第6話
撮影所から少し行った所は、湾岸の再開発地区で最近流行りの店舗が増えてきている。その中の商業複合ビルに入っているカフェ、小山ユミが遅番の出勤時間に合わせてスタフ用の裏口から入ろうとした時、いきなり手首をつかまれた。
「キャッ・・・」
小さな悲鳴をあげて、その手を振り払って振り返ると、この春からずっとつきまとってきている客の一人がいた。名前も覚えていない・・・東都テレビの人。ちょっと欲しい物を口に出しただけで、色々持って来たから喜んでもらってあげたけど・・・付き合った気になってて・・・こないだ、勘違いしないでくださいって、ちゃんと断ったのに・・・
「お客様、困ります」
少しきつい口調で断っても何の反応もなく睨んだままだ。気味が悪くて店の中に入ろうとすると、口を塞がれて気をうしなった。
ユミは、気が付くとビルの屋上にいた。そして目の前の男を見て、驚いた。
気を失う前に見た男とは似ても似つかぬ男が、何か大声で話している。見ているだけで、怒っているのが分かる。それだけでも怖いのに、男は手に持っていた刃物で切り掛かかってきた。声も出せず殺されると思った瞬間、その間に一羽の大きな鳥が割って入った。大きな鳥は、吉兆を呼ぶと言う丹頂鶴、それが羽を広げて威嚇する。男も一瞬ひるんだが、身構えなおして対峙した。距離を取りながら男が攻撃を仕掛けると、丹頂は嘴でそれを受け流し、男の頭を狙って攻撃する。丹頂の嘴が何度も男の目や喉をかすめ、その細くしなやかで強靭な足が男の体を蹴散らそうと宙を掻く。互いに引くことは考えない。どちらが相手の命を取るか攻防が続くなか、ほんの一瞬、丹頂が羽根を飛ばした。男は、その隙を逃さずに、丹頂の細い首を目掛けて一撃を放った。丹頂の絶鳴が響くなか、ユミは恐怖に再度、意識を手放した。
洒落た店が並ぶ街を黒ずくめの二人が、足早に通り過ぎて行く。ただでさえ人目をひく程美しい紫竹と美丈夫で艶のある白髪を一つに纏めた和装の白鶴が並んで歩く姿が、道行く人の目を引かないわけがない。すれ違う際に振り向く者や遠くで撮影のカメラを探す者、ざわざわとする者達を追い抜くように目的のビルに向かう。目当ての店の前まで行くと、紫竹が一人店の中に入っていった。
紫竹は、自分の容姿の使いどころをよく心得ていた。普段は無表情で何を考えているかわからぬ顔が、綺麗なだけに恐ろしいと言われるのだが、ちょっと優し気にしたり、愁いを含んだようにしただけで、どんな女も男までもが、自分の思い通りに動いてくれる事を白鶴と仕事をするようになって覚えた。それと白鶴だけは、そんな事とは関係なしに自分に接してくれる。そして、白鶴を好いている者が女も男も山ほどいて、白鶴が自分よりもずっと上手に相手を動かせる事も紫竹にはよく分かっている事だった。紫竹は、道具屋の店先では見せた事のないような柔らかい表情で店の女の子にユミの事を訊いてみる。今日のシフトに入っていて、もう入店していてもおかしくないのにまだ姿を見ないと言われて、嫌な予感がする。店を出て白鶴にそれを告げようとすると、その先に
「紫竹、行くで」
と言われビルの上を指さされた。自分もつられて上をみるとそこは、霊障に覆われ、すでに異界となっているのかぼんやりとしか見えない。そして道行く人達は、それに気付く事はない。二人で、急いで上を目指した。
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