第6話 涙と灰
「妬け、アムールの踊り子。汝を裏切る男は灰の中に潜む。踊り、まぐわい、残火を産め。私は汝と契らない。例え私が燻ろうとも。『火葬エーテラ』」
黒い装束を身に纏った顔の見えない小柄な者がそう唱えると、隣に立っている豚の様な顔の男が持っていた松明の火がみるみると大きくなり、やがて人の形になり歩き出す。
そこからその身が別れ、幾つもの火の手となり一晩の内にその村を焼き尽くした。
逃げ惑う人々にもその人型の炎は駆け寄り、抱きしめる。
振り払おうとする人々のその動きに、まるで踊りを一緒に楽しむかの様にまとわり付くのだ。
「酷いな。本当にここに村があったのか?」
王国騎士団の剣術指南役であるディールが馬から降り、燻る村の残骸を拾い上げる。
「魔術だ。恐らく、エーテラだろう。見てみろ、焼死体の全てに頭髪が残っている。それに燻る残火。エーテラが人と踊るとああなる。クソ…俺達がもっと早くここに着いていれば」
躯は白く、金色の鬣を器用に編み込まれた逞しい馬に乗った男が馬上から焼死体を指さす。
「成る程。やっぱりこうなると流石のお前でも無理か?リコンストでどうにか…」
ディールは無精髭を手でさすりながら平静を装っていたが、その手はこの惨状を作り上げた者への、自身への情けない思いで震えている。
「…すまん、無理だ。もし俺が復元したとしてもエーテラがまた体内から踊り出し、焼き尽くす。彼らの死体がまだ燻っているのはその為だ。何度も苦しんでほしくない」
その言葉を聞いたディールは「そうか」とだけ呟き、草食動物の腸で出来た水袋を取り出した。
そして、焼死体の1人1人に丁寧にその水をかけていく。
「…ディール、気持ちは分かるが貴重な飲み水だ。やめよう。確かに俺は魔術で水を創れるが、その水は飲めないんだ。無理に飲んで死にかけたのをよもや忘れてはいまい」
馬上の男のその言葉に、ディールの動きが一瞬止まる。
ズカズカと強い足取りで男の乗る馬に近付き、男を馬上から力づくで引きずり下ろした。
「死にかけた?死んでんだよ。こいつらはなあ!殺されたんだ!俺らがあの時、用を足したから!飯を食ったから!寝たから!なあ、お前の国民がこんなにされてんだぞ!?それを供養して何が悪い?王子よ!」
息を荒げながらディールは王子の胸ぐらを掴んだ。
「知ってるさ!知ってるとも!俺の国民だ!だから言ってるんだ!俺たちは1秒でも早く次の村に、街に着かなくてはならない!なんでか分かるか!?俺たちが遅れれば!またこうなるからだ!」
王子そう言い終わる頃には、ディールの無精髭もその長いまつ毛も溢れ出る涙でビショビショだった。
言葉にならない怒声をあげ、王子を掴むその手を離すと何度も、何度もその灰まみれの地面を叩いた。
その度に積もった灰が舞い上がり、それらは彼ら二人を包む。
涙で濡れたその部分に灰は張り付き、ディールの顔は文字通り灰色に染まった。
「…せめて、俺ができる事を」
そう言うと王子はディールの水袋の水で少し手を濡らし、振りまいた。
「蒔け、エイドスを植えし者。巡り実らせる魔の異端よ。実ることも枯れることも許された矛盾の体現者。私はそれらを口に運ぼう。例え貴様の輪廻でも『再帰プロテスタ』」
詠唱の終わりと同時に灰に落ちた水滴が光りだし、全ての灰を一つの塊にまとめ上げ、見る見る内に地中へと自ら潜っていったのだ。
「…灰となった村の残骸を地面に溶かした。やがてその灰の恩恵を受け、草花が生い茂る。誰も解くことも出来ず永劫焼かれる彼らの苦しみが少しでも休まる事を祈る」
ディールは垂れる鼻水を手の甲でぬぐい、自分の馬の方へと歩き出す。そのすれ違いざま、王子の顔を見ると少し微笑んで、厳しくも優しい声で叫んだ。
「疑ってすまなんだ。若き王子よ。偽るな!この戦いが終わるその時に嘘を残すな!喜びも悲しみも、お前が感じた全て、我らが王国の歴史となる!ジン!お前は王になる男だ!」
「……はいっ!」
精一杯の声を張りあげ、応えた王子の顔には二筋の灰の跡。その青く澄んだ2つの眼の下、一直線に。
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