番外編 ちぐはぐロマンス(サナ視点)

 恋愛が好きだ。

 自分が誰かを好きになることが、ではなくて、誰かの恋愛を見守って応援することが。

 その恋愛は、別に男女のものだけじゃなくて、男同士でも女同士でも構わない。

 とにかく、誰かが一生懸命になって誰かを好きになる、ということが好きなのだ。

 直向きな姿を見ていると応援したくなる。

 それが、身近な人なら尚更。


 その男子の気持ちに気がついたとき、あたしは「何てお目が高いんでしょ」と思った。

 あの子の魅力に気づく人が、こんなに早く現れるなんて、と感激した。

 本人が気がつく前からあたしは彼の気持ちを見抜いていたから、相談されたときは「やっとか」と思ったけれど。




「姫川は……俺のことが嫌いなんだろうか?」


 電話の向こうでキンヤくんがしょぼくれているのがわかって、あたしはそっと溜息をついた。

 気持ちはわかるけれど、「何でここで弱気になるのよー」と突っ込みたい。

 これまでどれだけメーちゃんに嫌な顔をされたり殴られたりしても、めげることなんかなかったクセに。

 普通なら、全速力で逃げられたり、“見えない・聞こえない・存在しない”みたいな扱いをされた時点で嫌われていると思うだろう。

 それを今の今まで考えなかったのなら、こんなことで弱気になってどうするんだと言いたい。

 キンヤくん本人がメーちゃんを好きだと気づいたのは、体育で走るのを見たときなのだという。

 ソフトボールをしているとき、ホームランを打って走るメーちゃんの、その姿と足の速さに“びっくり”したらしい。びっくりして、目が離せなくて、気がついたらずっと見ていた、ということだった。

 あたしから言わせてもらうと、もっと早い段階で好きになっていたのだと思うけれど。

 たぶん、追いかけ回して拒否されたその日から。

 イケメンで、女の子にあんなに嫌な顔をされたことなんてないキンヤくんにとって、メーちゃんから明確な拒絶を示されたのは新鮮だったのだと思う。

 だからあんなにのめり込んで、毎日追いかけ回して、曲を作ってもらうことにこだわったのだと。

 キンヤくんがやっと気持ちに気がついて、動き始めて、少しずつ距離が縮まってきていたときだっただけに、今の状態はもどかしい。

 メーちゃんがキンヤくんを好きになった途端、キンヤくんを避け始めてしまっただなんて!



「嫌いとか、そんなんじゃないと思うけど……」


 何と答えたものかと考えながら、あたしは電話に向かってしゃべる。

 本当なら、メーちゃんもキンヤくんが好きなんだよと教えてあげたい。

 でも、シンプルに見えるその方法は、事態を余計に拗らせる可能性があるから黙っておく。


「嫌われてるかどうかより、大事なのはキンヤくんがどうしたいかだよ。……キンヤくん、もしメーちゃんに嫌われてたとして、諦められるの?」

「嫌だ! 諦めたくない!」


 即答だった。それならいい。

 もし、簡単に諦められると言うのなら、あたしは平山くんを応援する。

 彼もなかなかにややこしい感じだけれど、メーちゃんのことが好きなのはわかるから。


「何で姫川はステルス機能をつけているみたいに俺からうまい具合に逃げるんだー……」


 いや、ステルスついてたら逃げられてるのにも気がつかなくて傷つかずに済むでしょって思うけれど、落ち込んでいる声を聞いたら突っ込む気にもならない。


 ちぐはぐだ。

 お互いが好き合うようになったっていうのに、それに気がついていないというだけで、こんなにも事態はこんがらがってしまうのか。


「あー……俺、姫川が好きって言ってたキャラになりたい……」

「何言ってるのよ。二次元に恋する人を否定するわけじゃないけど、せっかく同じ次元にいるんなら、それを活かさなきゃ」

「……そっかぁ」


 次元が違えば、どんなに焦がれても触れ合うことなんてできない。

 悲しいほどに一方通行なのだ。

 心を通わせることも、触れ合うことも、同じ次元だからこそできる。

 ちょっと前まで画面の向こう側彼のところに行きたいだなんて言っていた子が、自分の恋心に戸惑って逃げ回っているだけ進歩なんだよと教えてあげたい。


「メーちゃんは何だかんだ言ってあのアニメのキャラより、別のアニメの第一話でヒロインの涙をそっと拭って『お前を殺す』とか言っちゃうような男が好きよ?」

「『ゼロよ、俺を導いてくれ』って言えばいいのか?」

「何だ、勉強してるんだ」

「まぁな。姫川の好きなものを好きになりたいし、アニメとか漫画って面白いなって最近思ってきて」


 おお、これは有望だ。

 はっきり言って、世の中のアニメとかにハマっていないという人は、単に運命の作品に出会っていないだけだと思う。

 何かひとつの作品にハマったら、そこから底なし沼に落ちるようにズブズブとその界隈から抜け出せなくなるものだ。

 別に、必ずしも好き合う者同士が同じ趣味を持っている必要はないと思うけれど、キンヤくんがメーちゃんに近づきたい一心でアニメや漫画を手に取ったのは微笑ましい。

 こういう健気なところがあるから、あたしはこの恋を応援したいって思うのだ。


「じゃあさ、文化祭のステージでコスプレしちゃう?」

「え? タンクトップで歌うのか⁉︎」

「そっちじゃない! さっきキンヤくんがメーちゃんの好きなあのキャラになりたいって言うからさ」


 ヒロインの制服も合わせて、知り合いを頼れば今すぐ手配できないことはない。

 キンヤくんの見目の良さを活かさない手はないだろう。

 うちのクラスはちょうど文化祭でコスプレ写真館をやるから、怪しまれることなくメーちゃんに衣装を着せることができる。


「着る! 着たい! そしたら、姫川はちょっとでも俺を見てくれるだろうか?」

「たぶんね」


 もうすでにガッツリ見てるよ、と言いたいのをグッと堪えて、あたしはそんな返事をする。

 戸惑って逃げ回っていたって、自分の好きな男の子のかっこよさを再確認したら、メーちゃんも少しは変わるかなと思うから。



 もどかしいなって、ちょっぴり歯ぎしりしたくなるけれど、このちぐはぐが噛み合うまできっとあともう少し。

 メーちゃんとキンヤくんが笑えるように、あたしはそばで見守っていくのだ。



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