第3話 新しい道

夢想芸術家カリスマシェフ〜澤村 和樹にあったのは、奇跡だったのか?それとも、偶然?それとも、必然だったのか?未だに理解する事は難しく、未だに不思議な気持ちだけが残る。

しかし、とてつもなく、涙が止まらなくなった事だけは鮮明に覚えている。


 相澤 和(92)は市内の老人ホームに入居して、5年目の冬を迎えようとしていた。

入所時は元気に歩いて、周囲のマドンナ的な存在で素敵な女性であった。

当時を知っている利用者は誰一人としておらず唯一知っているのは、施設長の浅村 正(65)と不景気で会社をリストラされ、介護の業界に転職した今年、58歳になる、坂下 幸治だけだった。

その為、和さんの生まれた町が同じだった事もあり、用事がなくてもいつも、坂下さんを呼んではお茶とお茶菓子を提供する程に自然と仲良くなっていった。

施設長も50歳を過ぎて、年齢も近く一生懸命に頑張っている坂下さんを高く評価していた為、相澤さんと過ごす時間を確保してくれていた。

他のスタッフが行くと、「結構です。若い人と話すと疲れます。礼儀がなっていない。」と門前払いをくらうのであった。

その為、ケアマネ、看護士などの専門職と坂下さん以外は対応出来ないのが現状で、坂下さんが休みの日はケアマネ、看護士が対応しなければならなかった。

キーパーソンになっている妹の相澤 竹(82)から詳細に話を聞くと戦争中に大空襲があり、赤ん坊を抱いて逃げた際に、流れ弾にあたり赤ん坊が亡くなってしまったとの事。

色々な話をしていくうちに坂下さんを自分の子供のように、接するようになったとの事。

又、アルツハイマー認知症の影響もあり、自分の子供やご主人と感じているとの事で時より、幸雄さん、勝男ちゃんと呼ぶ事があるとの事。

ご主人の相澤 幸雄は昭和20年の8月に神風特攻隊に自ら立候補し、鹿児島県知覧飛行場から隼人に搭乗し沖縄を奪還する為に、沖縄に向かう前に撃ち落とされたとの事。

妹さんの話では、勝男さんが6月に空襲で亡くなって自暴自棄になり、自殺を図ろとした際に幸雄さんが魂だけが飛んできては助けたとの事。

そして、幸雄さんが亡くなる時には、特攻隊の服装で駆けつけて、「一人で生きていかないで、素敵な人を見つけて結婚して欲しい。例え、一人で生きていく事になったとしても、必ず逢いに行く。」と伝えたらしいとの事。

たいてい、秋が終わり、初雪が降る時に、枕元に現れるといつも、満面の笑顔で話すと言う。

そして、「口癖のように、私は老けたけど、幸雄さんは変わらずに素敵ですねぇ?」っと言うそうです。

私には見えないですけど…「いまだに、幸雄さんは毎年、逢いにくるので成仏してないんです。まだ、私を守っていて、可哀想。」といつも、言っています。

でも、その後には決まって「ありがとう。私も大好きです。」って涙を流すんです。

本来なら、戦地で亡くなった戦友たちとの約束で靖国神社で逢うはずが和さんを置いてはいけないので、和さんを見送ってから、行くと言うそうです。

あれほど、他の人と所帯を持って幸せになれと言いながら、それを言われたら、他の人と一緒になることが出来なかったみたいです。


和さんは幸雄さんと結婚生活2年の思い出と勝男と江ノ島で取った写真だけを残して、亡くなりました。

今でも大切に江ノ島で取った二人だけの写真は和さんの宝物です。


そう言えば、私も一度、拝見させて頂きましたよぉ。

そう言えば、その時に幸雄さんと言われたなぁ…私も、否定をせずに、「和さん元気だったか?風邪ひいてはないかぁ?」っと伝えたら、「大丈夫。あなたがいるから…」って手を握られたなぁ。

そうでしょ…その写真を見せるのは、大切な人だけ何ですよぉ。

私も、実は1回だけ何です。

それにしても、5年の歳月はあまりに長くなりました。

最近では、私も80歳を過ぎて、一人では来れなくなりました。

「いやいや、まだまだ元気そうですよぉ。」

「そう見えるだけですよぉ。今は駅からタクシーに乗らなきゃならなくなりました。」

「それにしても、和さんは今では寝たきりになってしまい、食事も一人では食べる事が出来なくなりました。」

「しょうがないですよぉ…アルツハイマー認知症になってからは、何時かはこうなる事は理解してましたから…それに、急に落ちていった訳ではないですし、今だに、初雪の時だけは元気に見えますから。」

そう言えば、和さんが急にアルツハイマー認知症の症状が悪化したのは、2年前ぐらいでしたねぇ?

