第3話 深夜の来訪者

 深夜、眠りの浅かったフィオンは妙な音に気付いて目を覚まし、まだ瞼の重い目をこすりながらベッドの上で体をもたげる。

 カーテンの閉まった窓からは何か、不審な物音が彼の耳へと届いていた。森からの自然の音でも動物がイタズラをしている音とも、どこか違う不穏な気配が夜の清涼な空気に混じる。

 狩人はもぞもぞとベッドから這い出、月明かりを遮っているカーテンの隙間から、ゆっくりと外を覗き見た。


「マジかよ……。ったく、ウチに盗るもんざねえってのに……勘弁しろよ」


 ドアの近くに一人、その少し後ろに二人の男が、薄い月明かりの下にいた。

 男達は闇に溶け込む真っ黒の装束を頭から被り、フードからは人相の悪い神妙な面持ちを、手には鉈や短剣といった物騒な得物を覗かせている。

 招かれざる客である夜盗の襲来。フィオンがレクサムに来てから初めての事であり、近辺でもこういった騒ぎが有ったと聞いた事は無い。


 初めての事ではあるがフィオンは焦りよりも呆れの方が頭を占めていた。彼の家に金目の物は本当に存在せず、せいぜいが型落ちの魔操具と食品類、僅かな銅貨程度しか無い。

 町からぽつりと外れ一軒だけで建っているのは襲うのには好都合だろうが、肝心の中身についても吟味して欲しいと頭を振る。


「……ったく、呆れてても埒が開かねえ。今は、装備を……」


 呆れながらにフィオンは薄暗い室内で諸々の準備を行う。狩りの時と同様に装備を身に付けながら、どう対処すべきかと頭を巡らせる。

 不意を突いたとしても相手は三人。武器や装備等の詳しい情報、相手の力量等も全く解らず正面からやり合うのは余りにも無謀。

 位置的にも窓からこっそりと逃げ出す事は出来ず、一先ずは室内に隠れて状況を窺おうと腹を決める。

 ドアから右手側、土間の暗がり。金目の物とは最も縁の無い場所に身を隠す。


 暗がりに身を潜めてから数秒もしない内に、古びた鍵穴から重い金属音が辺りに響く。次いでゆっくりと、僅かに木々が擦れる音と共にドアが押し開かれる。

 忍び足で入って来るのは三人組の男達。背の低い小太りの男、中肉中背の男、そして最後に、2メートル近い大男が入って来た。

 大男は押し殺した低い声で、他の二人へと指示を飛ばす。


「トート、向こうを漁れ。ベドルはドアを張っとけ。さっさと済ませるぞ」


 言われた通りに、背の低い男は右手側の土間の方へ、中背の男は開けられたままのドア横で壁にもたれた。指示を出した大男自身は左手側のベッドへと、大鉈を構えて忍び寄っていく。

 土間に身を潜めたフィオンは気配を押し殺し、首筋に嫌な汗が伝わるのを感じながら、ただ只管に息を押し殺す。


「……ったく、いねえじゃねえか。警戒して損したぜ。さっさと取るもん取ってずらかるぞ」


 ベッドが無人な事に気付いた大柄の男は、乱雑にそこらの物をひっくり返す。

 だが出てくる物は矢の素材の鏃や鳥の羽、フィオンが気紛れに買った雑多な本の類であり、夜盗達が求める金目の物は見当たらなかった。

 それらを見て舌打ちを鳴らすと共に、大男は更に家の奥へと踏み入って行く。


 大柄な男の声を聞いて他の二人も警戒を和らげる。

 土間に近付いて来ていたトートは、金目の物が土間にある訳もないと考え、さっさと通り過ぎて奥へと向かう。

 フィオンが小さく安堵の息を吐きかけた所で、ドア横にもたれているベドルが魔操具の水晶に気付いて声を出した。


「ブラヒムの旦那、誰もいねえってんなら灯りを点けますかい? こいつは多分……」


 照明の水晶玉へ手を伸ばす男に、フィオンは暗がりの中で静かに弓矢を構えた。

 灯りを点けられればフィオンは間違いなく発見されてしまう。ならば先に一人を仕留めるべきかと、焦りと思考が錯綜する。


 どうせ見つかるなら先に仕掛けるべきか? 

