第7話

屋上に通じる扉は、人の力とは思えぬものでこじ開けられていた。そこを通って踏み出そうとするのだが、薄い膜が邪魔をして、中に入れないばかりか様子もはっきりと見えない。一歩下がって九字をきろうとしたその時、すっと何かが飛んで来て目の前にぽっかりと穴が開いた。二人は、素早くそこから中に入った。

あたりは、ぼんやりしていたがその中央で人と丹頂が闘っているのが、はっきりとわかった。しかしその闘いもすぐに決着がつく。丹頂の細い首に男の持つ山刀がめり込むと丹頂は、最期に一啼き長く鳴いて、その場から掻き消えた。男はこちらに気が付く様子もなく、目の前に倒れる女に向かっていまにも切りかかろうとしている。それを目にした紫竹は右手の手袋を脱ぐと、女に目掛けて投げつけた。女の手前で手袋は、揺れて白い膜となり女をそのまま包み込む。今まさに切りかからんとしていた男には、目の前の女が突然消えたように見えたのか、その事に狼狽し辺りを目で追う。が何処にも見えない。そしてその時やっと男は、二人の見知らぬ男達に気が付いた。

「師匠、宮田と言う男ではありません」

「あぁ、今はちゃうかもしれんな。紫竹、ようやった。ここからは、俺の仕事や。そっちで、よう見とき」

紫竹は、素直に一歩後ろに下がって白鶴と距離をとる。紫竹にとって白鶴と言う男は絶対の存在。服従と自己犠牲、紫竹が白鶴にたいする気持ち、どちらも白鶴が望むものではない事は知っている。それでも、いつもその気概でそばにいる。そうして、後ろでじっと白鶴を見つめた。

白鶴と向かいあった男は、怪訝そうな顔で尋ねてきた。

「お前は・・・誰だ。まだ、庄屋の家の者が残っていたか。皆、殺ったと思っていたが・・・お前がハルを逃がしたな」

男が口をきくと、ぼんやりしていた周囲の様子がはっきりとしてきた。屋上は古い日本の家屋に変わり。大きな和室の床には、そこら中に血だまりや骸が横たわっている。男は、白鶴との間合いを詰めて今にも切りかかろうとしながら

大きな声で喚いている。

「誰だ。どうして、返事をせん。誰かと聞いとる。返事をせい」

白鶴は、それには答えず静かに聞き返した。

「そ言うあんたは、何ものや。名を言うてみ」

いきなりの問いかけに、男は狼狽し、何かを思い出すように答えた。

「わしは、わしの名は・・・作・・・作治じゃ」

それを聞いた白鶴が、一言呼ぶ。

「作治」

「なんじゃ」

作治が応えると、その体は固く硬直し動くことが出来なくなった。その様子を見て白鶴は、鷹揚に着物の前をはだけた。そこには隆々とした胸に刻まれた紅い篭目があった。そして、ゆっくり胸の前で印を結び大きな声で、一言叫ぶ。

「縛」

白鶴の胸の篭目が光ると、索状が作治めがけて投げられた。作治の体は一瞬にして、紅い麻縄で締め上げられる。間髪いれずに白鶴の次の言葉が飛ぶ。

「裂」

次に作治の身体が大きく揺れて、身体は二つに割れた。こっぷりと吐き出されたように宮田の身体が足元に崩れ落ちると、作治は抗う事もなく膝をついた。

もはやその目は虚ろに濁って光をうしなっているが、ぶつぶつと小さな声で何かを唱えている。白鶴は、膝を折り作治の側に身を寄せて、その声を聞いた。

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