第10話

一部始終が終わったと思い。改めて周囲を見ると、古道具を並べている店先に時代を経てあめ色に光る柘植の櫛が目に入った。すっと手を伸ばすと、店の親父が

ニタニタ笑いながら声をかけてきた。

「お兄さん、いいもんに目を付けたね」

「あぁ、これ・・・」

顔を上げると、親父の顔が先程殺された男の顔に変わっている。男は、声を荒げて話し出した。

「好きな女の為に禁を犯した・・・何が悪い」

「・・・まだ、話したりんか」

男は、そうだと言わんばかりに話を続けた。

「この辺りは、柘植の木がようなる土地・・・柘植は、ええ。櫛やら細工物を作るのに何よりの物や。誰のものでもない。山の物や・・・それを盗んだと言いよる」

男の目が虚ろに揺れた。

「そうか。何でそんな事をしたんや」

「女に騙された、先を誓った女に・・・女は、庄屋に見初められて、俺と別れたいと言いよった。別れてくれと・・・いくら言っても聞いてやらんかった。そしたら女は、俺に・・・別れとうないなら、真を見せろと・・・柘植の材を盗みだし、櫛を作ってくれと・・・もともと手先は、器用やった。昔から色んな細工物を作ってやった」

男が、何かを懐かしむような顔をする。

「それからどうしたんや」

「あとは・・・女に、櫛を渡すと、そのまま追われて・・・」

男は、身を捩り大声で泣き出した。顔は赤みを帯び涙を溜めた瞳は爛々と光り出す。額は醜く膨れ上がってゆく。

「祟ってやった・・・一家の者をなぶり殺し、子を殺し、流行り病、大火事、みな不幸になればええ」

「そうか」

男は、くわっと白鶴を睨むと

「何で、ここに来た。俺に何をするつもりじゃ」

「何もないわ。が、聞いたからには、このままにはしておけんか」

白鶴は、懐から赤い袱紗を取り出すと、柘植の櫛にふわりと掛けた。次の瞬間店の親父は、元に戻り何事もなかったように

「お客さん、そんな事したら困ります。他のお客さんに見てもらえん」

「すんません。あんまり見事で気に入ってしもうた。売って貰えますか」

「・・・そうですか。そんなに気に入ってもらったらお譲りします。・・・五万で、どうですか。これは江戸時代のもので、この菊の細工が綺麗でしょ。欲しいって言うお客さんが、他にもね・・・」

「言い値でよろしい。五万で、お譲り下さい」

この商売は、足元を見られたらおしまいや。新品の高級品でも二、三万がええとこやのに、また紫竹に叱られるなと思いながら支払いを済ませ、袱紗でそのまま包み込む。まいど、まいどと挨拶する親父にむかって

「知ってか知らんてか、ようわからんが・・・この仕事、仕入れには十分気を付けた方がええで」

捨て台詞の一言を残してあとにした。

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