「そう言えば、そうだった気がします。

確か、いつもは走る事をしないのに、急に雪の中を走り出して、転倒してからだったと思います。その節は、ご迷惑をお掛けしました。本人に確認すると幸雄さんが亡くなった事を認識したのが原因でした。」

「確か、戦艦大和の映画がテレビで放映されたのが、きっかけで記憶が甦ったからだと思います。」

その後、退院したが一人では歩行が出来なくなり、車椅子生活になりました。

夏になるにつれて、車椅子からの立ち上りや、転倒も続き、大変になりました。

それだけなら、まだしも、職員への暴言や暴力も増えていき、私がいないと日常の業務が出来ない事が続きました。

しかし、去年の冬になり、大腿部骨折により寝たきりになってしまいました。

最近では、私達も手を尽くしてはいますが、仙骨部に褥瘡になりまして、何と言えばいいのかぁ…私も昨年、介護福祉士を取ったばかりで体位交換などをこまめにやっていますが…本当に申し訳ございません。

もう、坂下さんの気持ちは十分理解してますよぉ。泣かないで下さい。

ありがとうございます。

でも、褥瘡を作ることは、介護福祉士や看護士、施設に取って汚名でしかないんです。

私も、利用者に褥瘡をつくると施設の査定に響く事は知っております。

その為に、後輩の指導をはじめ、自ら進んで、残業をしている事は私は知っていますよぉ。

それに、食べる事をしなくなったのは、私達の方にも責任がありますから。


今日は、機械浴で丁寧に入浴をして頂いたとお聞きしました。

和さんが好きな美空ひばりさんの曲を流して、歌を歌ってくれたりしてくれたそうですねぇ。

本当にありがとうございました。

先程、お部屋に行ったら、顔色もよく笑顔でした。

その後は、気持ちよく寝ております。

そう言えば、今日は人手が足りないので、仮眠を取ったら、21時から夜勤何ですよねぇ?

まぁ、急遽、夜勤のスタッフが風邪をひいてしまいまして…とはいえ、お互い様ですので大丈夫ですよぉ。

では、私も少し、仮眠室で休みます。


そう言えば、和さんとは5年かぁ…長いなぁ…思い出が一杯だなぁ…

江ノ島にはそう言えば、和さんたちを連れて行ったなぁ…確か、江ノ島の入り口でいか焼きとハマグリを食べたなぁ。

それから、そうそう、江ノ島神社に向かう道の途中にあるしらす丼は美味しかったなぁ…

あぁ、そうそう、蓮根のひき肉はさみは和さんのご家族様が持って来てくれたなぁ。

昔は和さんの得意料理で和さんは美味しいって食べてたなぁ。

懐かしいなぁ…


ピンポーン!おめでとうございます。

夢想芸術家カリスマシェフ〜澤村 和樹の思い出を辿る旅に当選しました。


こんにちは、お元気そうですねぇ。

はい、どちら様ですか?

私は、こんな綺麗な人は初めて、お目にかかりますが…私ですよぉ。

はい?

どちら様ですか?

私は、相澤 和です。

えぇ!本当ですか?

