。あなたの尾てい骨にはクンダリニーというエネルギーが眠っているわ。息を吸う時、これを下腹部まで上昇させることをイメージして。そして息を吐く時、これを宇宙のエネルギー、プラナと混ぜ合わせるイメージをして。左鼻孔から右鼻孔の後は右鼻孔から左鼻孔、それが終わったらまた逆という風に、この呼吸を交互に繰り返して。まずは三分試してみましょう。三分経ったらこの鐘を鳴らすわね。」


くろまさんの言う通りに呼吸をしてみる。片側の鼻孔だけで呼吸するのはどこかで見たことがあった。莉羅、テンテンは慣れた様子で瞑想に入っている。


呼吸法自体初めてなのでまず呼吸に集中する。ヨガや座禅では雑念を捨てるものだとはよく言われるが、呼吸法を実践するのにかかりきりで雑念を抱く余裕はない。


五回、六回と繰り返すうちに呼吸法にも慣れてきた。次はエネルギーのイメージに入る。体のエネルギーが上昇するイメージと宇宙のエネルギーが混ざるイメージ。怪しい男に襲われた夜は、確かに体のエネルギーが脳天まで突き抜ける感覚があった。


エネルギーのイメージに集中していると、周囲の音も聞こえなくなり、静けさの中にただイメージだけが存在する状態になった。ただただ集中だけが存在している。なるほど、これは確かに心地良い。何かが目覚める気もする。と考え、いかんこれは雑念か、と思い返し再び集中を深めていく。


――チリリン、チリリーン。


瞑想に慣れてきたところで鐘が鳴った。くろまさんに感想を求められる。


「初めてのヨガはどう?」


「呼吸法にそんなに意味があるのか、と思っていましたが、不思議と集中できました。何というか、余計なことが消えてイメージだけが存在する感じですね。」


「初めてでそこまで感じられれば大したものよ。少し休憩したらこれを何度か繰り返してみましょう。」


「七夕ちゃんもう少しね♪」


その後、僕は瞑想を繰り返した。最初に三分間だった区切りは、次からは十分間になった。深い瞑想に入るうち、僕は次第にある感覚に目覚めていることに気付いた。


「あの、何というか、瞑想を繰り返すうちに、ある段階より深くに入ったところでこう、額がむずむずするというか、額の何かが開くような感覚になったんですが。」


「あら、もうその境地にまで至ったのね。さすが選ばれた人だわ。それは眉間にあるチャクラ、アジナチャクラが開く第一歩よ。チャクラは、創作物ではエネルギー源のように扱われることが多いけれど、ヨガでも実際にエネルギー源と言われているの。ただし、単なるエネルギー源というよりは、エネルギーの変換器といったところね。最初なので詳しい説明は省くけれど、ヨガでは人間には肉体、微細身、原因身という3つの次元の身体が存在し、それぞれにエネルギーがあるとされているの。チャクラはある次元のエネルギーを変換して、別の次元に流し込む中枢とされている。例えば、微細身のエネルギーを肉体のエネルギーの変換するということね。このチャクラを覚醒させることで、人間はより高い次元に登り、超能力を覚醒させることができるのよ。カエルさんに聞いたけど、あなたは一度第三の目を開いたらしいわね。それは恐らく一度、アジナチャクラが開いているのよ。だから今度もまずアジナチャクラから開こうとしている。早く本格的に覚醒させるには、もっと良い場所に行く必要があるわね。うちの合宿所に行きましょう。」


ヨガの基礎を学んだところでその日は解散となり、後日クロマティー道場の合宿所に行くことになった。千葉県、鋸山の麓にあるらしい。合宿所に行く前にも、毎日家で瞑想するように言われた。


それにしても、何故僕が選ばれたのだろう。莉羅の家に行った時に何かの話を省略されたけれど、それを聞けば分かるのだろうか。


悶々としたまま、僕は帰路についた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る