第2話 俺が恋愛アンチたる所以について。(2)

 ゴールデンウィークも明けて、高校全体が翌月に開催される体育祭に向けた空気が醸成された頃。

 放課後の校舎内には生徒の数も少なくなり、グラウンドから各クラスや運動部が練習する声が聞こえてくる。

 ここ、第二視聴覚室は校舎の奥の奥に位置するからかそういった影響も少なく、いつもとあまり変わらない雰囲気を保っていた。

 私立碧南学園では部活動がそれほどさかんではないが、何故かマイナーな部活動の数が多い。

 なんでも先代の理事長の方針だったとかなんとかで、運動部や文化部問わず数十もの部活動が所狭しと活動しているのだった。


 その一つがここ弁論部だ。

 部員数も五人、と部活動としての体をギリギリ成しているところではあるが、なんとか今年も新人が加入して存続を許されていた。

 とはいえ、活動に熱心な部員はほぼいない。

 読書するか宿題をするかが主な活動となっていて、本来やるべきの弁論活動に関しては週に一回やればいいくらいのものとなっていた。

 今日はその希有な一回の方で、各々が持ち寄ったテーマを相手が肯けるように主張することを行っていた。

 トップバッターとして指名されたのが俺で、丁度常々考えていたことを説得させるかと思い、スピーチしたのだ。


 この高校では校則の一つとして男女の交際が禁じられている。

 「男女の」と付いているあたりが既に時代錯誤感すら感じられるが(そもそも校則でこういったのを定めているあたりが時代錯誤だが)、有名無実化しているのが現状である。

 とはいえ、目に余る男女交際があるのも事実だ。

 高校生たるもの周りより早く大人になりたいのは解るが、人前でキスをしたりするカップルがいたとかいう噂話を聞いたこともある。

 実際に見たわけではないから本当かは解らないが、恐らくあったのだろう。

 火のないところからは煙は上がらないのだから。


「ありがとう瀬戸口くん。うだうだと詭弁を垂れてくれて」


「詭弁じゃねーよ。主張だ。正論だ。きちんと根拠も述べただろうが」


「根拠と言うよりそれは難癖よ。あなたが恋愛から距離を置きたいからってそもそも恋愛というものは成立しないなんて言い始めるのはどう考えても難癖以外の何者ではないわ。それに恋愛というものを実際にやったことがないからそういうことを言えるんじゃないかしら。食わず嫌いしてあれこれ文句をつけるのは愚かとしか言いようがないと思うのだけど」


 と、ここまで俺の正当なるスピーチに対して意見を述べてくるのはこの弁論部の部長であるクラスメートの雲野ひばりだ。

 男なんか寄りつかせないオーラと美貌の持ち主で、その上学年順位も上位をキープし運動部にも負けない身体能力も発揮するというまさに才色兼備文武両道な存在。

 さっきのスピーチで最後に触れた勉学と運動のくだりはこいつに対しての皮肉的な一面もあったのは恐らく理解されているはずだ。

 そんなパーフェクトなスペックのくせに何故か入学当初からこの部活を選んでおり、学校中が頭の上に疑問符を浮かべたこともあったりする。

 それであの雲野ひばりと同じ部活に入りたいという不埒な考えを起こした輩も多数いたとか。

 まぁ、そんな輩はこの部活の入部テストで落ちていなくなっちゃったんですけどね。


「聞いていれば人のことを愚かだとか難癖つけてるだとか好き勝手言いやがって。どうせあれだろ、俺の人格批判しかできないんだろ? 正論聞いてスピーチ内容には反論できないから」


「別にそうは言ってないわ。私は恋愛というものはあると思っているし、憧れている一人であるもの」


「お、意外だな。雲野のことだから男なんかと付き合いません汚らわしいとか思ってるのかと思ったぜ。きっと賛同してくれるだろうなとも考えていたんだけどな」


「あら、あなたと意見が合致したことなんてあったかしら。そもそもあなたがこうやって恋愛アンチをしていることは入部した当初から知っていたけれど、その根拠がこんな薄っぺらいものだとは思いもしなかったわ」


