第12話 (2) 梅の残り香

今年の夏は、暑い。いつもは、涼し気な顔で店番をしている紫竹も大汗をかいて仕事をしている。店の商品を納めている内倉は、温度変化に弱い物もあるので、温度湿度にこだわって最新機器で管理しているが、店の方は来客も少ない事もあって、年代物のエアコンを使用している。その中で紫竹は、文句も言わずに働いている。そんなある日、地方回りから帰ってきた白鶴が、紫竹に言った。

「よし、三蔵院に行く。涼みに行くぞ」

「えっ、あぁ・・・」

「なんや、ああって」

「あれの時期でしたか」

「その言い方・・・まぁ、ええけど。克子ちゃんが浴衣を用意してくれてるから早うそれに着替えや」

克子は、店の裏手の家に住む年齢不詳の婆さんで、食事の用意や白鶴の着物の手入れを手伝ってもらっている。やたら面倒見が良いのかどうか、用も無いのに住居にしている部屋の方によく顔をだす。それが、夏場に出掛けるなら浴衣がいいでしょうと夏の初めに用意してくれた。

それに着替えて出掛ける先は、恒例の三蔵院の百物語の席。



三蔵院との付き合いは、五年ほど前になる。馴染みの僧の天正から頼み事をされたことから始まる。

「知り合いの寺に、盂蘭盆の百物語の余興の手伝いを毎年、頼まれているのだが、どうも腰の調子が悪くてな・・・白よ、代わりに行ってくれんか」

白鶴は、昔からこの手の仕事が嫌いであった。力もない素人みたいなもんが、あの者達を親し気に呼び、思い通りにしようとする。出来る訳もないのに。

挙句に、どうにもならずに、被害者面で頼ってくる・・・白鶴は、決して人助けをしている訳ではない。自分自身の生業として、そこで生きることしか出来なかったからにすぎない。あの者達に対しても別段必要がなければこちらから係りたいと思わない。そんな気持ちから、日頃から何かと世話になっている天正からの頼みではあったが、引き受ける気にはなれなかった。

「お住さん、すいませんが、その話は・・・」

「いや、白が直ぐに引き受けてくれるとは思ってはない。ただな、・・・いや、断るにしても一度、栄達に会ってくれんか。・・・それで、ないならそれで構わん。義理とか恩とか考えなくて、良いから断ってくれ」

「・・・はい」

あの古狸にはかなわんな、直接断るしかないかと思った。

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