第11話 五人組は獣の声を聞く

「王子!その様な事では王を取り戻せませんぞ!」




城の中に設けられた修練場で王国軍剣術指南役のディールが声を荒げている。


その眼前で少年が悔しそうに四つん這いになっていた。




「魔軍の勢いは増すばかり!先日も同盟国のラッガルトがその手に堕ちたと聞く。王子がその様な事ではその配下は勿論の事、憎き魔女を討つなぞ夢のまた夢!」




その言葉に少年は震えながらも立ち上がり、鋭い目つきでディールを睨みつけた。




「その意気!さあ、今一度参られよ!」




少年が俯きながら何かを唱え始める。




「導け、オッカムの若き獅子よ。滾らせ、奔らせる争いの風よ。その一振りに錆は無く、二振りすれば…」




少年が唱え終わるのを待っていたディールが突然少年の喉元を木剣で小突き、少年は堪らずにえずいてしまう。




「遅い。生まれながらに『魔術』を使えるその呪いとも言える才。魔女が使ったと言われるそれを、仇討ちの為ならばと躊躇いなく使う意志。このディール、素晴らしいと思っております。しかし、余りにも遅い。とても実戦では使えませんぞ」




少年は唇を噛みしめ、側に落としていた木剣を拾い上げるとディールへ向かって飛びかかった。


あの夜、王子が生まれ王が一人の流れ者とその姿を消したあの夜から十六年もの歳月が経っていた。


そして、ディールが森でアレを見つけてからも十六年だ。






十六年前、忽然と姿を消した王を最初は城中の者が血眼になって探した。


次いで城下中の者が総出で探し回ったものの遂には見つけ出す事叶わず、国民達は不安と焦燥の中にあった。




そんな時に現れたのだ。


後に魔女の者たちと呼ばれる異形の怪物達が。


その者達は人の体に獣の顔だったり獣の体に人の体だったりと様々だったが、人に敵意を持ち、人を殺すとという特徴は共通していた。


ある者は木を切りに行った森で豚の顔を持つ怪物に、ある者は漁に行った海で魚の様な怪物に。


様々な場所で様々な者が様々な怪物に殺された。


国王不在の中突如現れた魔女の者達に怯える国民に安堵をもたらしたのは凱旋を果たしたディール率いる王国軍だった。


民達の被害を聞き、王の捜索に乗り出したい気持ちをグッと抑え、すぐさまに近くの森に出向いたのだ。




「おら、出てこい豚ども」




ディールが森の奥深くで五人ばっかりの部下を従えそう叫ぶと一瞬のうちに森が騒めき立ち、鳥達が悲鳴の様な鳴き声を上げ飛び立つ。




「本当にそんな化け物いるんですかね?豚のツラに人の体なんてどうも信じられない」




兵士の一人が頬をぽりぽりと掻きながらぼやく。




「…いるな。見てくれはどんなか知らんが、何かいるのは確かだ」




ディールは飛び立つ鳥達を仰ぎながら呟いた。




突如、茂みから何か熊の様な者が飛び出し、部下の一人が連れ去られる。


突然の事もあり、またその手際の良さに誰もその姿を正確には捉えられていなかった。




しかし




「おっ…。ああああああぁぁぁぁぁ…」




段々と遠ざかるその悲鳴が異常な速さで移動している事は、人ならざる敵の存在をディール達に気づかせた。




「陣ノ七!」




ディールがそう叫ぶと兵士達は一瞬疑う顔をした後に少し笑ってみせる。


この陣ノ七とはディール率いる五人組ごにんぐみの持つ戦術の中でもとびきりタチの悪い戦術であった。


この叫び声を聞いた敵兵は武器を捨て、少しでも遠くへ逃げる為にその鎧を脱ぎ捨て走り出す。


なぜなら陣ノ七とは、戦術と呼ぶには余りに適当な部下任せの放任戦術。




元々が流れ者だったディールが身分問わずに腕っ節の立つものを選び鍛えたのが五人組である。




その為、腕は立つものの性格に難ありと言う者も少なくはなかった。そしてこの陣ノ七、戦い方、延いては殺し方のその全てを各人に任せると言うもの。


いつもはディールの指示の元、必要以上の暴力を振るわない五人組もここぞとばかりに暴れ回るのだ。




「ディール殿、俺はあいつが連れて行かれた方に行く。御武運を」




そう言って剣を放り出したのは元漁師のデパだ。その代わりに背負っていた戦斧を構える。


彼の巨躯をもってしても不釣り合いに見えるほど馬鹿馬鹿しく大きいその戦斧は、この陣ノ七が発せられた時以外に振るわれる事はない。


何故ならその一撃はあまりに汚い結果を残すからだ。


その戦斧の一撃を受けた者は鎧の上からであれば鎧ごとへし折られ、体に深くめり込んだ鎧は脱がせる事叶わず死者を永久に戦から解放しない。


鎧の無い者であれば斬られると言うよりも砕かれたと言った方が正しい死体となってしまい、とても遺族に見せられるものではなくなってしまうのだ。




「あー俺も行くわ。…感謝してる、今までありがとなディール殿。ちょっと今回はキツそうだからな、一応だ。それじゃ御武運を」




