お一人様バイク道
縁側紅茶
ツーリング1 前編
2度目のアラームで目が覚めた。
体を布団から無理矢理引き剥がし、スマートフォンへ手を伸ばす。
musicアプリをタッチし、へヴィメタルバンドの曲を流す。
普段はあまり聴かないジャンルだが、朝に弱い僕にとっては頭を目覚めさせるのには丁度良い。
重低音が響く中、昨日の夜のうちに準備しておいた服装に着替え、身仕度を済ませる。
荷物は玄関に置き、すぐに外へ出る。
玄関出るとすぐに、陽に当たり色が落ちた黒いシートで包まれた大きい機械がある。
僕は早速シートを引き剥がした。
するとメタリックな赤いボディで僕の顔を反射させ、細かくアクセントとして入れられた黒いラインが活き活きと輝く、僕よりも一回りくらい大きいバイクが現れた。
久々に見る愛車は頭の中にいる時よりも何倍も艶やかに見えた。
僕は愛車の周りを一回りし、艶や傷、タイヤ溝、ミラー角度等簡単に確認し、ひとまず部屋へ戻る。
少し部屋を見回し、忘れ物がないか確認する。
リビングへ行き、不安になりもう一度部屋を確認する。
何か忘れている気がするが、特に忘れているものが思い付かない。多少不安だが、こういう時はもう思い出せないからさっさと行くことにした。
玄関に用意していた荷物を背負い、ただでさえ脱ぎにくいブーツをきつく結び、ヘルメットとグローブ装着して外へ出た。
いざ走る準備が整うと、普段走らない僕みたいなのは漠然とした不安に襲われる。
けどこの不安にももう何十年も付き合って慣れている。今のところの答えとしては、取り敢えず動くしかない。
サイドスタンドを払い、重いバイクを腰で支え、狭い家の駐車スペースを抜けていく。
住宅地でバイクに乗る時は常に騒音問題と隣り合わせになる。
自宅の他の住人も決して例外ではない。
重いバイクを住宅街から少し離れた公園のような、ちょっとした空き地へ運んでいくのに最初はもの凄く苦労した。
その時は確か、馬鹿みたいに腕力だけで運んでたから、自分の方に倒れてくることもあれば、押しすぎて反対側に倒れていくこともあった。
あまりに怖かったから調べて、腰で支えることを免許取得後に知った。
空き地へ着くとすぐにスタータスイッチを押し、エンジンをかける。
セルモータがキュルと鳴き、ドコドコと小気味良い音を出してエンジンが回りだした。
最近のバイクはエンジンを始動させてもそこまで音はならない。
だからご近所への迷惑はそれほどかからないと思うけど、最近はそういう細かいことにうるさいから、注意を払っておいていいだろう。
エンジンを温めておいている間に荷物の最終チェックと、跨がった時のミラー角度、ヘルメットのロック確認。そして準備運動を少し時間をかけて行う。
3分程度で済み、ゆっくりバイクに跨がる。
クラッチを切り、ニュートラルから1速に落とす。ガチャンと一際大きく音が響く。
最初の頃はこの音が怖くて、ゆっくりシフトチェンジするようにしてたけど、1速からニュートラルに上げて空回すことが多くてやめた。
右ウィンカーを出し、前後誰も来ないことを確認してスロットルを回しながらクラッチを繋いでいく。
ドルルルルと強いトルクで、重い車体をぎゅうっと前に運んでくれる。
僕はこのバイクの低回転域のトルクの強さが大好きだ。
この強いトルクのおかげでエンストすることはほぼ無いし、シフトチェンジし忘れた時の2速や3速での発進も難しいことじゃない。
パワーバンド付近まで回転させると、ずっしりした重低音で前へ運んでくれていたエンジンが、急に声色が変わり高音で鳴き出す。
ここで2速へシフトアップさせ、スピードを上げる。
が、まだここは住宅街。標識自体はないが一時停止ポイントはいくつもある。
2速でゆっくりと巡航し、十字路では速度を落とし左右確認。左右が確認できない十字路では1速に落とししっかり一時停止。
住宅街に住んでいるライダーは行きと帰りで毎回この難所を越えることになる。
いくつかの危険地帯を越え、大通りに出る最後の十字路に差し掛かり、1速に落とし一時停止した瞬間、すごいスピードで白のバンが目の前を通りすぎた。
どちらにも一時停止標識はなく、道路幅も同じで完全な譲り合いをしなければならない道路ではこういうことがよくある。
バイクは事故を起こしたら、ドライバーへのダメージが車の比じゃないために、左右確認が難しいエリアなどでは一層注意を払わなければいけない。
十字路を過ぎ、行き交う車達の間を見計らい左折して、道路の流れに乗る。
十字路では少し心臓が縮んだが、ようやく大きな通りへ出ることができた。
久々のツーリング、そしてさっきのバンに対してのちょっとした八つ当たりを含めて、思い切りスロットルを回しパワーバンドまで回転させ、シフトアップしてもう一度スロットルを思い切り回す。
エンジンは勢いよく叫び、ドライバーからは速度も出ているように思えるが所詮3~4速のため続々と急いでいる車に抜かされていく。
5台目の車に抜かされた辺りで、別に急いでるわけじゃないし…とパワーバンド手前まで回転を落とし、トコトコと走り出す。
久々に思い切り回したスロットルは思った以上に回り、最後までは手首が回り切らなかった。
バイクも久しぶりで気持ち良さそうに叫んでいた。ような気がする。
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