そうですよぉ。

今日は特別にご招待させて頂きました。

そろそろ、幸雄さんが来ますので私たちの思い出の地の江ノ島に行きたいと思っています。

坂下さんも宜しくお願い致します。


はい、それでは、全員そろったので、上に上がります。

「これは、何だぁ…私が飛行機に乗らずに上に上がっている。何て事だぁ!私がいた頃とは違うなぁ。」

「幸雄さん、亡くなってから70年ですよぉ。技術が進歩しましたよぉ。ほらぁ、あれが江ノ島ですよぉ。」

「いやぁ、懐かしいなぁ…昔のまんまだなぁ…少し、緑が減った感じはあるけど…へぇ、あんなところに、灯台かぁ?それに、道も舗装されているなぁ。流石は日本陸軍、海軍だぁ、立派!立派!」

「違いますよぉ。今は地域の民間の企業や神奈川県が運営してますよぉ。あれは、展望灯台と言うらしいです。あそこから、見る景色は最高で、デートでも人気何ですよぉ。」

「デートとは?」

「そうでしたねぇ…戦時中は御法度でしたが、今は男女仲良く手をつないで女性は化粧したりして観光したり、写真撮ったり、美味しい食事がとれるんです。これも、幸雄さんをはじめ多くの戦友のおかげなんです。」

「そっか!日本は勝ったんだなぁ…鬼畜米英に…」

「負けたんです。負けたから、平和になったんです。」

「なんだって!俺は、何のために、命を張ったんだぁ!」

「その話は、あちらの世界に言った時に話しますから…久しぶりに逢えたのですから、手をつないで楽しみましょう。」

「ところで、この方は?」

「あらぁ、忘れたんですかぁ?5年間の間、私の事を支えてくれたんです。」

「あぁ、なるほどなぁ…君だったかぁ…逢いたかったなぁ…今まで、ありがとうなぁ…なんてお礼を言えば良いかぁ。そうだなぁ、あちらの世界に言ったら、最高に旨い酒を飲みながら語ろうではないかぁ。」

「いえいえ、気にしないで下さいよぉ。」

「いやぁ、久しぶりの江ノ島も変わったなぁ…でも、昔の面影は変わっていなくて良かったなぁ。」

「あれは、何だい?階段が勝手に上がっているけど…」

「幸雄さん、あれは、エスカレーターと行って階段が上がって行くんです。江ノ島神社につながっていて、江ノ島の観光スポットに向かうのです。」

「いやぁ、すごいなぁ…昔では、考えられないなぁ。」

「でも、あの時、食べたしらすの味は変わらないですよぉ。」

「そう言えば、和さんと江ノ島神社の参拝の後、しらすを食べたなぁ?こっそり、もってきた、蓮根のひき肉詰めは最高だったなぁ…

そうそう、紀の国屋の饅頭は旨かったけど…今でもあるのか?」

「もちろん、今でも有名店で観光客も買いますよぉ。あれは、幸雄さんと最初で最後のデートとなりますが、今でもはっきりと覚えています。やだぁ、私ったらこんな大事な時に涙を流す何て…」

幸雄さんも涙を流して「本当に逢いたかったぁ…和さんと過ごしたかったよぉ。色々やりたかった、色々なところに行きたかったなぁ…」

「もう、大丈夫ですよぉ。あたしも幸雄さんに逢いたかった。これからは何処でも一緒ですよぉ。」

和さん、幸雄さん、見てください?

「富士山ですよぉ。相模湾と湘南を見ながらの富士山は最高ですねぇ。」

「あらぁ、本当に素敵ですねぇ?」

「和さんがいるから、富士山も和さんの美しさに半減してしまいますけどねぇ?」


はい、そろそろ、江ノ島の思い出を辿る旅も終わりに近づきました。

この旅を終わるにあたり、お二人の愛のメッセージを伝えてもらえればうれしいのですが?

「いかん、いかん、愛の言葉は、恋文と決まっているではないか…」

「もう、時代は変わったのですよぉ。男性であっても、家事をやる世の中になったんですよぉ。だから、しっかりと言葉に伝えて欲しいですよぉ。」

「それでは、伝える。いいかぁ?いくぞぉ、和さん…はじめてあった時から好きでした。これからは、手を取って愛していきます!」

「ありがとう。これで、悔いはないです。」

それでは、和さん?

「幸雄さん、私は、あなたから、大切なものをたくさん頂きました。いつも、手を差し伸べて助けてくれましたねぇ?私は、その支えがあったから、生きていく事が出来ました。ありがとう。これからも、幸雄さんだけを愛していきます。宜しくお願い致します。」

幸雄さん、涙が止まらんよぉ…和さんにこんなに愛されていたんだなぁ…もぅ〜、男は泣かんよぉ、シャキッ〜とぉ、気張らんとぉ!