デパに続いたのは元々王国軍に居たものの、城下での絶えぬ喧嘩の為に戦果に見合わぬ階級に甘んじていたアラスだった。




「はっ。お前それ言って死んだ事ねぇじゃねーか。行ってこい、アッシュの事だ。お前らが着く前に終わらせちまうぞ」




ディールはそう言って鼻で笑った。




「ちげーねぇ」




デパとアラスは笑いながら茂みの中に消えていく。


その直後だった、聞いたことの無い獣の怒号が森中に響き渡る。


硬い物同士がぶつかる音が幾度かした後、デパとアラスが茂みから顔を出す。


しかし、その顔に体は付いておらず、怪物にその生首を掴まれての帰還となった。


二人の生首をその両手に持つ怪物は、デパの倍はあろうかと言う巨体に噂に違わぬ豚の顔をしている。




「…組長、アレ出します?」




一人ディールの元に残ったのは元鍛冶屋のガラン。彼が五人組に居るのには他の者とは違う特別な理由がある。背中に背負ういくつもの細長い袋。それこそがディールが彼を手元に置く本当の理由。




「おう、とりあえず一本からいこうか。そうだな、『華か』あたりか」




ディールの返事に、ガランは背にした他の袋よりも少し大きな一つを引き抜く。


『華』と刺繍されたその袋を受け取るとディールは袋の中から剣のそれにしては余に薄く細い鞘を取り出す。




見たことの無いその武器を怪物が少し不思議そうに眺めていると、ディールがさっきまで腰につけていた剣の鞘を捨て、その細い鞘を腰に差しながら話かける。




「おっ。さすがに初めて見るか!これはな、俺が元々居た国で使ってた剣だ」




そう言うとディールは少し腰を下ろす。そっと、まるで赤子の頭を撫でるのを躊躇うかの様に腰の剣の少し上に手を添えている。




「まあ、まずはソレ。…返してくれよ、部下なんだ」




次の瞬間、怪物の両手の指が宙に飛ぶ。持っていた二人の生首がどさりと地に落ちる。


さっきまで目の前にいたはずのディールがいつの間にか怪物の横につけているのだ。しかし、おかしな事にさっき腰に差した新しい剣は抜かれてさえいない。




「とりあえず二人は返してもらう。んで、アッシュはどこだ?」




怪物は慌てて指の無い両手でディールに襲いかかろうとするも違和感に気付く、さっきまで自分よりも小さかったその男が、見下していたその男が。突如自分の目線と同じ位置にその顔を並べているのだ。




「食っちゃいねーか」




ディールは転がっている怪物の下半身の中を覗き込みながら安心した様に呟いた。




「なんだ、まだ生きてるのか!凄いな!褒美をあげにゃならん!この剣の名前、教えようじゃないか」




怪物は薄れゆく意識の中でやっと目にしたのだ。


その輝く何かがディールの腰からまるで流れる星の様に、落ちる雨粒の様に。捉えられない速さで引き抜かれ、風の様に自分を撫でるのを。


すると、さっきは横に両断された自分の体が今度は縦に両断された事を感じるでなく、悟った。




「『刀』って言うんだ。見えたか?綺麗だろう」




ディールが教えた時にはもう、刀は鞘に収められその刀身は見えなかった。




「見事です、一本で十分でしたね。しかしこの怪物…こんなの見た事も…」




ガランが拍手をしながらまじまじと怪物を眺めていると、ディールが突然崩れ落ち、膝をついた。




「組長!」




慌ててガランがディールに駆け寄る。




「やっちまった…」




顔面蒼白のディールを心配したガランがその体を確認するも、これと言った傷は見当たらなかった。




「なんだ?触んな、気持ち悪りぃ。いや、それどころじゃねぇぞ…ついカッとなっちまったけどよ…この怪物、王の失踪となんか関係あんじゃねーか?」




ディールのその言葉にガランもハッとした表情を浮かべてしまうが、すぐにその表情が彼をより落ち込ませると気付き、真顔を作って見せた。




「いや、組長。確かにそうかもしれませんが、こいつ言葉なんて喋れなさそうだったし!どっちにしてもやるしかなかったですよ!うん!」




まるで自分に言い聞かせる様にガランは自分のその言葉に何度も頷いて見せた。




「…そうかな。だって…こいつよ、いくら勝負だったとは言えアッシュとデパとアラスをよ…」




呆然自失としていたディールは、自身のこの言葉で我に返った。




「アッシュ…アッシュはどこいったんだ。まだ生きてるかもしれねえ。探すぞ」




ディールは最初に拐われたアッシュを探しに潜ったその深い森の中で、おぞましきそれを目にしてしまう。


いや、彼の失態を考えればもしかすると見つけたと言っても良いかもしれないその人を。

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