 ではその後、残った二人にはどう対応する?

 生唾を飲みながらフィオンは男の首筋に狙いを定め、水晶へ伸びる手を見ながら、焦燥を押し殺し矢を引く右腕に神経を集中させる。

 だが、矢が放たれる前に――再びガラの悪い声が辺りに響いた。


「止めとけ。夜中に灯りが点いてりゃ嫌でも目立つだろうが。家主が近くにいたなら怪しまれちまう。……カーテンにも触るな、閉まってる方が都合が良い。大人しく待っとけ」


 大柄の男ブラヒムに制止され、ベドルは水晶玉へ伸ばした手を引っ込め腕を組み直した。

 それを見てフィオンも弓矢を下げ、安堵の息を漏らす。

 一人仕留めたとしてもまだ二人がいる上に、巨躯の男とはまともにやっても分が悪く見える。どうせ取られて困る物も無い以上、出来得る事ならこのまま夜盗共が去るまでやり過ごしたい。


 しかし考えとは裏腹に、フィオンの目はとある事に気付いてギョッと見開く。

 再び暇そうにドア横にもたれかかった男が、明らかにこちらを見て眉間に皺を寄せ、何かに気付いている。


「……おいトート、お前ちゃんと土間を調べたか? 犬でもいんのか……?」


 ベドルは片手斧を手に、気怠げにフィオンへと近づいて来る。

 声を掛けられたトートは生返事で答えながら、魔操具の食品庫の中を物色し肉類をバッグへと放り込んでいる。


 フィオンは狼の皮を自身でなめし作った、灰褐色の革鎧を身に付けている。

 あくまで革でありそこまでの防御は期待できないが、保温性や重量、動きを阻害しないという点では優れており、狩りの際にはいつも彼を守る存在となっていた。

 しかし今はその革鎧の一端が暗がりからはみ出て、それを目端に捉えた夜盗のベドルは疑念と共に、フィオンへと歩み寄る。


 一歩一歩迫ってくる夜盗に、フィオンは暗がりの中から再び鏃を向ける。

 これ以上潜む事は無理だと現実を直視し、狩りの時と同じ感覚、余計な感情は遮断し獲物に狙いを定める。

 だがその心持ちだけは『苦しませずに仕留る』とはかけ離れ、この窮地を脱すべき知識が頭の奥から紐解かれる。

 士官学校に入るべくして身に付けられた知識は、忌々しい記憶と共に彼の奥底に消えずに残っている。


 開け放たれたドアを夜風が通り過ぎ、春になったばかりのまだ少し肌寒い空気が中へと滑り込む。

 月光を遮っていたカーテンが揺れ、室内に広がる月明かりは暗がりを暴きだす。

 静かに殺気を研いでいた狩人が照らし出され、その鋭い切っ先と強い意思の宿る瞳は、真っ直ぐに夜盗へと向いていた。


 ベドルは自身に矢を向ける狩人に間近で気付き、息を詰まらせながら短い悲鳴を上げその場でたじろぐ。

 動じる事無く、フィオンは冷静に矢を放ち、矢はベドルの右肩へと吸い込まれる様に入っていった。

 土間に落ちる斧の鈍い音と激痛を訴える耳障りな叫び、月明かりに映える赤色が室内に撒き散らされる。


「ベドル!? てめえよっくも……!?」


 叫び声に反応し、ブラヒムが血相を変えて部屋の奥からフィオンへと向き直る。

 フィオンはそれに構わず、激痛に苦しむ男の脇をすり抜け、開けられたままのドアから外へと走り去った。

 ブラヒムは目を丸くしているトートに怒鳴り散らしながら、逃げたフィオンを追うべく急いで外へと向かう。


「トート、そいつをどうにかしろ! お前もすぐに加勢に来い!!」


 手負いとなったベドルの対応にトートは割かれ、フィオンを追うのはブラヒム一人となった。追っ手を減らすべく敢えて仕留めなかったフィオンの策は功を奏したが、初めて人間を射た経験と感覚は、燻る様な何かを残す。