「薄っぺらいなんてお前俺のスピーチちゃんと聞いてたか? そもそも恋愛というのは互いに」


 と、再び説明に入ろうとした俺の前に可愛らしい格好をした後輩が音を立てるように仲裁に入ってきた。


「はい! ストップです! もうそこまでにしてください! 瀬戸口先輩も雲野先輩も!」


 身振り手振りで俺と雲野のクールダウンを図るのは一年生でこの部活の後輩である小花菜水おばななみだ。

 身長も小さく、体格もちっちゃいために部活内外問わずマスコット的な人気を得ている後輩女子である。

 この部活に入ってきた理由は解らないが、それなりに弁の立つことも言えるため弁論部における期待を一身に背負っていた。


「ありがとう菜水さん。また無駄なことでエネルギーを消化してしまうところだったわ。こんな詭弁に私が時間を割いたのも失敗ね」


「お言葉だが雲野、今までのセリフそっくりそのままお返ししてやるよ。ブーメランって言葉、お前は知らないのか?」


「だ・か・ら! 終わりです終わり! 瀬戸口先輩のスピーチありがとうございました! とても面白かったです! ためになりましたから!」


 なお、期待というのは正直なところスピーチの腕と言うよりも、この部活を回す方に比率が向いているらしい、ということは菜水以外の部員の間では周知の事実だった。


「お、菜水も恋愛なんて馬鹿らしいと思うよな!」


「ノーコメントで!」


     ※ ※ ※ ※ ※


 しばらくして、俺は壇上を降りていつも座っている窓際の長机へ移動する。

 丁度窓からは校舎の外周を走り込む運動部の姿が確認できた。

 汗水垂らして運動することで基礎体力の向上というのも、本当に結果が結びつくのかは解らないが高校生の本分という感じがあって非常に良いように思う。

 では何故俺が弁論部に入ったのかって?

 それは単に顧問からの大学の推薦が欲しかったからという、非常に狡猾な理由だったりもする。


「まぁ、面白かったから瀬戸口のは良かったんじゃない?」


 今日が珍しい弁論活動の日だったのはその顧問が部室となっているここ、第二視聴覚室に来る日だったからだ。


「またそうやって瀬戸口くんを甘やかすようなことを言うんですか? 水戸先生」


 顧問の水戸愛生みとあき先生は三十手前の若手教師だ。担当教科は現代文で生徒からの受けも非常に良い。

 ショートヘアとパンツスタイルというボーイッシュな格好がすらっとしたプロポーションと相まって、モデルのような雰囲気さえ与える美貌の持ち主でもあった。


「まぁ、内輪ネタというか反感を買いそうな題材の時点で論外だけどね。こういうのはいくら面白くてもコンテストとかには出せないじゃない? そういうのは瀬戸口だって頭が良いんだから理解してるでしょ?」


 とはいえ、そういった美貌だとか生徒人気からはかけ離れた残念な感じをこの部室では露呈していた。

 あぐらをかいて、本当は禁止のはずのたばこを口にくわえて……こういう女性が良いという意見も世の中にはあることは理解しているし、正直俺もアリだとか思う。

 恋愛アンチだけど。


「まぁ、このままコンテストに出るようなことはしませんよ」


 もちろん今日のスピーチは即興で考えたものだし、根拠も正直出任せな節はあるのだから当たり前だ。

 そういった出任せの部分を難癖だと雲野に突っ込まれたのも正直当然だった。


「だろう?」


「やっぱりもうちょっと幅を広くして、全員が全員恋愛しなくなるようにする必要がありますから」


 そう言うと、水戸先生を含んだ全員の目線が俺に突き刺さるのだった。

 あれ……?


「そうなったら世界は終わりだな、全員が全員瀬戸口みたいな恋愛アンチの世界には住みたくない」


 水戸先生は笑いながらたばこを噴かし。


「どこへ行っても詭弁が垂れ流されているなんて反吐が出そうね。そんな世界になったら私は引きこもるか入水でも考えるわ」


 雲野は反吐を見るような失望の目線で。


「そんな言葉一つでみんなが瀬戸口先輩みたいになるなんていうのはSF小説の中だけのお話ですからね? あり得ないですからね?」


 菜水は憐れなものを眺めるような慈しみの目線で。

 何かセリフ間違えたかな。

 間違えたつもり無いんだけどな?


「その意外っていう目、お前今の冗談じゃなかったのか?」


「……センセイ、ここ禁煙です」


 今更ながら話題逸らしのために水戸先生が咥えていたたばこを指摘することにした。

 いや、俺の発言云々より教師がマナーを破る方が問題だと思うんですよね。

 うん。校則とかよりまずマナーでしょ。


「これは電子たばこだから。副流煙とかも無いし、セーフセーフ。むしろ私、普通のたばこは苦手なの」


「さいですか」


 よく見れば確かに吸っているのは電子たばこで、煙に見えたのもただの水蒸気だった。


「あら、一年前くらいは普通のたばこを吸っていたように記憶しているんですが」


 そういえばそうだった気もする。

 こういうところで雲野の記憶力の良さが光る。


「……元カレが吸ってたのと同じ銘柄だったから、吸いたくなくなっちゃったのよ。やっぱり恋愛ってダメだわ。そこは瀬戸口に賛成」


 一気にどんよりと空気が重くなるのを感じて、また菜水が話題転換を試みる。

 いや、ずっとこういうのってやっぱり不毛だと思う。

 まぁ、恋愛の話を始めたのは俺だから、悪いのも俺なのだけど。

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