問題編(4)
ひとり名栗邸の居間に戻り、あざみちゃんが息を引き取った机の上を眺める。
はたして彼女は死ぬ間際、何を思ったのだろう。考え、あざみちゃんの気持ちは分からなかったけれど、すこしでも後悔をしてくれればいいなと思った。
思考を切り替え、先ほどの話し合いで出た第一候補について考える。
やはり一番怪しいのは動機がある雀緑さんだが、名栗家の三人には崩しようがないアリバイがある。
レストランが家の近くにあるなら抜け出して、という手が活用出来るけど、今回はそうもいかない。加えて、肝になるのはやっぱり料理だろうか。
俺はつい、と視線を何時間か前に撤去されたあざみちゃんへ向けて話しかける。
「誰がきみを殺したんだろうね」
話をかけても、当然回答はない。
「死人に口なし、か」
ぼやいて、俺は帰ることに決めた。
最後に挨拶をして行こうと思い、人を探して名栗家の中を歩き回る。が、肝心の人がいない。出かけているのか。いや、まさか。赤の他人だけ家の中に残して出かけるなんて不用心だ。
所長に相談の電話を入れるかとポケットから携帯を取り出し、ふと窓を見て止まる。
階下にある薔薇の庭園に虎目くんがいたのだ。そういえば一時間後くらいには帰ると言っていたっけ。ちょうど良かった。
俺は嬉々として階段を降り、玄関口から回り込んで庭園に踏み込む。
と、薔薇の香気が一瞬で俺を包んだ。
基本的な赤からピンク、白、オレンジに風変りなものでいえば青色のものやエメラルドカラーのものもあった。圧巻の庭園に言葉を失っていると、「どうしたんですか」と庭の主が声をかけてきた。
正気を取り戻し、「あの虎目くん」とその場から返事をする。
「すみません。声が遠いので、入ってきてくれませんか」
ここで済ませてしまおうと思っていたのにな。
俺はしぶしぶの体で庭園の中に入って行った。すこし歩くと、白い机の上に足を投げ出し、雑誌を読み込んでいる虎目くんの後ろ姿を見つけた。
彼はぺら、と雑誌をめくりながら、「目が離せない展開なのでこんな状態ですが、聞いていますのでどうぞ」という。
どうして中に入ってこいって言ったんだろう。
虎目くんに矛盾を覚えつつ、「もう一度現場を見せて欲しいって警察の五反田川さんにお願いしたんだけど終わったから。俺はもう帰るよ」
「そうですか、ご苦労さまです」
「ああ、それじゃ――」
「ところで犯人は分かりましたか」
翻した俺の背に向けて、虎目くんのそれが矢のように刺さる。
「……、こうかなと思う候補はあるけれど、決定じゃないよ。それに俺は探偵の助手だからね、みだりに言いふらしたりも出来ないさ」
「そうですか」
嫌にあっさりと納得するんだなと思ったのも束の間。
「ところで話は変わるんですが、ぼくとても気になっていることがあるんです」
「気になっていること?」
「ええ、もし梅さんさえ宜しければ、お付き合い願えませんか」
虎目くんは自身の首を後ろに倒し、その顔に貼りつけた表情を見せた。
生前あざみちゃんが浮かべた静かに深く刻むような笑みとは似ても似つかない、チエシャ猫のような口だけで笑うそんな笑みだった。
「どうしてあざみ姉さんは死ななければならなかったのか、その理由を解き明かしましょうよ。梅さん」
くわばら、くわばら。
俺は人知れず、「それ」を唱えた。
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