 外に飛び出たブラヒムは、町へと続く森にフィオンが逃げ込むのをはっきりと視認する。

 フィオンにとっては長年親しんできた森、逃げ切る勝算は充分に有る。万全の状態のフィオンとブラヒムではフィオンの方に、速さでは分があった。


「森に入れりゃこっちのもんだ。後はこのまま町に……ウッ……ぁ、ア゛!?」


 だがすぐにフィオンは不快感と、腹の奥からせり上がってくる吐き気を覚え足元がふらつく。

 眠りが浅かった事で夜盗達の襲来に気付く事はできたが、その原因となった深酒はまだ抜け切っていない事に、彼自身もようやく身を以って気付いた。


 堪らずに速度を落とすが今は命の瀬戸際。肩を木にぶつけ藪に足を取られながら、腹をせり上がってくる物を何とか抑え、フィオンは必死に町へと駆ける。

 そして、それに追いつけないほど追っ手は甘くない。

 逃げる獲物が万全でない事に気付いたブラヒムは静かにフィオンの背後へと距離を詰め、無防備な背中へ大鉈を振りかぶる。


「舐め、っんなよ……ちっくしょうがあ!!」


 吐き気を堪えながら、フィオンは何とか死角からの攻撃に対応する。

 飛び退き振り向きながら剣を振るい、背後へと迫る大鉈は打ち払われた。殆ど破れかぶれの対応ではあったが、結果として防がれたブラヒムは警戒を強める。


「なんだ、やれんじゃねえか。てっきりフラフラの雑魚と思ったが、ふーむ……」

「しつけーっての。盗人らしく盗るもん盗ってさっさと消えろ!」


 ブラヒムは距離を取ったまま、大鉈を肩に乗せフィオンに向き直る。

 フィオンも逃げるのは観念し、弓矢を傍の木に立てかけてから剣を構え直す。

 体格的に不利な相手であり弓矢の一撃には頼りたいが、躱されては一気に窮地に陥りかねない。そんな一か八かに打って出る事は出来ず、接近戦をするのであれば、今は弓矢は手放しておく方が良い。


「そうしたいのは山々だが、お前さん町へと報せに走るだろう? そいつは頂けねえ――ってなあ!」


 語気を強めると共に、ブラヒムは一息に距離を詰めながら大鉈を振るう。派手なモーションと真っ直ぐな一撃ではあるが、今のフィオンには余裕をもって躱す事は難しい。

 片刃の剣を斜めにして受け流すが、2メートル近い大男の大上段からの一撃は、全身に衝撃を走らせる。


「っぐ、っぉ!? なっめんなあ――!」


 強い衝撃を歯噛みして堪え、フィオンはブラヒムへと返しの刃を振るう。不十分な体勢での反撃だが、受けてばかりでは勝負にならない。ましてや今の体調と体格の不利では、そう何度も受けてはいられない。

