第7話 王との謁見をカミナはどう果たすか

当代以って99代続く王国であった。


妃の腹を内側から蹴る胎児のその力強さが、この国がこれからますます力強く、また末長く繁栄するであろう事を王と妃に確信させていた。




「流れ者?良いな!一度会ってみたいではないか。知らぬ名の国から来た者など何年ぶりになるか。それに面妖な術を使うと言う。面白い話が聞けよう」




城下町に最近住み着いたと噂の流れ者。


なんでも、食事や宿の返しとして人々に不思議なものを見せていると言うのだった。


雨で薪の湿った時には薪も要らず絶えぬ炎を生み出し、野犬に噛まれ傷ついた子供にその者が手を触れればたちまち傷を癒すと言う。




その言葉を聞き、王と妃の座る玉座の下に起立していた大臣は「通れ」と閉まったままの大扉に声をかける。




「待て!そう焦っては面白きも逃すと言うもの。聞こえておるか?旅の者。もし儂を驚かせるような登場を果たせば、そうだな…その方の住む家と王国国民としての権利を与えよう!」




立派な顎髭をくりくりと捏ねくるのは、王が何かを企む時の癖でもあった。




「失礼ながら、陛下。それは如何なものかと」




その癖の末に起こったあれこれをいつも処理してまわる大臣は言葉遣いこそ敬意を持っているものの、いたずらをする子供を叱りつける親の様な口調で止めに入る。




「良いではいないか。以前この注文に応え、瞬く間にその石のドアを万もの破片に斬り刻んだ男を覚えておろう。奴は今どうなった?知らぬ訳でもあるまい?」




もう、まるっきりいたずらっ子のそれの顔になった王は大臣をおちょくりにかかっている。




「彼は…ディール殿は、我が王国軍の剣術指南役として日々その責務を立派に果たしております。しかし!」




「しつこいのう。ならばこうだ、大臣。お主が文字通り『あっ』と発したらとしよう。それで良かろう?」




大臣は少しむっとした顔をした後に、諦めたのか呆れたのかフンと鼻で笑うと小さく頷いた。




「と、言う訳だ。聞こえておったな?長らく待たせた旅の者よ」




王がそう言い、パンパンと手を叩くと扉の奥から「それでは…」と細い声が王室に届いた


。今まで室内で王と大臣のやりとりを見て笑っていたもの達がなぜかその声を聞いた途端に深刻な表情を浮かべ、近衛兵達は一様に腰の剣に手を添える。


兵士たちが戦地で見せるその眼差しをドアに向ける中、妃は咄嗟に我が子を孕むその腹を両手で覆った。




「ほう…」




少し驚いた様子で王が片眉を釣り上げる。隣で何かに怯える我妻の肩を片手でしっかりと掴んだまま。




「欺け、ソリテスの管理者。結びつけ思いやる白き多眼の病人よ。その眼休む事を知らず、故に誤る事も知らず。私が二つを補おう。例え治す事叶わぬとも。『透過ソーラス』」




そう聞こえた時だった。まずドアから黒いローブを羽織ったか細い右手が生える。騒めく者達の中、近衛兵の一人が震える自身の足を思い切り殴り声を上げその腕めがけ走り出す。




「止まれ」




王がそう呟くと、走り出した兵士はその声を聞きピタリと立ち止まった。




「見事だ。誇らしいぞ、それでこそ預けられる命だ」




誰よりも忠義を持って動いたその兵士が我が王のその毅然とした態度に安心と畏敬の念を抱いていると、その間にもドアからは左腕、続いて右足、左足が生える。


そして終には黒いローブに身を包んだ姿の小柄な者が現れた。




已然ざわめく室内にやっと気づいたその者は、サーカスのピエロの様な大仰なお辞儀でおどけて見せる。


そこでやっと全員の緊張は解け、次々と安堵のため息をついたのだった。




「素晴らしいな。実に奇妙だ。それはなんと言う技だ?」




妃の肩からその手を外し、拍手を送りながら王が尋ねる。




「私がいた場所では『魔術』と。そう呼ばれておりました」




ローブから発せられたその声で、やっと王をはじめ室内の者達がこの流れ者が女なのだと分かった。


細く小柄なその身丈は男とも女とも、子供とも老人とも分からなかったのだ。




「魔術。ふむ、術とは術であろうが魔とはなんだ?あまり良い響きではないな」




「…そうですね。失礼ながら、この国に宗教と言う概念はおありでしょうか」




全く憶する様子のない女は目深に被ったローブを外しながら応答する。




「おぉっ」




室内の男達が思わず声を漏らした。


それ程に女は美しかった。


纏うローブと同じ黒とは思えない程に深く、潤んだ黒髪に少し紫がかった瞳。


何より今まで見た白が偽物なのではとさえ思わせる真白な肌は見る者の意識を容易に没入させる。




「宗教、あるにはあるぞ。しかし、恥ずかしながら我が国は戦によって築かれた国。信じる神は戦さ場で信じられる戦神のみだがな」




女は少し俯いて考える。




「その戦神の名はなんと?それと、何をもたらす神であられるか」




「ディラスと呼ばれる。他国の神の様に救うこともなければ許すこともない。戦士達を昂らせ、次の戦場へ導くのみのどうしようもない奴よ」




王が笑いながらそう言うと、近衛兵達はうんうんと頷いてみせる。




「なれば、先ほどの奇妙を今一度お見せする事をお許し願いたい」




女は未だしかめ面の大臣を横目でちらりと流しながら続ける。




「約束は大臣殿を驚かせ、あっと言わせる事。されど先ほどの魔術ではそれ叶わず。しかし、私としても王のご好意には預かりたい。次の奇妙を以ってそれを為すと共に『魔術とはなんぞや』その答えもお見せしたい」




