第5話 癒えない

『男性恐怖症』


そう診断された。


「あんなことがあったんだもの、仕方ないわ」と辰巳先生は言った。


男の人を見ると頭に奴の声が響いて苦しくなるみたいだ。


[ひびきちゃん]と呼ぶ声が憎い。


なんでこんな目に合わなきゃいけないだろう。


解放されても苦しみは消えない。


私はまだ地獄にいるような感覚に陥った。


(りゅうくんにも酷いことしちゃったな、目の前で人が気を失うなんて怖かったはずだし)



コンコン


「ひーちゃん、ママです。入ってもいい?」


「うん、どうぞ」


声が出るようになったことに私自身が気づいたのは目を覚ましてからだった。


扉をゆっくり開けて母が入ってくる。


「調子はどう?」


「大丈夫だよ、ママ」


私の声をきくと母はどこか嬉しそうな顔で、ベッドサイドの椅子に腰を掛けた。


そして今度は少し真面目な顔をして口を開いた。


「今日辰巳先生とお話したんだけど、ひーちゃんのこと。少し病院で様子を見ませんかってことになったの。ひーちゃんがどうしても帰りたい!っていうなら帰れないこともないって先生は言ってたけど…」


母が言いたいことは分かる。


精神的に安定しているとは言い難い私を迎えるには、帰宅時間が不定期な自分では役不足だと心配しているのだろう。


「私はママに任せるよ、病院に残るにしても、家に帰るにしても」


どっちにしたって、私の傷は癒えないんだから。



別に母を恨んでいるわけじゃない。


私だって冗談交じりに「被害に遭ったら~」なんて言っていたんだし。


でも、もう少し早く見つけられなかったのか、とか


車で迎えに来てくれてもよかったのに、とか


なんであの夜、私を一人で送り出してしまったの、とか


母を責めたいわけじゃないのに


そう思わずにはいられなかった。



世間話といえるのか分からない程度の話をして母が病室を出て行って、暇になった私は窓から暗くなった空を眺めていた。


私の病室は5階、結構な高さだ。


飛び降りたら、消えてしまえるのかな。



そんなことを考えていた私には自分を呼ぶ龍くんの声が届いていなかった。


「…ちゃん」


「…おねえちゃん」


「ひびきおねえちゃん!!」


服をぐいっと引かれ、私はやっと隣に龍くんが来ていたことに気がついた。


「りゅうくん」


「ぼくいっぱいよんだのにひびきおねえちゃんぜんぜんきづいてくれなかった!」


頬を膨らませた龍くんがぷりぷり怒っている。


「ごめんね、お姉ちゃん聞こえてなかったみたい」


「きづいてくれたからいいよ!」


子供らしい笑顔で龍くんは笑った。


「ありがとう、優しいね」と私が言うと、少し照れくさそうな笑顔に変わったけれど。



「おねえちゃん、もうだいじょうぶ?むっちゃんにいじわるされちゃったの?」


二人でベッドに腰掛けてから、龍くんはそういった。


「むっちゃん?」


「むっちゃんはね、むつきせんせいっていうの。」


「おかおはちょっとだけこわいけど、いっしょにあそんでくれるからなかよしなんだ。」


ムツキ先生という名から察するにお医者さんだろう、この間の人かな。


「あのね、むっちゃんほんとうはいじわるじゃないんだ、だからごめんなさいしたら、いいよっていってあげて?」


龍くんはムツキ先生が大好きらしい、きっといい人なのだろう。


「いじわるされてないから大丈夫だよ」


私にいじわるしたのはその人じゃなくて、マスカットだから。




「まゆ、本気でいくつもり?」


「本気も本気、心配だしね」


「悪趣味にも程があるでしょ」


「いいじゃん、別に悪いようにはしないし」


「それ、俺も行っていい?」


「もちろん、行きましょ」




「今度の土曜日、響のお見舞いに」

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