第4話 恋愛アンチを廃業したわけではありません。(1)

 庄司クレナ。

 今年の新入生として入学式こそいたものの、交通事故に遭遇したらしく一ヶ月休学の上、ゴールデンウィーク明けの先週から登校を開始。そして昨日、弁論部への入部を希望したと同時に俺へ何故か告白。そして俺は何故かそれを快諾してしまった。

 なお、告白アンド快諾の直後、フリーズした俺は荷物を瞬時に掴みその場から逃走している。できればなかったことにしたいからである。


 さて、ここで起きる問題は何か。

 まず、現状俺はクレナのことをよく知らないのに恋人関係が成立してしまっている。これは恋愛アンチ活動を行う身としては完璧によろしくない悪手だ。恋愛なんて非効率なものをアンチ活動していた身が率先して行うなんてそれはスパイと等しい最低な行為なのではないか? 裏切りだ。同士への裏切りだ。これまでの自分への裏切りだ。

 そして何より弁論部という場所を奪われかねないということ。あの場所は俺にとってどこよりも素でいられる場所である。水戸先生の言うとおり、俺だって至る所で恋愛アンチをするわけではない。TPOくらい弁えるのは当たり前だ。それを公言するのは俺がそういう人間だとわかりきっている人間の前だけ。つまり弁論部以外にはあり得ない……友達はいないからね、仕方ないね。


 その主な二点を解決させるために必要なのはエレナという存在を弁論部から閉め出し、俺との恋愛関係を消滅させること。それしかないのであった。

 ということで、クレナによる怒濤の展開から一夜が明けた今、第二視聴覚室の扉の前に俺はいた。鍵が開いているのは既に知っているが、扉を開く手が動かない。これを開けたらクレナがいるいないに関わらず問題を前に進めなければいけないのだ。逃げるということすら選択肢の一つとなる。


 しかし、逃げては恋愛アンチの名折れだ。

 恋愛の定義に基づけば双方の好意によって恋愛というものは成り立っているのだから、クレナから俺に対して向けられていたとしても俺がそういった感情を抱いていない時点で「恋愛関係」は成り立っていない。つまり、これは一方的に好かれている「かもしれない」だけなのだ。

 それにクレナが俺を好きだと言ったのは口先だけ。本心ではどうなのかということは誰も分からないことである。

 よって、この関係は無効。きちんと俺が恋愛アンチであることを説明すればクレナも納得してくれるに違いない。

 そう思えば気が楽である。俺は正しい。恋愛は正しくない。

 ようやくついた決意を胸に、俺は第二視聴覚室の扉を開いた。


「遅いですよ、センパイ! さー今日も楽しく部活動と愛を育みましょう!」


 扉を開けて目の前にいたのは勿論クレナで、俺の腕からバッグを奪っていくと俺の定位置に置きにいった。そして早く来てくださいよと言わんばかりに戻ってきて俺の腕を掴み定位置まで運ばれる。


「おはようございます! 本当は朝からご一緒したかったんですけど! 昨日帰られてしまったので! 明日からよろしくお願いしますね、センパイ!」


 一方的なペースに乗せられて、言葉を発することなく座らされてしまう。しかも左腕にはクレナがしがみついてきている。というか当たっている。柔らかい何かが腕にぽよんとくっついてきていて、隣にいるのが女の子だということを意識させられた。ほのかに香る柑橘系の匂いもまさに女を意識させるには十分なアイテムだ。


「……瀬戸口くん、彼女さんができて嬉しいのは分かるけれど、部活内でくらい分別は付けて欲しいわね。というよりあなたはそういうの否定派だったのに何率先してやっているのかしら。見せつけているカップルがいたならば唾を吐きかけるのがあなただったというのに」


