第10話 中毒症
「如何なさいましたか?」
相も変わらぬ能面だが、最早小熊も明石も気にする様子もない。
「お腹空いたんだけど、何か簡単に食べれるような物作ってもらえる?」
「どのような物でも。仰っていただければ」
頭を下げる田中に、明石は首を傾げた。なんでも作れるというのは思いの外に困るものだ。しかし、小熊は決めていたようですぐに口を開いた。
「私は甘味料の入っていないサンドイッチをお願いします。あとコーヒーのおかわりを」
「つまり、砂糖など使用していないサンドイッチですね。畏まりました」
濃いめのドリップコーヒーに、甘みの無いサンドイッチ。職業柄でもあるのだろうが小熊は間違いなくカフェイン中毒だ。
「じゃあ僕は……ハンバーガーみたいなの作れる? ジャンクなのが食べたいんだけど」
「ハンバーガーですね。お肉は豚と鶏、どちらにいたしましょうか?」
「それはシェフのセンスに任せるよ」
「畏まりました」
「あ、あと僕もコーヒーおかわりで。砂糖多めにね」
「畏まりました。他には何かございますか?」
明石は小熊の顔に視線を送り、指を差した。すると、小熊は自分の頬を撫でて気が付いた。
「作るのにどれくらい掛かりますか?」
「おそらく……二十分も掛からないかと」
「それなら丁度いい。私は――うん。じゃあ、あんたはどうする?」
言葉にはしなかったのは、つい数十秒前まで自分がメイクをしていないことを忘れていて、敢えてそれを口にすることが憚られたのだ。
「僕は次の現場に行こうかな。田中さん、あと三つだよね? おすすめは?」
そんな、レストランで注文に迷った時に使う常套句を言ったところで、即答は難しいだろう。田中は振れ幅小さく瞳を揺らし、口を開いた。
「三階はあと一名なので、そちらからのほうが効率がよろしいかと思います」
残り三人のうち二人は同じ部屋で亡くなっている。同じ部屋に泊まっているのは二組だけ。議員と秘書。それと弁護士夫婦だ。つまり消去法で残っているのは大学教授の木村ということになる。
「なら、僕と先生は木村さんの部屋に行くから、田中さんは部屋の鍵を開けてから食堂に向かってくれる?」
「畏まりました」
三度頭を下げた田中を見た明石は、まるで従順な犬だと感じていた。問題なのはその犬に飼い主がいないこと。誰かの命令に従うわけではなく、自らが決めたルールの中で――序列の中で立ち回っている。
強いて言うのならば、飼い主はこのホテルそのものかもしれない。
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