第3話
足をもつらせそうになりながらも、あなたに付いていく。木々やネオンの光、すれ違う人々は、あっという間に後ろへと見えなくなっていった。
やっと足を止めた時、私たちは見覚えのある住宅街に立っていた。そこでようやく街灯に照らされたあなたの面を見る。飾ってはいないけれど、確かにあなたは夜に生きる人だった。ショートの濡れたように艶やかな黒髪は、無造作なようで綺麗に手入れされており、不健康に見えるほど透き通った雪肌がよく映えていた。すべての顔のパーツが小さく、意志の強そうな黒い瞳と何も塗っていない深紅の唇は、相対する人を魅了する。その中でも私は、華奢な細腕からちらと見えたものから目を離せなくなった。
「桜……」
あなたはさっとTシャツの袖を引き延ばし、白い肌の上で咲き誇る桜の花を隠した。それから不機嫌そうに言う。
「あとは真っ直ぐ家に帰れ」
あなたは私の右手を放すと、その場から立ち去ろうとした。一瞬前まで繋がれていた手に冷気が触れる。私はすぐにまたその手を掴んだ。
「あのっ、助けてくれてありがとう!」
「あそこはお前のような人間が来るところじゃない。分かったら家で勉強でもしてろ」
あなたは素っ気なくそう言うと、私の手を振り払って颯爽と歩きだす。
「名前をっ! あなたのお名前を教えて!」
あなたは束の間足を止める。そして顔だけ振り返ると、唇の端を上げた。
「人は、“櫻”と呼ぶ。」
私は、あなたの背中が見えなくなってもなお、放心したままその場から動けなかった。夏の終わりに誇り高く咲く桜は、強く私の心に根付いたのだった。
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