第9話 姿
珍しく病院に関係のない客人が来たことに驚きながらも少しうれしく思えたのは一瞬で、まゆと結花の後ろに見えた梅田君の姿が奴と重なって私はまた発作を起こしてしまった。
薄れゆく意識の中で衝撃を受ける三人の少し後ろに酷く苦しそうな虎くんが見えたのは、果たして幻覚だったのか、それとも。
ともかく、嫌な予感は当たってしまった。
(ひびき、マスカットの顔はみた?)
(どんな人だった?)
(詳しく教えろよ、俺結構ファンなんだ)
また、悪夢。
違いは顔が見えること、知っている声だということ、それが同級生だということ。
結花も、まゆも、梅田君も、好奇心しかないような顔で、何が悪いとも分からない無邪気な顔で、私の傷を深く抉る。
(でも、犯罪者に初めてをとられるなんて可哀想)
(傷物にされちゃったんだもんね)
(可哀想だけど、強姦魔に抱かれた奴相手にはしたくないよな。)
変わらず自分の言っていることは何も間違っていないような顔で当然のように言うもんだから『可哀想』の言葉に感情が欠片も覗けなかった。
いよいよ覚める、悪夢から逃れられる、そう期待した私に追い撃ちをかけるように現れたのは、虎くん。
(ごめん、俺知らない奴に抱かれた女とは関わりたくない)
汚らわしいものを見るような目で虎くんはそう吐き捨てて、姿を消した。
私は立ち尽くしてしまって流れる涙を拭えないまま目が覚めるのを待つしかなかった。
夢だと分かっていながらも、受け止める方法が見つからなかったのだ。
やっと目が覚めて、美沙さんの心配そうな顔を見ても空元気すらでなかった。
どうしたって苦しくて仕方がなかった。
その原因は分かっている。
幼稚園より前から一緒だったまゆの言葉でもなければ、五年間聞きなれた結花の声でも、クラスを賑わす梅田君の姿でもない。
初めて会った時小さな頃に遊んでいた男の子と重なった姿で、いつも私を呼んでくれていた声で放たれた言葉だったから、私にはどうやって受け止めればいいのか全く分からなかった。
土方虎丸はあんな目もしなければ、あんな言葉も言わない。言うはずがない。
そんなことは二年間ずっと彼の優しさを受けてきた私が一番分かっているのだ。
分かっているのに、それでも苦しさをごまかせないのは、優しさを受けすぎて勘違いしてしまった私が彼に
恋をしていたから。
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