第7話 話は聞かせてもらったぞ!人類は滅亡する!

「話は聞かせてもらったわよ!」


Mastodonの黒い画面に、馴染みのある人物からのメッセージが踊っていた。



「えっ、これオカどんじゃない?」


莉羅が開いた画面を見て、思わず声に出してしまった。莉羅が使っているのはMacBookAirの2017年モデルで、文系学生の彼女にとってはMBAで十分なのだそうだ。とはいっても、理系の僕もそこまでCPUパワーのいる処理を行うわけではないのでMBAで十分なわけだけれど。気付くと黒猫も画面を覗き込んでいる。そういえば名前を聞いてなかった。後で聞こう。


オカどんというのはMastodonの1インスタンスだ。これを理解してもらうにはまずMastodonについて説明しないといけない。Mastodonというのは2017年4月頃から本格的に使われ始めたSNSで、Twitterのような短文投稿とタイムラインで構成されている。Twitterと違うのは1投稿が500文字までということと、1つの企業が管理しているのではなく複数の個人や企業がそれぞれサーバを立てているということ、そしてフォローしていない相手の発言も見えるタイムラインが存在することだ。


この、それぞれの事業者が立てたサーバのことを「インスタンス」と呼び、イラスト投稿サイトが管理しているインスタンスや動画投稿サイトが管理しているインスタンスなど、特色のあるインスタンスがあり、それぞれのテーマを求めたユーザ達が集まっていた。また、フォローしていないユーザーの発言も表示されるタイムラインが存在することでやりとりが活性化し、さながら昔のチャットルームのような雰囲気になっているのも魅力だ。


オカどんというのはオカルトをテーマにしたインスタンスで、日々ユーザー達が仕入れたUFO、UMA、超古代文明などのオカルトネタや、かつてのオカルトブームの思い出話で賑わっていた。勿論オカルトマニアの僕も登録し、「みそまる」というハンドルネームで参加していた。


新興SNSということもあり、Twitterほど広がっているわけではないので、現実世界でユーザーを見かけること自体珍しい。


そんなことを考えながら画面を覗くと、見覚えのあるアイコンが目に入った。可愛いカエルのキャラクター。タイムラインでたまに見かけ、やり取りをしたこともあるユーザーだった。


「えっ、もしかしてカエルさん!?」


「あ、今気付いたの。そう、私もテンテンもオカどん民。たまに超古代文明の話で盛り上がってたでしょ。」


テンテンも自分のスマホを取り出し、アカウントを見せてくる。スマホはファーウェイの最新モデルだ。


「これが私のアイコン。可愛いでしょ♪」


テンテンのアイコンは黄色いウサギのキャラクターだった。可愛いキャラクター達が、その見た目に反してグロテスクな事故に巻き込まれ、最後はほとんど全員が死んでしまうというギャップが人気となった海外アニメだ。ハンドルネームは「つちくれ」で、よくオカルトニュースをタイムラインに投稿していた。


「えっ、テンテンはつちくれさんだったの!?全然分からなかったな。」


「七夕ちゃんがみそまるちゃんなのはすぐ分かったけどね♪」


「そりゃまあ、僕は実写アイコンだからね。」


僕はアイコンをコスプレ姿にしているという、Mastodonでは珍しいパターンだった。魔法少女になった僕がタイムラインに表示されている。自分の可愛い姿を人の目につくところに置いておきたい、という願望が女装男子にはあるので仕方がない。


「まさかこんなところでオカどん民に会うとは……。」


「まさかも何も、オカどんには目覚めた人が結構集まってるんだよ。あっきぃさんは透視の能力者だし、ジェーンさんはパイロキネシス。私達能力者って、オカルトに関心を惹かれるけどなかなか話せる場所がないし、アカウントを作れて気楽に話せるオカどんは丁度良い場所だった。目覚めた人達はこっそりDiscordでやり取りしてたんだけど、その能力を高める手伝いをしてくれたのが管理人のくろまさんてわけ。」


「くろまさんも能力者だったの!?」


「くろまさん自身は能力者じゃないけど、ヨガを通じて潜在能力を覚醒させる専門家なんだよね。実はあの本山先生の孫娘で、色んな人にヨガの指導をしてきたみたい。」


「本山先生って、もしかして本山博?」


「そう。本山博先生は、日本にクンダリニー・ヨーガを広めたパイオニア。神智学のチャールズ・リードビーターが書いた『チャクラ』を翻訳したりして、その後のポップカルチャーにも大きな影響を与えたと言って良いと思う。本山先生がいなければ、アニメや漫画でのチャクラ描写もなかったんじゃないかな。本山家は本山博先生の代からヨガ教室を開いていて、くろまさんはその三代目。私達みたいに1999年7月に生まれなくても、ごくたまに能力者の才能を持って生まれる人がいるみたいで、かつてのオカルトブームでは本山先生の道場でほんの少し能力が覚醒した少年が、超能力少年として紹介されることもあったんだって。」


「ああ、あの人達くろまさんのところで修行してたんだ。」


超能力少年としてもてはやされた数名の人物が頭に浮かぶ。当然ながら今は大人になっていて、オカルト専門家としてテレビに出る人もいるが、多くは所在が知れない。


莉羅は僕と話しながら、くろまさんにダイレクトメッセージを送っていた。黒っぽいMastodonの画面には、人類滅亡の鍵を握る能力者と合流したので能力開発に協力して欲しい、といった内容が書かれていた。


彼女がダイレクトメッセージを送ってからすぐに、くろまさんから返信があった。僕のところにメッセージを送ったので読んでもらいたいらしい。僕は部屋の隅に置いていたバックパックからスマホを取り出し、通知をチェックした。Mastodonからの通知が入っている。ダイレクトメッセージには、どこかで聞いたことがあるようなセリフと、道場への案内が書かれていた。


「話は聞かせてもらったわよ!人類を滅亡させるのね!

まずは私の道場に来てもらうわ。場所は西荻窪駅の北口を左に曲がって……。」


「西荻窪とはまたいかにもなところにあるねえ。」


西荻窪といえば、地下鉄にサリンをまいた宗教団体の後継が道場を構えていたり、宗教政党として国政選挙に出馬している、霊言で有名な教祖のいる宗教団体の発祥の地だったりと、新宗教とはなにかと関わりの多い街だ。新宗教団体がヨガで勧誘をしていたこともあり、今でこそおしゃれなイメージのあるヨガも、かつてはなかなか怪しいイメージがあったらしい。


昨夜のこともあって皆疲れており、その日は解散して翌日くろまさんの道場に向かうことになった。


ちなみに黒猫の名前はダビデだった。

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