番外編 彼女はまだ恋を知らない(平山視点)
姫川楓という女子がいる。
名前から、何だかいい香りがしそうな美少女を想像するかもしれないが、実際は普通だ。普通というより、ひっそりとして自分を主張しないタイプだ。……まぁ、それは外見だけの話だけれど。
喋ってみるとかなり性格がきつい奴だとわかる。一年の頃から同じクラスで、出席番号が近いから話す機会が多かったのだけれど、その歯に衣着せぬ物言いにいっそ清々しいものを感じた。
地味=おとなしい、という法則が成り立たないことを俺は姫川に気づかされた。
高校に入ってすぐ、俺は勉強についていけなくなった。居眠りなんかしていないのに、気がつくと何も身につかないまま授業終了のチャイムを聞くのだ。そのことを姫川に愚痴ると「ノート取るのが下手なんじゃない? 平山って、何もかも雑そうだもんね」と平たい声で言われた。でも、そのあとノートを貸してくれたから、親切な奴だと言うこともわかった。
自分で言ってしまうと悲しくなるけれど、俺も姫川と同じく地味めだ。イケメンでも人気者でもないから、女子からの扱いなんてお察しの通りである。
だから、姫川のようなタイプと接することは新鮮だった。男子にさして興味がない代わりに、イケメンや人気者などと俺との扱いに差はない。話しかければ、愛想は決してよくないけれどきちんと返事をくれる。
しかも、もったいつけたりケチだったりしないのがいいところだ。
俺が何か楽器を始めたいと言ったら、「兄ちゃんが大して弾かずに家に放置されてるので良ければあげるよ」などと言って気前よくギターをくれたのだ。
そんなふうに姫川と関わっていくうちに、ちょっとずつ俺はあいつに惹かれていったんだと思う。
まだ、恋とは呼べないけれど、いいなという気持ち。あいつももしかしたら俺のことを同じように思ってくれているのかもしれないなという、淡い期待。
『隣の席になった子を好きになっちゃう症候群』じゃないかってことは、自分でもわかっている。
好きな子がいるかもしれない。自分のことを好いている子がいるかもしれない。そんなふわふわしたことを考えるだけで、俺の毎日は楽しかった。
ある男が姫川に接触するまでは――。
「北大路、お前さ……姫川のこと好きなの?」
「ああ、好きだけど」
文化祭の準備中。
角材をノコギリで切り出しながら隣で作業している北大路に尋ねると、平然と返された。
そこは普通、照れたり慌てたりするところだろうがよ!
俺はこいつの、こんなふうにスカしているところが気に入らない。オマケにイケメン。
女子にキャーキャー言われていて、そのことを本人も自覚済み。
そんな奴が、何で姫川を好きなんだろう。
二学期に入って、ある日突然、北大路は姫川につきまとうようになった。聞けば、姫川に曲を作るようせがんでいたらしい。
当然のことながら姫川には全力で逃げられ、拒否され、そんな様子を見て「ざまあみろ」なんて思っていたのに……。
いつの間にかこいつは姫川と仲良くなっていた。
「お前、あいつのどこが好きなの?」
「んー……いっぱいあるんだけど、ひとつだけ挙げるとしたら、一緒にいて面白いところだな」
「面白い、ねぇ」
俺様な発言やナルシストな様子に苛立った姫川にしょっちゅう肩パンされたり嫌な顔されたりしているのに、それをこいつは面白いと言うのか。ありえねー。
「あんなにはっきりと物を言う女子ってなかなかいないだろ? 面白いよなぁ」
本人の前で言ってまた殴られたらいいのに、と思ってしまう。
「でもさ、お前ならもっと可愛い子がよりどりみどりじゃん。何であいつがいいの? せめてもっと愛想の良い子がいるだろ」
俺は、姫川の姿を頭に思い浮かべてみる。あれを取り立てて可愛いという奴はいないだろう。普通だ。良くも悪くも。
肩にかかるから結っているというような適当な髪型や、校則をきっちり守って着ている制服がいけないというわけではない。
顔の造作はすっきりとして整った印象すらあるのに、愛想の無さがすべてを台無しにしているのだ。
女は愛嬌とはよく言ったものだ。
「平山、お前はわかってないなぁ。普段ああやって、なかなか笑わない子の笑顔っていうのは、それはそれは可愛いんだ。ギャップ萌えってやつだ。笑わせ甲斐があるしな」
ギャップ萌えとかどこで覚えたんだよ、こいつ。しかも、ニヤニヤしててムカつく。俺がしたら絶対周りから「気持ち悪い」って言われる表情も、こいつがしたらイケメンスマイルなのがマジでムカつく。
「お前、日頃あんなにイラつかせてるのに笑ったとことか見たことあんの?」
「ある。ついでに泣いたところもな」
「マジかよ!」
驚く俺に北大路は「ふふん」と言いたげな顔をした。ムカつく。その顔にも、俺より姫川の親しい様子なのも。
「で、でも俺、あいつにギターもらったもんねー」
「姫川は親切だよなぁ。何だかんだ言って優しいんだよ、あいつは」
ダメージを与えてやろうと思ったのに、北大路をにんまりさせるだけだった。何だよ! 何を思い出してそんな幸せそうな顔するんだよ!
こいつに比べれば、俺はそこまで姫川に惚れてるというわけじゃない。でも、やっぱり何かむしゃくしゃする。
こいつと姫川のことを話せば話すほど、苛立ちが募る。
「お前がどんなに好きでもさ、前にはっきり言われたじゃん。『二次元が好き』って。北大路、お前はそもそも圏外だってよ。フラれてんだよ」
漫研に所属しててオタクなのはわかっていたけれど、どんな男が好きかという話の流れになったときに姫川は二次元のキャラについて語り出したのだ。カバンからそのキャラのクリアファイル(明らかに未使用)を取り出し、いかにそいつが魅力的でかっこいいかを。
そんなの、他に好きな男がいるとか言われるのよりよほど質が悪い。
「別に、フラれたわけじゃないだろ? 姫川は、まだ恋を知らないだけだ」
「は?」
打撃を与えるつもりの俺の発言に特に堪えた様子もなく、北大路は言った。その顔を見れば、強がりでも何でもないことがわかる。何でそんなにポジティブでいられるんだろう。
「姫川はな、純粋なんだよ。普通、年頃なら男女問わずとりあえず恋人が欲しいとか、人に見せびらかせるような容姿の相手が良いとか考えるだろ? それなのに、姫川はそんなものにまるで興味がないんだ。俺はな、あいつのそういうところも好きなんだ」
普通の男ならドン引きするようなことなのに、こいつはそれを“純粋”だなんて表現するのか。そんな北大路に、俺はドン引きだ。
恋は盲目、ってことだろうか。
「お! 姫川から呼び出しだ! じゃあ、教室に戻るな」
メールが届いたのか、スマホを片手にスキップしそうな勢いで北大路が駆け出した。
「俺も行く!」
盲目になるほど姫川に惚れてるわけじゃないけど、何となくそのまま行かせたくなくて、俺も北大路の後を追った。
恋かどうかはわからないけれど、俺だって姫川が気になるんだ。
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