ツーリング1 中編
11月、今回のツーリングは本州最東端へと向かい、ライダーなら誰もが憧れる日本東西南北制覇の1つ、本州最東端到達の証明書を貰いに行くことが目的だった。
今週は初めての仕事を任され、いくつもの仕事が重なり疲労が積もっていた。
そんな中、家でゆっくりしているだけではついつい仕事のことを考えてしまうだろうと、今回のツーリングの予定を決めたのだった。
11月ともなればもう走り納めも考えなければいけない。とてもじゃないが寒さで走れたものではないし、何よりも雪があっては、走ることはベテランバイク宅急便の方でもない限りほぼ不可能だろう。
ふとフューエルメーターの5つに別れたゲージの内、2つしか点灯していないことに気付く。
ツーリングの帰りはメーターが点滅していようとガソリンを入れずに帰る。という無謀なチャレンジが最近のマイブームなため、そのツケは次回のツーリングの朝に来る。
ライダーはいつも潜在的にスリルを求めてしまうものなのだ。
実際のところ、ツーリングの帰りとなると遅ければ深夜になることもある。都会ならまだいいが、田舎となると深夜は大抵のガソリンスタンドは閉まってしまっている。そこで開いているガソリンスタンドを探して焦って走れば、深夜ということもありとても危険なのだ。
その危険を回避するため、帰りは一度もガソリンスタンドを利用しないとすることで、事前にガソリンスタンドを利用する考えに至り、更に焦らず運転することが可能なのだ。
思い付いた当時は1ミリもそんなこと考えてなかったけど。
1000円分のガソリンを入れ、タンクが3分の2ほどいっぱいになり、しみじみとガソリンの値段の高さを感じる。
財布をしまい、ゆっくりとヘルメットを被り、グローブを付ける。この間にほぼ同時にガソリンスタンドに入ってきた車は続々ともう出ていってしまう。
バイクは車より手軽に乗れる。なんて聞いたことがあるが、車よりも乗る前の準備が多くてそこまで手軽にはならない。
普段乗っている時も、疲れていて体の節々が痛いのに、逆に目的地までバイクから降りたくなくなるものなのだ。
ハンドルにマウントしてあるスマートフォンで目的地を確認する。
時刻は朝9時。早起きしたつもりだったが、準備や給油があるため、結局毎回この時間に走り出している。
左ウィンカーを点灯させ、ガソリンスタンドから出る。
ようやく始まるツーリングに心踊り始めていた。
空は快晴。気温も上々。天気予報では最近では全くなかった降水確率0%の一切曇り無しの晴れの表示だった。
ライダーならこの日を走らないわけにはいかないのだ。
目的地である本州最南端、とどヶ崎へはここからほぼ左右に曲がることはなく、大きい通りに従って走っていればいいだけの道だ。
途中はほぼ面白い通りもなく、時に眠くなってしまう可能性もあるルートだ。田舎だから仕方のないことだけど。
北上川にかかる日高見橋に入り、前の車との車間を多めに空けて周りを見渡す。
雲一つない快晴の空。そこに日高見橋から見える、どこまでも続く北上川。更にちらほらと紅葉も見える。
この時ばかりは気温15℃付近の寒さも忘れ、ひたすらに走ることが楽しく思える。
日高見橋を渡り切り、そこからはしばらく信号もないダラダラとしたカーブが少しあるくらいでほぼ直線の道が続いている。この遠野へと続く道は、途中でわさびソフトクリームが食べられたり、眼鏡橋がある道の駅宮守の方面に分岐することもでき、散歩にはもってこいのルートになっている。
途中、つまらない道だけに緩いカーブに、必要以上にカウンター入れて侵入したり、少し急いで走ってしまうのもライダーの性・・・。
とは言わないけど、思っている以上に1人でほぼ直線の道を走るのは眠くなってくるものなのだ。
紅葉の時期なのにこの道は木々の背が高く、ドライバーから見える景色には綺麗な赤色は映り込まない。開けたところもほぼなく、紅葉を見るには少し適してしない道な気がする。