その言葉を聞いた王は一層その笑い声を大きくした。




「無論!是非もなし」 




女は小さく頷き、先ほどいち早く動き、王を守ろうとしていたその兵士に近づく。




「誠、失礼な頼みなのだが。そなたの一振りを預けてはくれないか」




突然の女のその申し出に、兵士はどうしたものか分からず王に目線を配る。




「かまわん。貸してやれ」




女は兵士が差し出した片手剣を預かり、隅々まで目を通すとそれを床に置いた。




「導け、オッカムの若き獅子よ。滾らせ、奔らせる争いの風よ。その一振りに錆は無く、二振りすれば首は無い。例え私が裂かれようと。『合戦ディラス』




先ほどの感覚が部屋中、いや城中全てに伝わる。




給仕の女は皿を落とし、馬屋の青年はいななく馬を必死に抑える。




「なんと…」




気付けば、王はその玉座を立ち上がっていた。


室内の兵士たちはそれを一目見た時にそうなのだと気付き、湧き上がる感謝の気持ちに涙した。




「その突如現れた獅子が。その黒き雄々しい獅子がディラス殿なのか?」




王の指差す先には、先ほど女が床に置いた剣を咥えた真黒な獅子が悠々と、女を守る様に闊歩していた。




「如何にも。この黒き逞しい獅子こそが我ら人の前に姿を見せる際、ディラス殿が形取られるお姿。そして、これこそが『魔術』。請い、時には命じこの世作りし神々の力を降ろすもの」




女はドアをすり抜けた時に見せたお辞儀をまたして見せる。




「女、名をなんと申す。王として、また一人の戦士だったものとして。名を呼び、礼をさせてくれ。」




「滅相もない。ディラス殿がお見えになったのは偏にこの国の信仰あってこその奇跡。しかし、もしまた私を呼ぶならば『カミナ』と、そうお呼びください」




カミナがそう言い、王にした様に獅子にお辞儀をすると獅子は喉を鳴らし、咥えていた剣を地面に置いてから黒い煙となって消えた。




「しかし、やはりこのカミナの望みは終に叶わずの様子。大変残念です」




その言葉に王が大臣の方を見ると、大臣は皆が何に驚いているのかが分からない様子で、少し恥ずかしそうにしていた。




「大臣、これは大変な事だぞ?我らが戦神、ディラス殿のそのお姿。まさか見えなかったとは言わせぬぞ?戦に縁なきお主と言えどだ!」




意地悪く、顎髭を捏ねくりながら王は大臣に怒鳴りつける。




「無論!その荒々しき獅子が如きディラス殿、この眼でしかと!カミナ殿、見事な手前大変驚き申した!」




大臣が顔を赤くしながらそう叫ぶと王も妃もその部屋に居合わせた全ての者が大声で笑ったのだった。




「いやいや、大臣。それでは約束を違えるぞ?お主が言うべきはそうではない。そうだろう?」




「あっ」




王のその言葉に最初の約束を思い出した大臣はつい、そう漏らす。




「ありがたきお言葉」




その「あっ」を聞いたカミナも、くすりと微笑み得意のお辞儀をしてみせた。赤い顔のまま大臣は配下のものを呼びつけ、カミナの住居と国民としての権利の授与の手はずを伝える。




「ああ、少し待て大臣。さてカミナ殿、ここで提案なのだがどうだろう?約束と少しばかり違うが、城下に住むでなくこの城に住んではもらえないだろうか?何、既にお主と同じ様な流れ者を何人か抱えておる城だ。重く考えず。そうだな、一人の友人として迎え入れさせてはくれないか?」




突然のその提案に、流石のカミナも少しうろたえ返答に困っていると周りの兵や妃がカミナに向けて拍手を送った。




「当たり前だ。我らが神を見せてくれた恩人でもあるカミナを家に迎え入れて何が悪いことがある?なあ大臣」




大臣はやっと落ち着いてきた顔色をまた赤くしながら声を出すこともなく頷いて見せた。




「決まりだな。心配せずとも部屋はいくらでもある。後で私自ら案内しよう」




カミナは先ほどのふざけたそれではなく、深々と丁寧に頭を下げる。




その頭を今一度上に上げた時だった。妃が突然倒れたのだ。




妃の股からのおびただしい出血はシルクでできた彼女のドレスをどんどんと赤黒く染めていった。

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