 教室の対岸に座っていた雲野をようやく視認すると、散々な言葉を投げかけられる。いや、確かに俺がお前の立場だったならばそう言うとは思うけれど……


「お前も昨日いたなら分かるだろ、あれは無効だ、俺は言わされたに過ぎないんだよ。それに俺はまだコイツが何者なのかも分かってないし、恋愛なんてやる気はない」


「無効とかいいつつ、告白に対してOKっていってたのは瀬戸口先輩だと思うんですけどね」


 雲野の近くで俺に対してジト目を送っているのは菜水だ。いつも見せたことがないような冷徹な表情で俺を見ている。

 これはもしかしなくても既にクレナが空気を醸成していて、俺は完璧な敵と化している状態だ。完璧に負けている。説得できるレベルではない。


「あのさ、庄司さん」


「クレナって呼んでください! センパイはあたしの彼氏なんですから」


「庄司さん? 昨日の話の続きなんだけど」


「? あ~最初のデートはどこがいいっていうことですか? ディズネーランドも行きたいですし、そういうのも憧れますけどやっぱり最初は夕ご飯を食べに行ったり、一緒に映画を見に行ったりっていうのに憧れますね! 最近やってる難病の女の子とのラブコメ映画とかすごく見にいきたいんですよ! どうですか、センパイ!」


 一話せば十返してくる後輩に対してどうにか反撃を試みようとするが、勢いに飲まれてしまう。いいや、これではいけない。


「あのね、俺たちはまだ知らない同士なんだから一目惚れとかそういうので告白とかしちゃいけないと思うんだ」


 あくまで一般論で返してみる。恋愛が不毛だとかではなくて、あくまで相手を知ってから告白した方がいいよね、という話。これならば「そうですね、センパイをもっと知ってからまた告白しようと思います!」というセリフを引き出して、入部テストで落として、そのままフェードアウトという展開を狙えるぞ。我ながら策士。


「ん~そうですかね? あたし、びびびって来たらしゅびんって告白しちゃうタイプなので。だってそっちの方が自分の気持ちに嘘が無いじゃないですか。好きなときに好きって言って、それからもっと好きになればいいっていうか。もしダメでもまだ好きが大きくなっていなければまだ諦めがつきますよね? だから好きって思ったら好きって言うんです。センパイ、好きです」


「いや、そうじゃなくてさ」


 不意打ちの告白を受け流しつつ、話を進める。どうにかしてここで振り落とさねばならない。

 ならば別の手段だ。


「俺は君のことを知らないし、そういう状態で付き合うのは君にも失礼だと思うんだ」


 これも正論の一つだろう。これで少しは期間を置く、という形にして入部テストで落として以下略。

「庄司クレナ、七月二十日生まれ。A型。好きなのは猫、ぬいぐるみ、センパイ。得意な教科は英語と体育。身長は147センチで、体重は42キロ。スリーサイズは上から82、65、84です」


 淡々と俺の目を見ながら個人情報を述べていくクレナ。正直言ってはいけない情報まで垂れ流しているように思えるし、好きなものに俺が含まれているのは照れる。


「これであたしのことは覚えてくれましたね! にひひ」


 白い歯が見えるように笑みを浮かべている。


「いや、そういうことじゃなくて、もうちょっと交流を深めてからってことでさ。それに俺のことだって知らないだろ?」


「瀬戸口雅紀センパイ。十一月十二日生まれ。AB型。好きなのは睡眠、カレー、休み時間。得意な教科は日本史と音楽。身長は176センチで、体重は66キロ。合ってますよね?」


「……は?」


 さらりと述べられた個人情報は一つも狂いがない情報で、むしろ第三者からのものだけに言われてみれば確かにとこっちが肯きたくなるものだった。体重なんて俺すら把握してねぇよ。


「これであたしもセンパイもどっちもがどっちものことを知ってますね! これでセンパイと晴れてお付き合いができますね! あたしはカノジョ! センパイはカレシ! これでみんなハッピーエンドです!」


 そうしてどうやっても俺の意図を汲んでくれず、この後もいろいろな手段を用いて恋愛関係の解消を試みたものの躱されてしまい、この関係は明日へと持ち越しとなったのだった。

 雲野と菜水の目線は相変わらず冷たかった。

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瀬戸口くんは恋愛アンチだから恋なんてしない。 羽海野渉 @agemuraechica

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