大声での独り言と独りカラオケ大会をしばらく続けていると、無料区間の自動車道へと合流できる分岐に当たる。いつもは直線して自動車道を回避し、少しカーブがキツくなり開けた場所も多くなるルートを通り、流すのを楽しむが今回は日が落ちるのが早いことを考慮して自動車道を通ることにした。
結果、正解不正解で言えば正解寄りの不正解のルートになるわけだけど。
右折し、自動車道へと入る。久しぶりの合流だが車通りが少ないおかげですんなり入ることができた。
が、段々と速度を上げていく内についさっきまで忘れていた気温の低さが、文字通り身に沁みてきた。自動車道のために標高がいつも通っている道より高く、更に速度も出しているために気温の低さと冷たい風を直に受けることになり、少しこのルートを選んだことを後悔した。
何枚も着込んできた体は問題なかったが、唯一対策していない首元と顔面に凍える冷たさの風が入り込み、全身を寒さに包まれたような気分で脚も震えてきていた。
いつもは景色を楽しむためと眠気覚ましのためにヘルメットのスクリーンを開けておくが、今回ばかりは開けて走れる寒さではなかった。
たまに見るヘルメット被る前に顔面を覆うマスクを付けてる人は寒さ対策のためだったんだなと分かり、日頃の思考停止状態に少し呆れる・・・。
寒さだけでなく、先程通った道に比べて当然ながらコーナーは皆無なため、ただひたすらに寒さに耐えてつまらない道を走り切らなければいけないちょっとした苦行と化していた。更に、前の車が制限速度以下で走るために急いでこの区間を抜けることすら不可能だった。道幅が広いためにバイクなら横から抜ける・・・と幾度となく考えたが、そこまでの勇気はなくひたすらに耐え続けた。
自動車道終点の表示が現れ、緩やかに下りへと入っていく。
ここまでで疲れがかなり溜まり、もう目的地まで半分くらいかなと希望的に見ていたが、案の定遠野市街にすら入っていなかった。
更に下っていくとT字路が現れる。左手にはライダーの聖地として多少有名な道の駅遠野風の丘が見える。右手には遠野市街へと続く道が見えた。
ここまでがいろいろと不幸が重なり長い道のりに思え、いつもの下道で通った方が速かったのではないかと思えた。
通り過ぎてしまった道の駅遠野風の丘は、特に有名な何かがあるわけではないが、休日となるととんでもない数のライダーがたむろしている。集団の主が年配ライダーの大排気量バイクと大音量バイクと、若い2stバイクの集団のために、自分のような低排気、低音量の独り身ライダーの居場所はないのだった。初めて行った時は集団から離れて車が止めてある駐車場の方へ行き、独り寂しく屋台のたこ焼きを食べていた・・・。美味しかった・・・。
なぜ遠野にライダーが集まるかと言えば、県内でもここまで走りやすい舗装路が続いている所は少なく、市街地もほんの少しあるだけの田舎なため、目的地までの途中に挟むのも、遠野を目的地として走るのにも全く不便なところはない。そして遠野物語やカッパなどの歴史にまつわる施設の多さ、美味しいジンギスカンやドラゴンラーメン、わさびソフトクリームなどのグルメまで。そして何よりもライダーにとってはゆるやかなコーナーを楽しめる高原道路や、ヘアピンやぐねぐね道を楽しめる峠、展望台に続く山奥へと至る砂利道、同様に展望台まで行ける林道のオフロードコース、緩やかに楽しめる道からオフロードバイクじゃないと厳しい酷道まで、ある程度が比較的高い水準で遠野市にまとまっているためにライダーに愛されている。のだと思う・・・。
僕は初めての遠野ツーリングでナビにオフロードコースに入らされてからは、あまり挑戦できていないけど。
時間の都合上、道の駅遠野風の丘はまた今度にして、遠野市街へと向かう。
遠野市街へ入ると途端に片側2車線になり、いかにもな市街地へと変わるが、それも一瞬。ほんの数分走っただけで片側1車線に戻り、市街はすぐに消え田んぼ、山、民家程度しか見えなくなる。