私を守るんでしょ?

では、最後に坂下さん?

「まずは、和さん、幸雄さん、二人に出逢えた奇跡に感謝します。とても、貴重な経験と思い出を伝えてもらい、数々の苦労が素敵な思い出に変わりました。本当にありがとうございました。これからも、人生の先輩との歴史の1ページになるように、精進していきます。」

坂下さん…「私達はしっかりと見てます。そして、常に応援してますよぉ。辛い時は一人ではないからねぇ。頑張って下さい。」


はいはい、それでは、これより、お食事になります。

こちらの席にどうぞ…

「いやぁ、素晴らしいですねぇ。

外から、湘南の海に、右には江ノ島、左には富士山という眺望、枯山水の庭園と紅葉と橋がかかった池とは…それに、錦鯉とは…こんな料亭みたいなところでお食事とは贅沢ですねぇ…」

「本当ねぇ…とても、素敵な眺望ですねぇ。こんなに素敵な場所ははじめてです。」

「いやぁ、私もこんな場所があるとは…驚きです。」

いえいえ、最高のおもてなしをするのが、夢想芸術家カリスマシェフ〜澤村 和樹のポリシーですから…それに、事前に皆様の見たい風景を取り込んでおりますのでぇ…

「なるほどなぁ…とても、素晴らしい。」

ありがとうございます。

早速、食前酒をお持ち致します。

これは、ひょっとして「雨過天蒼」では?

よく、ご存知ですねぇ…湘南最後の蔵元「柿澤酒造」の「雨過天蒼」です。

皆様も実は、一度だけ飲まれておりましたが、お気づきになりましたか?

「そりゃ、和さんと最初で最後にあった食事の時だったなぁ…老舗の岩木楼だったような…しらす丼とサザエといか焼きと饅頭を食べたなぁ。それで、久しぶりに少し、お酒が飲みたくなって飲んだなぁ…」

「そうでしたねぇ。私も、初めて昼間にお酒を飲みましたわぁ。少しだけ…顔が紅くなりましたねぇ…懐かしいです。」

「そう言えば、確かに飲んだ記憶がぁ…あぁ…そうだぁ…私は、江ノ島の入り口にあるお店だぁ。サザエと焼き烏賊を注文した時だったなぁ…お店の人から、江ノ島に来たらこれ飲まなきゃ!で薦められたんだぁ。」

「そうでしたねぇ。もう、あの時は、楽しかったですねぇ…施設長と仲良く宴会がはじまりそうになるから、私達も止めたのに一杯だけ、頼むよぉ…って、久しぶりに可愛い姿を見る事が出来ましたよぉ。もう、自分の子ども…いや、孫のようでしたねぇ。」

「確かに、そうでしたねぇ…流石に施設長も私も、精神的にも肉体的にも疲労困憊で甘えたかったのかも知れませんねぇ。でも、その姿を見た利用者の家族や利用者からは色々と声をかけてもらったり、差し入れをもらうようになりました。有難い事ですよぉ。」

「いやぁ、それにしても最初から感動させられました。うれしいねぇ…」

それでは、一枚プレートをお持ち致します。

それでは、和さんと幸雄さんの思い出の写真と富士山をコラボレーションした一枚プレートになっております。


まずは、上部より、富士山をイメージした型にはめて、タコ、烏賊、海老、マグロ、鮭などの魚介類を醤油、みりん、お酒で1日付けた風味豊かな炊き込みご飯となっております。

富士山にかかる雪は、とろろ芋に昆布出汁を加えて醤油を混ぜたものになります。


「いやぁ、素晴らしいですねぇ…写真で見た、富士山と同じですねぇ?よく、再現出来てます。」

ありがとうございます。

コンピューターを駆使致しまして、繊細に色の調整を考えながら、富士山をイメージしております。

こちらは、試行錯誤しながら、3年の月日を使っております。

「3年もですか?そんなに時間をかけてこの日の為に?それも、私達の為に?」

いえいえ、夢想芸術家カリスマシェフ〜澤村 和樹は10年、20年という再現をかけて作る事があります…まだ、3年は短い方です。

それに、こちらの時間は時間が経過するのも、早いんです。

「なるほどなぁ…だから、カリスマシェフ何ですねぇ?」

確かに、カリスマシェフと言われますが、小さい事でも手を抜かない事が結果として成功しているようです。


それでは、料理の続きを説明致します。

次にこちらはメインの料理で湘南の海を再現しております。

お聞きしたところ、江ノ島には当時、舟で行かれたと聞きましたので、当時の舟をパイ生地で作り、その中に伊勢海老とサザエのつぼ焼き、いか焼き、刺身の盛り合わせを舟盛りとしてご提供させて頂きました。

