第4話
あなたの本当の名を知る人はいない。“櫻”というのは、代々、甦命美埜というレディースの総長に引き継がれる通り名で、あなたはその一五代目だった。
勿論、今までmidnight streetに足を運んだことのない私が知るはずもなく、会う人会う人に“櫻”の居場所を聞いて回った結果、知り得た情報だった。甦命美埜の総長を探し回っている妙な女の噂はすぐに広まり、何度か危ない目に遭いかけたが、その度にあなたは助けてくれた。
「何度言えば分かる。ここは、お前のような奴が居ていい場所じゃない。帰れ」
いつも開口一番にそう怒鳴られるのだけれど。
「心配する親がいるだろう」
そう言われ、私は首を横に振る。
あの後私は、あなたの言うとおりに一度家に帰った。さすがにもう包丁はなかったけれど、母は私の首根を引っ張り、問答無用で居間に連れて行くと、手にした竹の棒で何度も何度も私の背を打ち据えた。
「今すぐ土下座しな、謝罪の意を示せ!」
私は母からの要求を突っぱねた。
「もうお母さんの言うことは聞かない」
このとき初めて母の目を真正面から見た。内心ではすごく恐ろしかったけれど、それでも目は離さなかった。
母は、知らない人間を見るような目で、しばらく私を見ていたけれど、すっと目を逸らすと何事もなかったように立ち上がる。
それから母とは口を一切聞いていない。食事も父とのふたり分しか用意しなくなり、家に置いてあった私の物は全部庭に捨てられた。
最初からあの家には私はいなかった。そうすることに決めたようだ。
「だからね、櫻さん。私にはもう帰る家はないんだ。それよりももっとあなたのことを知りたい。この夜の町で、あなたがどんな風に生きるのか、この目で見たい」
そう言うと、あなたの目は微かに揺れた。そして、
「……付いてこい」
振り返ることなくmidnight street歩き出す。連れられて来たのは、甦命美埜の本拠地だった。トタンが剥がれかけ、壁もぼろぼろな廃屋。でも、目の前にそびえたつ大きな大木が、安心感を与えてくれた。
「春になれば、ソメイヨシノが満開に咲く」
あなたが大木を見上げ、微笑を浮かべる。そうか、甦命美埜のトレードマークであるソメイヨシノが、このチームを見守っているのか。
「わたしは未だ、お前にこの場所が合うとは思えない。だが、お前がここを棲み家とするのなら、わたしもまた、お前がどのように生きるのか、見届けてやる」
そのとき、廃屋の内側からバンと、建てつけの悪い扉が開いた。
「姐さん、お帰り」
赤髪の顔の造りが濃い美人と、腰元まである黒髪が印象的な古風美人が姿を現す。私はあなたに促され、そっと中へと入った。おびただしい数の美人が思い思いに過ごしていた。
「ようこそ、甦命美埜へ」
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