第8話
「紫竹、多分そいつのポケットに櫛が入ってるはずやから持って来てくれるか。櫛、櫛て言うとる」
紫竹は、宮田のそばに寄るとカタカタと体を振るわす男の耳元で
「少し体に触れますよ」
そう言いながら、ポケットをまさぐった。指に固い物があたる。取り出して、見ると、それは見事な細工彫りの櫛であった。もう一度、優しく肩に触れて
ぽんと宮田の身体を離すと、宮田はそのまま眠るように横になった。
紫竹は白鶴に櫛を届けると、また大人しく後ろに控えた。
そして白鶴は、受け取ったそれを作治の目の前に翳した。
「お前の作った櫛は、ここにあるで。見事な細工やな、綺麗やで・・・」
話しかけるが、作治は何の反応も示さない。そのまま作治の懐にしまうが、作治の様子はやはり何も変わらない。濁った瞳はそのままだった。白鶴は大きく息をはくと、静かに印を結び呼びかける。
「我、求め訴えたり。我が右腕に訴えたり。黄泉比良坂を超え黄泉より来たれ」
白鶴の声に反応するように胸の篭目が歪むと、縮んだ猿の手のような物がぬんずと出て来た。すると何処からか響く声
「黄泉よりまかり越したが、何ぞ御用か」
「こ奴を連れって行ってくれるか」
「承知・・・」
猿の手は、一気にかさを増して赤い戒めを受けて動けずにいる作治を一掴みにすると、何事もないようにそのまま白鶴の胸の奥へと作治ともども消えて行った。
「居士の右腕・・・」
紫竹がポツリと呟いた。白鶴は、表情も変えずにその場に立っていたが、ゆっくり紫竹の方に振り返った時は、いつものようにニッコリ笑って
「紫竹、帰ろうか」
「そうですね」
紫竹が辺りを見回すと、ぼんやりしていた霧は晴れ、屋上の上には西に傾きかけたお日様があった。下からは街の喧騒も上がってくる。紫竹は、座り込んで動かないユミの方に近づいた。ユミの膝には、紫竹が投げた手袋が乗っている。すっとそれを拾い上げると、ユミの耳もとで
「バイトの時間です。行った方がいいですよ」
ユミの身体がビクリと動いて、人形のようにフラフラと立ち上がると一人でその場を去って行った。横になったままの宮田をどうしたものかと思って、白鶴の方を振り向くと、白鶴は千切れ千切れにになった赤い袱紗を懐にしまっていた。
「師匠、この男はどうします」
「・・・梶やんに渡して、早よ帰ろ。腹が減ったしな、旨いもん食いたい」
「そうですね。僕もお腹がへりました」
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