第8話

 初雁は華奢なようでいて、意外にもパワーがあった。動きは遅いけど、拳の重い初雁と、パワーはそこそこだけど、俊敏で急所を的確に攻めるあなた。実力にほとんど差はなく、少しずつ互いの肌に傷が生まれていく。

「勝負あったな」

 初雁がわずかに見せた。その隙をあなたが見逃すはずがなく、あっという間に畳みかける。初雁は、その場に膝をついた。

「帰るぞ」

 あなたが初雁に背を向けたとき。突然初雁が立ち上がり、あなたに飛びついた。気配にさっと身を翻したあなたは、すぐに彼女を突き飛ばす。だけど、

「櫻ともあろうものが、最後に油断をしたわね」

 ぼろぼろの初雁はにやりと嗤う。初めて見た、彼女の人間らしい表情だった。その手は真っ赤に染まっている。見るとあなたの腹部にはナイフが刺さり、足元には血だまりができていた。

「飛び道具を使うなんて、卑怯だよ」

「馬鹿ね、喧嘩は勝ってなんぼよ。拳で闘うなんて時代錯誤もいいところ。まあ、完璧に勝てたわけではないけど」

 初雁は楽しそうにあなたを見る。

「ねえ、櫻。あたしが他に手を打ってないとでも思う? 今頃貴女のチームは殲滅されているわよ。貴女なら、それぐらい考えられると思っていたけど。お気に入りを持つと変わるものね」

 ただでさえ色が悪いあなたの顔が、さっと変わる。今度こそ初雁に背を向けると、黄金梅の本拠地を出る。

「櫻さん、駄目だよ。怪我しているのに、まだ闘うつもり?」

 慌ててあなたを止める。あなたは、顔を痛みに歪めながらも、首を横に振った。

「駄目だ。わたしには、守るべきものがある」

 そしてまた、体を引きずるようにして歩き出した。あなたは見たこともないほど気迫に満ちていた。一度受け入れると決めた仲間は、何が何でも助ける。その信念だけが、あなたを突き動かしていた。

「私も行く!」

 あなたの体に腕を回した。

「お前は逃げろ。ここで、引き返すんだ」

「私は、櫻さんのそばであなたを見守ると決めたの。櫻さんが行くというのなら、私も行くよ」

 お前は言うことを聞かない奴だったな。あなたは諦めたように笑った。初めて見る、屈託のない笑顔だった。


 あなたは最後まで仲間のために闘った。享年一九。桜の如く、短くも壮大な人生だった。


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