つぼ

昨日ネットで買ったつぼが届いた。

セールでたまたま見つけただけで欲しくはなかったが興味本位で買ってしまった。

 早速、箱を開けてみると、丁寧に梱包されたつぼと一緒に説明書が入っていた。つぼに説明書・・・。インテリアじゃないのかこれ。

 どれどれ、なになに・・・。あれ、これしか書いてないの?

説明書にはただ一文のみ記されていた。

「このつぼを使用する際は、1人につき3回までとしてください。」と。

なんだそれ。いや、どうやって使うのかまず教えてくれと思ったが、とりあえず使ってみよう。

 まず、つぼをひっくり返してみた。何も起こらない。

次につぼの底を叩いてみた。やはりなにも起こらない。

今度はつぼの中に向かって叫んでみた。ああーーー!!!!

 なんだよ、やっぱり何も起こらないじゃん。

じゃあ次は中に何か入れてみようかな、と辺りを見渡すと時計に目がいった。

えぇ!もう19時じゃんか!あの番組始まっちゃうよ!

 つぼのことなど忘れて手元のリモコンでテレビを点けた。ちょうど始まったところらしい。よかった、間に合った。

 オープニングが終わると、某芸人がネタを始めた。こいつかあ。つまんないんだよなあ。

 某芸人「ようし、じゃあ今日も一発やっときますか!!」

またあれかよ。もう新鮮味がないんだよこれ。

某芸人「うっうっうっ、あぁーーーーー!!!」

 うわ、やっぱりつまら・・・。

「ぶっはぁぁぁーーーーははっはっはっは!!」

な、な、なんだこれ、めちゃくちゃ面白っ!!

「ひーひっひっひひぃ、いひぃ、いひぃ!!く、苦しい、っひっひ!!息が、息ができっ!!」

 こんなネタで笑ったことないのに!めちゃくちゃ面白い!!

一通りネタが終わった後も俺はしばらく笑い転げていた。

いよいよ頭がおかしくなったに違いない。

 笑いすぎて喉が痛くなってきた。なにか飲むものは・・・。

水を飲もう。でもコップが無いな。そうだ、さっきのつぼ使うか。

 そうして床に転がっているつぼを持ち上げたとき、ふと思った。

なんかこの感じ、すごいデジャヴな気がする。

 つぼの中に目を配ると、少しだけ声が聞こえてきた。

「・・・ああーーーーー!!!・・・ああーーーーー!!!」

 嘘だろ・・・。つぼの中でさっきの声がずっとこだましてる。

録音機能とかあるタイプのつぼなんかこれ。どれ、もう一回やってみるか。

「こんにちはーーー!!!」

 今度は別な言葉を掛けてみた。すると、つぼの中からやはりこだまが聞こえる。

「ああーーーー!!!こんにちはーーー!!!」

 なんだこれ、気持ち悪っ!

不気味に思った俺は、つぼを遠くの方へ投げ、台所へ向かった。

 この日はそれで終わったのだが、次の日からもっと奇妙なことが起き始めた。


会社に着いた。いつもの日課で、着いたらまずコーヒーを入れる。

これがなきゃ、やってられないよな。

 ズズズッ、ズズズッ。はぁー落ち着くなぁ。どれどれ、メールでも確認するか。おっ!やっと見積が出てきたか。時間掛かったな今回は。

 普段通り、仕事をこなし、昼休みを迎えた。今日は午後から来客が来るから、しっかり準備しとかないとな。

 デスクで資料をまとめていた時、後輩が話しかけてきた。

「檜山さん、こんにちは!今、お時間よろしいですか?」

「なんだ、今岡、いま手が離せっ・・・はーっはっはっは!!!!」

 急に笑いがこみ上げてきたっ!!なんだこれ、発作かおい!!

息が、息ができないっ!!苦しいっ!!