そういえば時期が悪いというのもあって今日はまだライダーとすれ違っていなかったが、市街地で3人組のアメリカンライダーにすれ違った。そして挨拶も返してくれたので、僕もしっかりとお返しをしておいた。
ライダー同士の挨拶”ヤエー”にも暗黙のルールが存在するのをご存知だろうか。
どこかでたまたま目にする機会があった人もいるかも知れないが、そもそも”ヤエー”とはライダー同士で安全いけよ。や楽しんでこいよ。といった意味を込められた主に手を使った挨拶で、”ヤエー”という名称は2ちゃんねるが発祥だとか何とか。今ではツーリングを楽しむためには欠かせないものになっていたり、少なくなってしまったライダー同士仲良くしようなんて意味が込められていたりする。
手を使って相手に意思表示するのは何も挨拶だけではなく、優しいライダーであればこの先で事故が起きている。なんて情報を手を使って表現してくれる。
そんな”ヤエー”だが、これはライダーなら誰しも知っているというわけではなく、年配のライダーともなれば更に知っている可能性は低くなる。だから身内のノリといった感じもある。
そのせいか”ヤエー”をしても同じスポーツタイプのライダーにしか返さなかったり、自分より排気量が小さいバイクに乗ってるライダーには返さない人なんかもいる。よって”ヤエー”を返してくれない時は、相手がそもそも”ヤエー”を知らない可能性があるし、自分が身内ネタを出して相手を困惑させてしまっている可能性もある。返してくれないことによる精神的ダメージは不幸な事故という他ない。
僕は”ヤエー”には全く興味がなかったが、”ヤエー”のノリが大好きなライダーに影響されてしばらくすれ違うライダー全員に”ヤエー”をしたことがある。結果8割無視された。残り2割に身内ネタが通じたのだからまだ幸運と見ることもできるが、僕はこの時の精神的ダメージでツーリングがしっかり楽しめなかったために、自分からは”ヤエー”をしないことにしていた。
可哀想な奴だと罵ってくれてもいい。だけど大きく手を振っても見向きもされない辛さは分かってほしい・・・。
遠野市街を過ぎ、しばらく田舎の同じような景色が続き、途中で再度自動車道への分岐が現れる。
今度は釜石市へと続く仙人峠道路と呼ばれる自動車道で、またあの寒さと直線のつまらなさ、眠気に襲われるのかと考えるとあまり乗り気ではなかったが、時間に追われているためにこの道を通るしかなかった。
仙人峠道路は遠野までの自動車道に比べ、格段にトンネルの数が増え、更にトンネルの長さも数倍に伸びている。
その中をまともな意識の状態で走れるはずもなく、最初は独りカラオケ大会で自分を鼓舞していたが、体も盛り上がりも冷めていき黙々と走り続け、いつの間にか釜石に着いていた。
唯一思考停止しながら半目で走っていたのは覚えている。
僕は地理が得意なわけでもないし、土地勘があるわけでもないため、基本的にはナビに従ってツーリングしている。
幾つか分岐がある中で毎回案内されるルートこの仙人峠道路。僕が初めて行った時は下道が通行止めで自動車道しか通れず、その時の記憶が強く自動車道しかないとどこかで勝手に思い込んでいたが、下道である仙人峠はしっかり舗装され道幅も広いとても走りやすい道のようだった。
更に峠というだけあって、数は少ないがタイトコーナーやヘアピンカーブまで揃っている。
バイクや走り屋なら迷わず下道ルートを選ぶべきだと感じた。これから遠野から釜石方面へ行く予定のある人は是非参考にしてほしい。
お一人様バイク道 縁側紅茶 @ERG_Engawa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。お一人様バイク道の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます