簡単!魔物ゴハン!

菊花ようかん

スライムヌードル川魚の塩焼き乗せ

「というわけで今日はスライムを使った簡単レシピを紹介します」

「誰に向かって言ってるんですかシールさん」

「ここにいんのはお前だけだからお前に言ってるに決まってるだろリタ」


 白いローブを纏い、如何にも魔術師然とした男、シールと、どこからどう見ても旅慣れしていない町娘、リタは、日が落ちようとしている森の中で二人、焚き火を囲んでいた。他にも三人仲間がいるのだが、二人は川に、一人は魔物除けの魔道具と鳴子の設置に行っている。

 右手で焚き火の具合を見ているシールの左手にはスライムが握られている。


「シールさん達と旅を始めて一週間、それはもう色々なものを食べさせてもらいましたけど、流石にスライムは無いと思いますよ。だってスライムじゃないですか」


 リタはスライムを、というよりはスライムを食べようと言っているシールにジトっとした視線を向けている。魔物を食べること自体はそう珍しいことではない。しかし、それはボアやワイバーンなどの肉が採れるものやマンドラゴラなどの植物系ならの話だ。スライムを食べるなど、聞いたことがなかった。それとも、つい一週間前まで隣町に行ったことすら無かった自分が知らないだけで、実は広く知られた食材なのだろうか。


「確かに普通はスライムなんて食べない」

「そうですよね!普通は食べませんよね!というかどうやって食べるんですか!スライムの体の大半は溶解液なんですよ⁈」


 リタは自分の常識が社会の常識であることに安堵しつつも、今まさに常識はずれのことをやろうとしているシールにツッコミを入れる。

 しかし、リタの《絶対にスライムなんて食べたくない》という思いを込めたツッコミをシールは軽く聞き流している。同じような内容のツッコミなど、シールは過去に何度も受けている。もはや狼狽えるようなことでは無かった。


「まあ落ち着けリタ。確かにスライムは全身が溶解液でできている上、栄養価も低い。ついでに言うと味もほとんどない。食材としてはあまり良いものとは言えないだろう。だけどな、ちゃんとした調理を施せばスライムでも美味しく食べることができるんだ」

「……わざわざスライムを食べる必要がどこにあるんですか」

「ない」


 リタは喉から出かかった「じゃあ食べるのはやめましょうよ」という言葉を飲み込み、その代わりにため息をついた。まだ短い付き合いだが、こうなったらシールを止めることはできないと理解している。ならばツッコむだけエネルギーの無駄だろう。


「よし、まずはステップ1だ。これはもう既に済ませてあるが、金属製のナイフ、又は串で核に傷を付けてスライムを弱らせる。完全に破壊するのではなく、あくまで弱らせるだけなのがポイントだ。これには二つの意味があるんだが、わかるか?」

「スライムは核が破壊されると、すぐに液体になってしまって調理できないからですか?」

「その通りだ。生きたまま、というのがスライムを調理する上での鉄則だ。もう一つは?」

「……ごめんなさいわかりません」

「そうか。もう一つの理由は、安全確保のためだ」

「安全確保?」

「そうだ。スライムが発射する溶解液は肉を溶かす。皮膚に当たれば灼け爛れ、目に当たれば失明する。だから弱らせて、溶解液を撃てなくしなければならない。こいつみたいにな」

「なるほど……。ところでシールさんはなんで手で持ってて平気なんですか?手袋をつけてるみたいですけど、手袋は溶けてしまわないんですか?」

「おっと、それを言い忘れてたな。この手袋はミスリルで編んである特注品でな。知り合いのドワーフに作ってもらったものだ。スライムは肉は溶かせても金属は溶かせないからな」

「わざわざスライムを調理するために作ったんですか⁈」

「まさか!実験用具として作ってもらったんだよ。薬品から手を守るためにな」

「流石に違いましたか。でも、そんな高そうな手袋なんて、普通は持ってませんよ」

「そうだな。家庭で調理する場合は、歯ごたえや喉越しが悪くなるが氷の魔法や魔道具で表面を凍らせてから皮の手袋で、というのが良いだろう。それでも問題なく掴むことができる」


 ちゃんと実証済みだ、とシールはニヤリと笑い、リタはその言葉にこれはもう呆れたと言わんばかりの顔をした。


「さて、じゃあ次の工程だが……」

「お待たせ、シール、リタ嬢、水を汲んできたよ」

「魚も採ってきたわ。ちゃんと人数分あるわよ」


 シールが次の作業に移ろうとしたとき、川に行っていた仲間が帰ってきた。

 金色の髪を肩ほどの長さまでに伸ばして腰にレイピアを腰に差した、容姿の整った男、パルハシャと、神官服を着ている、というよりもそのまま地母神の神官である長身の女性、アマリアだ。二人とも、バケツを一つずつ提げている。

 シールはスライムを一旦、石の上に置いて二人からバケツを受け取り、二つの鍋に水を注ぐ。その内の一つには既に別の液体が入っている。シールはボソボソと呪文を唱えて鍋を浮かせて火にかける。


「ありがとうございます、パルハシャさん、アマリアさん。魔物は出ませんでしたか?」

「ええ、静かなものでしたよ。大型の魔物の足跡もありませんでしたし、リタ嬢には今夜は安心してお眠りいただけると思いますよ」

「夕飯も、そいつのゲテモノ料理だけじゃなくなったしね」


 三人が和気藹々と話しているのを尻目に、シールは次々と魚の腹を開いて内臓を取り出した。その動作は素早く正確で、何度となく行ってきたことがわかる。シールは魚を匂いを嗅ぐと、一つ頷き、マジックバッグから塩を取り出して魚にふりかけ、串を打っていく。


「川の水はずいぶん綺麗だったみたいだな。魚にも嫌な臭みがない。これなら何もせずに焼くだけでも美味いぞ」

「それは良かった。ところで今日の夕飯、そのスライムから見るに、アレかい?」

「アレね」


 パルハシャはスライムを見てシールにそう尋ね、アマリアはその答えを聞く前に確信を持って頷いた。

 そんな二人の反応を見てシールは苦笑しながらアレだ、と答えてスライムを掴んだ。

 リタはその様子を見て少しホッとした。パルハシャもアマリアも、特に嫌そうな顔はしていない。すごく変なものが出ることはなさそうだ。


「大丈夫よ、リタ。この馬鹿の料理は材料にさえ目を瞑れば味も見た目も悪くないわ。……ええ、まあ初日みたいなこともあるけど」


 アマリアはリタの安心を確かなものにするためにそう言って、しかし後半には一週間前の食事のことを思い出して顔を少し青くした。リタの顔に至っては真っ青になっている。味は悪くなかったが、もう二度と食べたくないと思わせてくる見た目を思い出していた。


「お前らな……。まあ良い。リタ、次の調理過程に移るぞ」

「あ、ごめんなさい。核を傷付けて弱らせて、次は何をするんですか?」

「次の工程なんだが、アマリア」

「ハイハイ。……〈浄化〉」


 アマリアは首から下げた地母神のマークを両手で握りしめて祈ると、その体は淡く輝き、その光はスライム、魚、そしてバケツや鍋の水へと向かっていった。

〈浄化〉の奇跡。本来ならば病毒に侵された人や水辺を救うために行使されるそれを、料理の殺菌に使ったのだ。


「これがステップ2、消毒殺菌だ。今回はアマリアがいるから手っ取り早く奇跡で行なったが、神官がいなかったり奇跡を渋られた場合は沸騰した湯に入れて、全体的に乳白色になるまで茹でてくれ」

「もう慣れましたけど、料理にも平然に奇跡を使ってしまうんですね……」

「そういってくるってことは慣れてないってことだな。前にも言ったが、食事に〈浄化〉を使うのは決して勿体ないことじゃない。旅の中、腹を下して全滅するリスクをなくせるんだから、むしろ積極的に使っていくべきだ」

「奇跡が起こったということは、神がお認めになったことなのだから、これで良いのよ、リタ」


 複雑そうな表情をするリタに、大人二人はそう言うが、リタの顔が納得に染まることはない。理屈はわかるが、十五の少女からすれば奇跡とはもっと尊いものであって欲しかった。

