第1話

 私は、これまで一度も二〇時以降出歩いたことがない。例えば、夏祭りに友だちと一緒に行っても、花火が打ち上がる頃には家に着いていないといけない。そもそも中学まで夏祭りに行くことすら赦されなかった。平日の門限は一七時半だったから、学校帰りに寄り道をするのも駄目。一分でも家に着くのが送れたら、上がりかまちに仁王立ちした母による「学校から家までどんだけ距離があるの?」といった、嫌味のオンパレードが待っている。宿題は夕食までに済ませ、その後はまた違う勉強。

 そんな私は、世間的には「良い子」にカテゴライズされるであろう。他の家の親御さんからは常に褒められ、私を褒めては「あんたも見習いなさいよ」と我が子を軽く小突く。

 どんなに模範的であろうと、どんなに完璧にやってみせようと、母から認められることはない。むしろ要求はエスカレートしていく一方だった。

 なんの娯楽も息抜きもない家にずっといるといつか爆発する。それがたまたまその日だったのだ。

 その日も居間に正座して、母の「御言葉」を聞いていた。その中の「どうしてあんたはいつもいつもいつも私を困らせるの? 嫌がらせ?」という言葉が、私の中の何かを壊した。

「私はお母さんを困らせたことなんてない!」

 気づいたら立ち上がって、そう叫んでいた。

 いつもなら、もっとくどい言葉だって聞き流せるのに。ハッとして母を見たけど、時既に遅し。見たこともないほど顔を恐ろしいまでに歪めていた。

「親に議を言うな!」

 母はソファーから立ち上がると、何故か台所へと向かった。

「…?」

 訝しげにその様子を見ていたけど、戻ってきた母の右手に光るものを見て、さあっと血の気が引いていくのが分かった。

「親に議を言う子どもはうちには要らん!」

 駄目だ、完全に頭に血が上っている。私は身を翻すと、玄関へと向かった。

 ドアを閉めたとき、最後に目に映ったのは、包丁を振り上げる母の姿だった。

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