第2話 二人の関係性

 武骨な車を運転する小熊は不機嫌なままだった。車内ではシャツの間に挿されていたサングラスで、今は顔の半分が隠れて見えていないがそれでも美人だと認識できるレベルで整った顔をしているのがわかる。そのせいなのか車のせいなのか、すれ違う車の運転手から視線を向けられるが、本人は気にする様子もない。


 助手席に座る明石は中折れ帽を被ったまま、窓枠に肘を掛けて外を眺めていた。少し視線を動かせばサイドミラーに映る自分が居て、自分自身に笑って見せた。そして、運転席側に視線を向けると ほくそ笑みながら口を開いた。


「相変わらず目立つよね、この車。ハマーのH3だ け? 女性の乗る車のしてはちょっとゴツイ気もするけど」


 ハマーH3、黒のSUV。元が軍用車だったために、その見た目は面影を残しているが前モデルに比べれば一回り小さくなり、比較的運転がし易くなっている。どちらかといえばやはり男性からの支持が熱いため、すれ違う車の運転手から視線を集めるのは当然だが、おそらく女性がハマーを運転しているという理由が大きいだろう。しかも美人ならば尚更だ。


 小熊は明石を一瞥だけすると、真新しいカーナビに視線を向けた。


「放っておいて。それよりも今、向か ている場所の説明をして。そんなに有名なところなの? 聞いたことないけれど」


「ある筋では超有名店だよ。〝ホテル・ディープ・グリーン〟は京都にある老舗料亭のような完全紹介制で、運営しているのは毎月第一週と第三週の計十四日間のみ。部屋数は二十しかないけれど、そこが全て埋まることは滅多にないらしい」


「らしい? なんでそこだけアバウトなのよ」


 強めに問い掛けられた明石は肘を着いたほうの手で口元を覆い、考えるように頭を下げた。


「なんていうかさ……閉鎖的なんだよね。場所柄ってのと、その制度のせいでさ。そこを訪れるのは『業界の大物』だったりするのが大半なわけだから口が堅いんだよね。そうなると必然的に得られる情報は限られてくるわけよ」


「ああ……なるほど。つまり『そういう場所』ってわけね。でも、だとしたら尚更腑に落ちないわ。どうしてそんな場所の捜査を私たちに任せるの? もっと信頼できる人に任せるべきでしょ」


 納得したような小熊だったが、すぐに別の疑問が浮かび上がった。各界の大物が集まるホテルで起きた事件。それを公にしたくないのならば、こんな得体の知れない二人――特に一人は元犯罪者だ。それよりも息の掛かった組織なり部下なりを後始末に向かわせた方が良かったのではないか、と。


 邪推に過ぎないのだが。


「や――それはほら、信用できないからこそ僕らなんだと思うけどね。だって、いつでもクビに出来るじゃん? それに部長が言っていた上司命令? ってか上からのご指名ってやつだけどさ、警視総監がホテルの上客なんだよね。、じゃないかな」


 嫌に皮肉めいた言い方だったが、何故か小熊の表情には笑顔が窺えた。


「私たちなら不祥事を起こしても、そもそもが非公式及び非公認の別班だから問題ないってことね」


「わぉ。まさかそこまで考えているとは驚きだね。さすがは元捜査一課のホープ――だったくせにいつの間にか異例の昇級を受けて左遷された美人刑事! よ!」


 馬鹿にしたように捲し立てる明石に、ノーモーションの拳が飛んでいった。


「いい加減にしないと殴るわよ」


「いや、殴ってから言われても」


 肩を擦る明石を横目に小熊は静かに溜め息を吐いた。


「だいたい、私のキャリアをぶち壊したのはあんたなんだから。責任取りなさいよ」


「わかっているよ。だから、ほら。今まさに責任取ってるでしょ? 僕のおかげで現場で捜査が出来る。それに過去のことを引き摺っていたって仕方がないよ。前を向こう! 前を!」


 開き直る明石を見て、呆れ返る小熊は再びカーナビに視線を向けた。署を出てから凡そ一時間が経ち、映し出されている目的地への到着時刻は四時間後。こんな状況では憂鬱にもなる。


「……はぁ」


 小熊は諦めた様に息を吐き――窓を全開にした。

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