第5話
「ここでのお前の名は、“紅枝垂”だ」
あなたは私に名前をくれた。
甦命美埜では、“櫻”がメンバーに名前を付ける。それも、桜の名前を。紅枝垂は、四月上旬から下旬にかけて咲く桜で、エドヒガンのしだれ桜の中でも、濃い紅紫色をしている。私の背に浮かぶ、しだれたような竹の棒の痕から来たようだ。見るに堪えないミミズ腫れも、あなたの手にかかれば母と初めて闘った勲章へと変わる。
初対面の人には孤高で冷たい人に見られがちなあなただけど、一度懐に入れた者は最後まで面倒を見る、そんな人だった。
「その後、妹の具合はどうだ」
「ラーメン、美味かった」
一言程度だったけれど、声をかけられると皆顔を輝かせた。
「はい、姐さんがくれたオレンジジュースのおかげで、すっかりよくなりました……!」
「それはよかった」
「姐さん、バイト先まで来てくれたんスか! うちのとんこつラーメンに、苺のショートケーキ載せて食べてみてください! おすすめッス!」
「いや……遠慮しておく」
ただ黙って座っているようで、周りをしっかり見ており、どんな些細なことでも覚えていて、常に気配りができる人だった。そして、誰よりも強かった。
ある日、伝令が息を切らしながら飛び込んできた。右手には紅色の髪が握られている。
「姐さん! 紅華が、黄金梅の奴らに連れ去られました!」
「なんだって!」
あなたが何か言う前に、燃えるような深紅が波打つ。副長の寒緋さんだ。今時、特攻服に豊かな体を押し込んだ彼女は、普段から喜怒哀楽を面に出す人ではあるが、今宵はさらにそれが顕著だった。当たり前だ。寒緋さんは紅華さんを一番可愛がっている。
「黄金梅の奴ら、ぶっ潰してやる!」
快活で明るい寒緋さんはそこにはおらず。今にもその場を飛び出していきそうなほど、息巻いている。誰も止められないかのように思えた。
「待て、寒緋」
止めたのは紛れもない、あなただった。
「どうして止めるんですか!」
「頭を冷やせ。今の状態のお前が黄金梅に突撃したところで、返り討ちに遭うだけだ」
「でも……!」
「紅華は、必ず連れて帰る」
あなたの真っ直ぐな瞳に射抜かれ、寒緋さんは息を呑む。殺伐とした空気は、急速に静まっていった。冷静さを取り戻した寒緋さんは、あなたに向き直ると、
「どうか、紅華をよろしくお願いします」
深々と頭を下げた。
囚われた紅華さんを助けに向かうのは、あなたと、親衛隊長の支那美さん、特攻隊長の冬さん、遊撃隊長の花笠さんとそれぞれの副隊長といった精鋭部隊。それから……。
「なぜお前まで付いてきた」
「言ったでしょ、あなたの生き様を見たいって」
あなたは苛立たしげに私を睨み付けていたけれど、やがて。
「自分の身は自分で守れ。どうなってもわたしは知らん」
ついと目を背けた。押しかけ女房よろしく、チームに居ついた私の強情さを思い出したのだろう。長い溜息をつくと、しぶしぶ私の同行を許したのだった。
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