 刃は黒い装束の上から巨躯の脇腹を捉える。だが手応えは妙なものであり、ブラヒムは一切苦しんでもいない。


 ブラヒムは手を緩めずに、受け流された半身のままで肩口からの体当たりを繰り出した。堪らずに突き飛ばされ、フィオンは地面へと投げ出される。


「大人しくしやがれ。そう心配すんな……別に殺しまではしねえよ」


 ブラヒムの黒い装束は幾らか裂け、奥からは黒光りを放つ金属板が覗き見える。

 口元には薄く笑みを浮かべ、倒れたフィオンに握手を差し出してきた。

 フィオンは装束の奥の鎧を忌々しげに睨みつけ、それを吐き捨てる。


「アホ言ってんじゃねえ。ならしょっぱなの奇襲は何だ? 今更何言ってやがる」

「ぁ゛ー……面倒くせえ。止めだ止めだ、もう黙ってろ」


 ブラヒムは溜め息を吐き、まだ立ち上がれていないフィオンへ容赦無く大鉈を振り下ろす。

 だが予想をしていたフィオンの対応はそれに間に合う。

 全身で跳ねる様に跳び退き、一旦距離を置いて呼吸を立て直そうと構え直すが、大男は休む暇を与えず、ズカズカと距離を詰めながら縦横に得物を振り回す。


「っが!? っぢぃ゙……むっ――っちゃくちゃ……っな゙あ!?」


 フィオンは何とかそれらを受け流し、寸での所で避け、迫る大男に圧されながら後退していく。隙を見ては何とか反撃を返すが、鎧や手甲に阻まれて有効打にはならない。

 膂力と体格に負けるフィオンは一撃を受ける度に体勢を崩し、衝撃の走る腕には痺れが広がる。万全であったとしても手強い相手に、今の体調は余りにも苦しい。

 遂に太い幹に背後を絶たれ、満身創痍に苦しげな息を吐く。


「っちっくしょ……何か、このデカブツに……打つ手は……!?」


 動きの止まったフィオンへと、ブラヒムは渾身の一撃を見舞う。

 避け難いが受け易い、肩口を斜めに狙う重撃。どう受けられようともそのまま力で押し勝ち、止めまでを強引に手繰り寄せる泥臭くとも現実的な一手。

 今のフィオンの状況ではまともに受ければ致命傷となり、防御をしても薙ぎ倒される。その後は圧倒的不利な状況となり、大男は手順を違えず、この場での始末を終えるだろう。


 しかしその攻防に、フィオンは意識を割く余裕は無い。全ての意識は不意に自身を襲った衝動に支配され、体の自由さえもそれに奪われる。


 フィオンの胴体を狙った一撃は、硬く強靭な手応えに止められた。

 自身の腕力と巨躯を受け止めた重量感に、大男は一瞬現実を疑う。


「な!? ……っち、運の良い若造め。しゃんと立ってやがれ」


 大鉈が迫るのと同時に、フィオンは吐き気を覚えその場に膝をついていた。

 得物は空を切り大樹を抉り、フィオンはその下で何とか事無きを得ている。


 奥歯を噛み閉め何とか持ち直したフィオンは、ブラヒムが樹から鉈を引き抜くのに手間取っている事に気付く。そのまま地面をついた手で砂と土を握りこみ、必死に目潰しを放ちながら転がり逃げる。


「わっぶ!? くそ、があぁ……こんな、苦し紛れ……」


 ブラヒムの非難にフィオンは構わず、脇目も振らずに窮地から脱する。立てかけていた弓矢を走り様に掴み取り、闇に包まれた森へと姿を消した。

 元々フィオンにとっての優先事項は生きて町まで辿り着く事であり、ブラヒムは単なる障害物でしかない。勝つには厳しい相手と理解したフィオンは、倒す事よりも生き延びる事を本能的に選び取った。


 ブラヒムが目を擦り視界が回復した時には、既に獲物は影も形も無く、太い幹に自身の鉈が食い込んでいるだけだった。忌々しげに鉈を引き抜き、逃げたフィオンを捜すべく夜の森へと追走する。


「ッチ、足掻きやがって……まぁあの調子ならまともに走れやしねえ、すぐに見つけて追いつ……?」


 走って逃げているならばすぐに見つけられる、そうすれば直ぐに追いつける。

 そう楽観的に考えていたブラヒムだったが、森の中から人影を見つけられない。

 木々の隙間から月明かりが差し込む森の中。とっくに目も慣れそれなりに周りは掴み取れるが、人っ子一人見当たらない。

 逃げる獲物が知恵を巡らせた事に気付き、苛立ちを顕にしながら、そこらの茂みを大鉈で薙ぎ払う。


 フィオンは身を低くしたまま茂みから茂みへと、影から影へ移るように進んでいる。今の体では全力で走る事はできず、中途半端に走ればすぐに見つかる。ならば今は見つからない事を優先し、速度を犠牲に闇を味方にする。