「ちょ、ちょっと檜山さん!どうしたんですか急に!何がそんなにおかしいんですか!!」

「ち、ちがう、こ、これっへっへっへっ!!なにも、なにも、おかっ、おかしくっ、ひーっひっひっひぃ!!!」

「もういいです!!落ち着いたらまた来ますからっ!」

 後輩を怒らせてしまった。なんと情けない先輩だろうか・・・。

それよりも、周囲の視線が俺の方に集まっている。やばいなこれ。

課長までこっち睨みつけてきてるよ。そりゃ昼休みに騒いだら怒るよな。

 慌てて席を離れ、給湯室へ向かい息を整えた。

どうしちっまったんだ俺。昨日といい、今日といい、急に笑いがこみ上げてくる。給湯室でふーっ、ふーっと息を整えていたら、後ろから声を掛けられた。

「こんにちは檜山さん、さっきはどうしちゃったんですか?何か面白いことでもあったんですか?」

「あぁ、眉村くん。いや、なんでもっもっふぅ!!」

やばい、また発作がっ!!すぐに口を両手で押さえつけるが、笑いが溢れて止まらない。

「ぶっふぅ!!ぶっふっふっふぅ!!ひーぃ、いひーぃ、ひーっひっひぃ!!」

「ちょっと、檜山さん!そんなに面白い話ならちゃんと教えてくださいよ!」

 眉村は明るいやつだから、俺がこんなになっても、きっと楽しいから笑ってると思ってるんだろう。

「あっ、あとで、あとで、話すかっから、今はっはっはぁ、あっちに行っててくれぇ!へっへっへぇ!!」

 これは間違いなく病気だ。明日病院に行ってみよう。仕事のしすぎのせいだろうから、今日はとっとと急いで帰ろう。

「分かりましたっ!あとで絶対教えてくださいねっ!!」

 そういうと眉村は自分の席へと帰っていった。

このあとも何度か笑いがこみ上げてくることが何度かあり、上司に今日はもう帰れと怒られ、帰らせられてしまった。情けない、ほんとに情けない。



 部屋に着くと着替える気力もなく、布団のうえに座り込んだ。

はぁぁぁぁ・・・。明日どんな顔して、会社に行けばいいんだろう・・・。

あと、みんなになんて説明しようかなぁ・・・。

気持ちが沈み、視線を落とすと部屋の隅に転がるつぼに目がいった。

 そういえば、昨日からこんな状態になったんだよなぁ。

つぼが来たのも昨日だし、こいつのせいなんじゃあ・・・。

なんだか無性に腹が立ってきた。そうだ、こいつのせいに違いない。

このやろう、このやろう!!

 また、投げ飛ばしてやりたい気持ちになったが、割れると掃除が面倒なので、中に向かって叫んでやった。

「バカヤローッ!!!全部お前のせいだからなぁーーー!!!」

 かすかに中で反響していたが、聞いてやる必要はない。結局、遠くへ投げ飛ばした。

 そのとき、俺は気がついた。俺の笑いの沸点てどこだったけ。人と話しているときに、急に笑っちゃうんだよな。

 とりあえず、テレビを点けてみた。きっとどこかに引っかかる言葉があったはずだ。ちょうど昼過ぎのバラエティ番組が終わり、報道番組が始まった。

 このアナウンサー結構綺麗だな。普段見ないから新鮮だ。

「こんにちは。ニュースの時間です。」

「ぶっはーーー!!!」

 く、苦しいっ!ダメだ、面白い!!何これ、いきなり面白いじゃんっ!!なんだよ、こんにちはって!!挨拶かよ!いきなり挨拶かよっ!!

 分かったぞ!!俺は「こんにちは」がツボなんだ。挨拶されると笑っちまうんだ。

でも、なんでだろう??今までそれで笑ったことなんてなかったのに。

 部屋の隅から小さい声が反響している。

「・・・こんにちはーーー!!!・・・こんにちはーーー!!!」

 あのつぼか・・・。つぼに入れた言葉が笑いのツボになるってことか。

ふざけやがって!ろくでも無い商品じゃねえか!!