 焚き火から少し離れた木の根元に座って葛藤が滲むリタを微笑ましげに見ながら、パルハシャは自分のカバンから琴を取り出して爪弾く。彼は剣士だが、詩人でもあった。


「さて、消毒殺菌が終わったら次は溶解液をどうにかしなければならない。溶解液の中和、これがステップ3だ」

「中和、ですか」

「ああ。スライムは確かに全身が溶解液だが、実は 攻撃に使われるものと消化に使われもの以外はそんなに強くない、というかかなり弱いんだ。それこそ、薄めた酢でも中和できてしまうくらいにな」


 シールは鍋に視線を向ける。水を注ぐ前からそこに入っていた液体は、酢だった。


「え、そうなんですか?じゃあ弱らせた後なら手で触っても平気なんじゃ……」

「確かに平気だ。だが、無用なリスクを負う必要もない」

「……なるほど」

「ああ。っと。大切なことを言い忘れてた。中和以外にも酢を入れる意味があるんだ。酢の成分がスライムの体と結合して、核が完全に壊れてもプルプルとした状態にしておくことができるようになるんだ」


 シールは鍋が沸騰したのを見て、跳ねないように繊細な動作でスライムを入れる。


「さて、これでしばらく煮込めば下拵えは終了だ。この間に別の作業を行う。と言っても、もう大したことはしないけどな」


 シールは紙に包まれていた粉末をグラグラ煮えたつ鍋にサラサラと入れ、それが溶けるようにお玉でしっかりと混ぜていく。そうすると鍋の熱湯に色が付き、良い香りが漂ってきた。

 リタはその様子に目を丸くして、シールに尋ねる。


「シールさん、これは何ですか?もしかして、水をスープに変える魔術薬ですか?」

「ハハッ。そういう魔術もあるがこれは違う。最近出てきた新商品でな、詳しい理屈は知らないが、スープの旨味を粉末にしたもので、お湯に入れるだけであっという間にスープができてしまう優れものだ。結構な値段だが、それに見合った価値があると断言できる」

「世界には色々なものがあるんですね……」

「ああ、その通りだ。あとはスライムの中和が終わるまではしばらくこのままだな」

「おお!じゃあ僕が一曲弾いて……」


 ガラガラガラガラ!森の中に鳴子の音が響き渡る。リタは身をすくませ、ほかの三人はそんなリタを守るように囲む。

 シールがボソボソと呪文を呟き、風を操り遠くの音を聴く魔術を発動させる。


「……大丈夫だ。ウェイドの馬鹿が自分で仕掛けた鳴子に引っかかっただけだ」


 その言葉に全員が肩の力を抜き安堵の声を漏らす。


「あの馬鹿……あとでしばく」

「そうだね、僕も混ぜてもらうかな」

「あら。珍しいわね、あんたがそんなこと言うなんて」

「もちろん直接手を出したりはしないさ。僕は詩人だよ?舌の鋭さは剣よりも上さ」


 アマリアとパルハシャはそんなことを話しながら元の位置に戻っていく。

 パルハシャは曲を弾く気分でも無くなったのか剣の手入れに移った。

 アマリアは目を閉じ、神に祈りを捧げている。

 シールは未だ顔色が戻っていないリタに一先ず座るように促し、リタはそれに従った。

 日はすっかり落ち、空には月が輝いている。


「……そろそろ大丈夫だろ。スライムをあげるから、そこの皿を取ってくれ」

「え、あ、はい!これですね。どうぞ!」


 ボーッと焚き火を眺めていたリタはシールの言葉が一瞬頭に入ってこなかったが、すぐに理解して皿を差し出した。シールは皿を受け取り、鍋から取り出したスライムを置いた。


「さて、熱湯でコトコト煮込まれたスライムの核は変性してその機能を失っている。それでもまだ形や感触を保ってるのはさっき言った通り、酢を入れたからだ。ほら触ってみろ」