 ブラヒムは依然、騒がしい音を立ててそこらを乱雑に探し回っている。

 派手な音を上げるそれを、フィオンは大きく迂回しながら町へと向かう。


「ちっくしょおがあ――! どこに消えやがったぁ……トートは何やってがる!? あんの役立たず共があ――!!」


 ブラヒムはそう頭の悪い男ではない。襲うにはリスクの高い町中よりも一人ぽつんと離れて暮らすフィオンを的にし、襲撃を成功させ分け前を損ねない最低限の人数を集めて事に及んだ。

 だが蓋を空けてみれば、押し入った家は予想以上に金品が無く、更に予想以上に協力者達は役に立たない。

 その上逃げた若造は自身の顔と名前をはっきりと覚えたかもしれない。もしそうならば人相書き等が出回り、お尋ね者として昼夜を問わず安息が無くなる。


 追わずにさっさと引き上げるべきだったという後悔と、見失った獲物と役立たずな協力者達への苛立ち。掻き乱された頭で、ブラヒムは後戻りの出来ない捜索を我武者羅に続ける。

 しかし、そんな場当たり的な行動が実を結ぶわけがないと当のブラヒム自身が理解をしており、最後の理性で踏み止まる。


「今は、一刻も早く野郎を……だがどうすりゃあ……? いや、待て……」


 ブラヒムは自身のベルトに括りつけた小袋から、以前に得た水晶玉を取り出す。

 魔物を封じ込めた研究段階の魔操具であると、奪われた気色の悪い老人は彼にそう漏らした。その話は真に受けないまでも金目の物には違いないと、しかし価値が解らずに持っていたままの一品。

 水晶玉の中には黒い針の様な毛が蠢き、禍々しさと怖気を孕んでいた。

 ブラヒムは少し躊躇ってから、お尋ね者になる事だけは避けるべく、玉を地面に叩きつける。


 甲高い破砕音を響かせ、水晶玉は粉々に砕け散る。

 音の余韻が消え行くと共に、闇夜の中に一匹の魔が解き放たれた。

 刺々しい毛並みの巨大な黒い犬、ヘルハウンド。毛並みよりも一層鋭い牙をガチガチと不機嫌そうに鳴らしながら、目の前のブラヒムへと睨みを飛ばす。


「お、おぉ……本当に、魔物を……。おい、俺が呼び出したんだぞ? さっさと野郎を探し……!?」


 ブラヒムが言い切るよりも先に、凶犬はその牙を事も無げに振るう。魔物としての本能に従い、世界に君臨する人間種へと殺意を放つ。

 闇そのものが迫るような至近からの奇襲に反応できず、気付いた時には既にブラヒムの首筋からは、赤い生き血が噴き上げていた。

 か細い呻き声を上げながら力なく鉈を振るい、よろよろと後ずさる。


 ブラヒムの鎧は胴と脇腹、そして肘から先の手甲のみであり首や下半身は黒装束で覆い隠しているだけのもの。動き易さや長時間の行動を考慮しての装備だったが、ここにきてそれが仇となる。


「な、ん……っちぃぃ……こん、っぶっぉ゛……終わ……ぃ゛……」


 鉈は虚しく空を切り、そのままブラヒムは地面に突っ伏した。

 止め処なく流れる血は森の大地に吸われ、もうピクリとも動かない。


 ヘルハウンドは死体には一切の興味を示さず、鋭敏な耳と鼻で辺りを探る。魔物は人間を食料として食べもするがそれは空腹時のみであり、食欲よりも殺人欲を優先する。

 ピンと張った耳は森の中から僅かな異音を捕まえ、ヒクヒクと吸気する鼻はその正体を特定させた。

 月光に照らし出された凶犬は牙に付いた生き血に舌を這わせ、新たな獲物へと双眸を向ける。

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