 こうなったら壊してやるっ!!

勢いよくつぼを持ち上げ、ふと思いついた。

 そういえば、これ、俺以外にも効くんじゃ無いのか・・・。

今日の上司はいくらなんでも酷すぎだったし、仕返ししてやりてぇなぁ。

 ようし、これを使ってやり返そう!こいつを壊すのはその後でいい。


次の日

「やあ、檜山くん。今日は大丈夫なのかね?」

「ええ、もう大丈夫です。昨日は疲れが溜まっていただけですから。」

「それならいいんだが。また、昨日みたいに騒がれてはみんなに迷惑が掛かるから、今日は静かにしていてくれよ。」

 なんだよそれ。自分の保身しか考えてないのかこいつ!でもいいさ。

今日の俺にはこれがあるからな!!

「そういえば、僕、ストレス発散ができるいいもの持ってるんですが、山田さんもどうですか。」

「なんのことだ?そもそも、そんなものがあるなら、昨日ようにはならんのじゃないか?」

 これは正論だ。真摯に受け止めようじゃないか。

「えぇ。ですから、昨日帰り道で買ったんです。そしたら、気持ちがスゥーっとこう落ち着いてきたんですよ。ほらこれ、よかったら使ってみてください。」

「使ってみてってねぇ。君、これはどういうなんだ?」

 よし、食いついてきたな。

「簡単なことです。このつぼに向かって、叫んで見ればいいんですよ!」

「ちょっときみ、やってみせてくれよ。」

 もうめんどくさいなこいつ。どんだけ保守的なんだよ。

仕方がないから実演してみよう。そしたら自分でもやってくれるだろう。

「いいですか?こうやって使うんですよー。」

「「おおぉぉぉぉーーーー!!!!」」

 ふぅー、少しすっきりしたー。

さて、やってくれるかな?

「山田さんもどうでっ、でっ、でででででで、あばばばばっ!!!!」

  う、う、うそ、うそだ、うそだろっ!!!なん、なんでっ、なんでっ!!!

笑いが、笑いがこみ上げてっ!!!こんなはずっ!!いま、何にも言ってないっのにっ!!!くるじいっ!!!

「檜山くん!どうしたんだねっ!!君、またかっ!!」

 く、くそっ、こんな醜態、くそおっっ!!!

「まったく君って奴は・・・。もうしばらく休んでなさい!」

 そ、そんなっひっひっひぃ!で、でも、こんな状況じゃあっははっはぁ!!

従うしかっ!できないっ!!!ひどいよぉっ!!!

呼吸に苦しむ俺を介抱するように上司の山田は俺に近づいた。

 くそっ!こんな奴に助けられるなんてっ!!

山田は耳元に近づき、そっと呟いた。

「・・・自分で4回以上使うなんてダメじゃないか。呼吸はしばらくすれば落ち着くけど、今後君も僕みたいに2度と笑えなくなるから覚悟してね。」

 ・・・え?・・・今なんて?

山田の顔を見上げてみたら、俺がこんなにも苦しんでいるにも関わらず、冷たい表情をしていた。

 そういえば入社してから今まで、一度だって山田さんの笑顔は見たことなかった気がする。

 記憶を探る中で俺の表情は次第に落ち着き、口角は下がり、それ以来2度と笑うことはなくなった。

 そしてこの一件で俺は部署を異動させられ、気の触れた奴として見られ誰も寄り付かなくなってしまった。

 あのつぼも騒ぎの中で、山田がどこかに隠してしまったらしい。

もしかしたら、今もどこかで誰かの手に渡っているのかもしれない。



 あのつぼを箱から取り出したとき、実は俺にはつぼの中から声が聞こえていた。今まで気のせいだと思っていたが、あの声は聞き覚えのある声だった。

 ただ一言だけの囁きだったが、いま思えばなんだか切なく感じる。










「・・・もっと自然に笑いたーーーーい!!!!!・・・」








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