「……本当にプルプルしてますね。うわっ、ちょっと楽しいかも……」


 最初は恐る恐る指でつついていたリタだったがスライムの感触が癖になりなんでもつついてしまう。


「楽しんでるところ悪いが、調理に戻っても良いか?」

「あっごめんなさい。ついはしゃいでしまって……」

「気にすんな。じゃあ次の作業だ。と言っても、これも楽なもんだ。ナイフでゼリー状の身の部分を裂いて核を取り出す。これで残すところあと一工程。使うのは、これだ」


 そう言ってシールが取り出したのは木で出来た二つの道具だった。

 一つは四角の筒で、片側は完全に開いており、もう片側は目が細かい格子状になっている。

 一つは先に四角い板が付いた棒だった。板の大きさは筒の完全に開いている方にピッタリ合うくらいの大きさに見える。


「まずはこの筒にスライムを詰める。そして、それをこの棒で押し込んで……ほれ」


 シールはスープの入った鍋の上に筒をやり、そして棒でその中身を一気に押し出した。

 押し出した勢いのまま格子によって細く切られたスライムが鍋に飛び込み、スープの中で踊っている。


「さて、これだけでも十分美味いが今日は……」


 シールは料理を手早く器に盛り付け、焼けすぎないよう常に位置を調整していた魚を麺の上に置いた。


「よし、出来たぞ。これで完成、スライムヌードル川魚の塩焼き乗せだ」

「うわぁ……」


 リタは器とフォークを受け取り、中を覗く。そこには澄んだ黄金色のスープと、乳白色の麺が美しいコントラストを描いていた。よく煮込まれたスープの匂いと川魚の香ばしさが鼻をくすぐる。このスープがほんの数秒で出来たとは、目の前で見ていたのにとても信じられなかった。


「さて、食事にするか。腹減ってるだろ」

「え?ウェイドさんを待たなくて良いんですか?」

「良いんだよ、あんな馬鹿はほっといて。というかいま食べるからよそったんだよ。アマリア、お前の分。パルハシャ!出来たぞ!」

 アマリアは祈祷をやめてシールから器を受け取り、パルハシャは剣を鞘にしまって焚き火の方へ歩いていく。

 そうして四人が焚き火を囲み、食事の段と相成った。

「んじゃま、いただきます」

 シールの後に、リタとパルハシャもいただきますと言って、フォークを取る。アマリアだけは神に食前の祈りを捧げてからフォークを取った。

 リタはフォークで麺を持ち上げ、それを眺める。これがスライムから作られていると思うと少し腰が引けてしまうが、最初にスライムを食べると言われた時と比べれば、抵抗感は驚くほど小さくなっていた。

 リタはゴクリと喉を鳴らし、恐る恐る麺を啜った。

 つるり、とスライムヌードルは今までリタが食べたどの麺よりも抵抗なく喉を滑り落ちていった。今までリタが感じたことのない快感がそこにはあった。思わずスルリスルリと続けて啜ってしまう。ちょっと味の濃いスープも、よく合っている

 美味しいです!と伝えようとリタが器から顔を上げると、三人はニヤニヤとしながら(リタにはそう見えた)リタを見ていた。

 リタは赤面をして顔を器に戻し麺を啜る。その姿に三人は満足気に頷いて、自分たちの器に手を伸ばした。

(この魚、すごく香りが良いな。この匂いはおそらく苔だ)

 シールはパルハシャとアマリアが採ってきた魚の予想以上の美味しさに目を見張り、この美味を採って来てくれた二人に感謝した。

 パルハシャとアマリアも、過去に何度か食べたスライムヌードルとは一味も二味も違うそれに舌鼓を打った。

 遠くからランタンの光が見える。最後の一人も、自分の仕事を終えて帰って来たらしい。

 フクロウが鳴いた。五人の夜は、ゆっくりと更けて行く。


【食品情報】

 ・食品名:スライム

 ・産地:アルキド大森林

 ・栄養価:1

 ・味:単品では1、スープと合わせることで4

 ・調理難度:3

 ・備考:単品では喉越しは良いものの味はしないので、しっかりとした味付けのスープなどと合わせるのが吉








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

簡単!魔物ゴハン! 菊花ようかん @852go46

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