しかし、そのまま出す訳にはいきませんので、船底を開けて頂くと料理が出てきます。

続いて、海を再現する為に、生しらすと釜茹しらすなどを細かく並べて、湘南の海を再現しました。

「いやぁ、すごいなぁ…当時の荒れた海を表現されており、今にも潮の香りがしてきます。素晴らしいなぁ…」

「写真には載ってはいないけど…当時を思い出します。さりげない気づかいありがとうございます。」

いえいえ、今回はカリスマシェフもあたまを悩ませた部分では、ありまして、本来なら写真をそのままに作るのですが…逢えなかった時間が多いので、出来れば再現して上げたいとぉ…

「そうだったのですか?何とお礼を言ったら良いかぁ…本当にありがとうございます。」

「いやぁ、本当に江ノ島に行くのも、海が荒れてどうしようかで迷いました。でも、舟の方が親密になれると思ったからなぁ…」

「そうでしたねぇ…あの時は幸雄さんが力強く感じました。大丈夫だぁ!俺が守ってやるって!嬉しかったなぁ…」

そして、こちらが当時の江ノ島を再現した、水羊羹を江ノ島の型にはめて、上から抹茶と白糖をふりかけております。

なお、江ノ島にかかる雲はわたあめで仕上げております。

「いやぁ、ここまで、再現するのは、大変でしたねぇ?ありがとうございます。こんな、素敵な場所で素敵な料理を食べる事が出来て感無量です。何とお礼を言えば…」

いえいえ、私どもはまだまだ未熟です。

これからも 、素敵な思い出を辿る事により、あの日のときめきや、忘れてはいけない記憶を蘇って頂きたいと感じているだけです。


それでは、最後に夢想芸術家カリスマシェフ〜澤村 和樹をご紹介させて頂きます。

この度、奇跡の出逢いにより、皆様にお逢い出来た事を心より感謝致します。

私達が作り上げた、あなただけの特別な料理は気にいって、頂けましたでしょうか?

まだまだ、未熟な部分もあったと思いますが

少しでも、素敵な思い出を再現出来ていれば幸いです。


こちらの業務上、姿をお見せ出来ず、声だけになりますがご了承のほど宜しくお願い致します。

それでは、こちらの時間は後、わずかとなりますので、悔いないようにお過ごし下さい。


「ちょっと、せめて、ひとめだけでも、お逢いしてお礼が言いたいのだが…」


申し訳ございません、正体をお見せ出来ません。


「まぁ、姿を見せないのも、カリスマシェフにとっては、必要な事なのですねぇ…?」


いえ、これから起こる事につながるとだけお伝えしていきます。


「ありがとうございました。とても、楽しかったです。」




そう言えば、仮眠をとっている坂下さんはどうしているかなぁ?

はぁ、そう言えば、何時もなら、30分前に起きていると思うのですが?

ちょっと、見に行って来てくれるかなぁ…解りました…

たくぅ〜人を起こすのはストレスたまるのになぁ…まぁ、いつも、お世話になっている坂下さんなら、大丈夫だけど…

坂下さん、寝てますかぁ?

坂下さん、布団を上からかけて寝てるんですか?

起きますよぉ?お仕事ですよぉ?

もう、布団はがしますねぇ…ちょっと、誰か、誰か来て!

坂下さんが、坂下さんがぁ…死んでいる。

坂下さんの顔は満面な笑顔だった事は誰も知らなかったのだぁ…そして、抹茶の匂いがしていた事さえも…


一方、その頃、和さんは満面の笑顔で涙を流していた事に気付く人もいなかったのだぁ。

坂下さんがなくなった後も、残りの余命3年を生きていたのであった。

幸雄さんにとっては、意外な結果になってしまったのであった。

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