第40話 人形劇の終演5
すぐに警察に電話すると、十五分後には警察が集まってきた。
真田や川瀬の遺体は、青いビニールに入れられて、ゆかの前から去っていった。
警察に電話した直後、篠崎はゆかやマヤを車で逃がそうとしたが、マヤは車にどんな仕掛けをされているかわからないと篠崎の申し出を却下した。
警察に電話をしてから到着するまでの間、三人はリビングでじっと身をひそめていた。
「やはり遺体の状況から考えて、ミスティック・ドールズの仕業としか考えられん」
八王子警察署にいたという遠鳴警部も警官たちと一緒に斎図書館まで来た。さすがに部下が殺されたことに動揺を隠しきれないようだった。
「くわしいことは司法解剖をしないとわからないが、おそらく鋭利な刃物で真田は心臓を刺され、川瀬はのどを切り裂かれたようだ。その後、体をバラバラに解体されたみたいだな」
「まるで暁人ね。あたしたちが気づかない間に体をバラバラにするなんて」
マヤは吐き捨てるように言う。ゆかはマヤにしがみついて、がたがた震えていた。
「ただ、刑事たちが抵抗した跡がまったくないのが気になるわ。ここに未成年者がひとりで不用意に近づけば、ミスティック・ドールズだと刑事たちも真っ先に考えるでしょ?」
「じゃあ、顔見知りの犯行ってこと?」
父はしばらくためらいの後、血が付着した腕時計を出した。
「……実は現場近くにこれが落ちていた」
「それって霧生さんがしていた腕時計?」
確かに見覚えがある。いつも霧生が身につけていた腕時計だ。
アナログの時計にデジタル時計まで内装された高価なものだった。
「じゃあ、まさか霧生さんが犯人?」
「真犯人の偽装工作とも考えられるが、いまのところは重要参考人として行方を追っている。霧生ならば警察手帳を刑事に見せることで信用させることもできるしな」
「でも、ミスティックに適合するのは未成年者だけでしょ? 霧生さんはもう二十歳を超えてるんだよ? ミスティック・ドールズとしての力を使えないんじゃないの?」
マヤは首を横に振った。
「それはわからないわ。慎一郎は五年前にミスティックを投与された実験体だった。だから、成人を迎えてもミスティックに適合できたのかもしれない。あるいは、五年前のミスティックとは別のミスティックという可能性もあるわ」
「そんな……」
ゆかは言葉を失った。これでますます霧生の真犯人説が有力となる。
「警察では今回のことで捜査本部が相当混乱している。マヤくんが霧生を利用して殺人を犯したのではないかと疑うものがいるくらいだ」
「そんな。マヤちゃんは絶対に人殺しなんかしない!」
「無論だ。わたしもマヤくんを信じている。だが、警察上層部はそうは見ていない者もいる。被害者であるふりをして、すべての事件を起こしているんじゃないかとね」
「絶対に違う。マヤちゃんはいつもわたしを助けてくれたんだから……」
ゆかが小刻みに肩を震わせていると、マヤはゆかの手を握った。
「ゆか。あたしは疑われても仕方ない立場なのよ。あたしはミスティック・ドールズでありながら、ミスティックを無効化する治療をしていないからね」
「わたしは絶対に信じてるからね。さっきだってずっと一緒にいたんだから、殺人なんかできるはずないよ。いざとなったらどこへでも行って無実だって証言する」
ありがとう、とマヤは微笑んだ。
「とにかく誰が犯人であろうと、警察関係者に犠牲が出たことは大いに問題がある。こんな簡単に殺されるようでは警備の意味がなくなる。かといって、いつ狙われるかわからない以上、警備の人員を無駄に増やすわけにもいかん」
「でしたら、しばらくホテル暮らしをされたらいかがです?」
篠崎がマヤに声をかける。
「都内のホテルでしたら警察の方々の目も届きやすいですし、もし霧生様が近づいたとしてもすぐにわかるのでは? まして、マヤ様が疑われているのならば、なおさらホテルに住んでいれば疑いも晴れるのではありませんか」
篠崎の提案に、遠鳴警部もうなずく。
「確かにもうマヤくんのわがままを聞いていられる状況ではない。警察としても三人を警察の管理下に置けば、あやしい人物が近づいても対処できる。ゆかもマヤくんと一緒ならホテル暮らしでもかまわんだろう?」
「うん。わたしはマヤちゃんと一緒ならどこでもかまわない。マヤちゃんもいいよね?」
「残念だけど、それは承諾できないわ」
えっ、とゆかはマヤの顔を見る。
「ゆかと篠崎をホテル暮らしさせることに異論はないわ。でも、あたしはここに残る」
「どうして? もうここにこだわっている場合じゃないよ」
「勘違いしないで。あたしはもう墓守をするために残るんじゃないの」
「だったら、どうして?」
「真犯人がミスティック・ドールズを利用してあたしたちを狙ってるのだとしたら、誰がミスティック・ドールズなのかわからないでしょ? 誰に狙われるかわからないのに、あたしたちを守ることなんてできるの? 無駄に犠牲者を増やすだけよ」
「それはそうだけど」
「まして、相手はひとりとはかぎらないのよ? もし何人も大勢のミスティック・ドールズが襲いかかってきたらどうするつもり? 一般人にだって被害が出るかもしれない。ここならあたしだけが犠牲になればすむでしょ」
「そんなこと言わないでよ!」
思わず立ち上がって叫ぶと、マヤは目を丸くした。
「わたしはマヤちゃんに死んでほしくなんかない! 絶対に死なせたりなんかしない!」
「でも、真犯人はあたしを精神的になぶるために多くの人間を犠牲にしてる。あたしが死ねばすべて終わるのよ。あたしはこれ以上誰かを犠牲にして生きたくないの」
「ねえ、マヤちゃん。マヤちゃんを失ったら、わたしがどんな気持ちになるか考えたことある?」
えっ、とマヤの目が見開かれる。
「マヤちゃんがわたしを失いたくないように、わたしだってマヤちゃんを失いたくないよ。わたしに、もうこれ以上お母さんのときや夏子お姉ちゃんのときの想いをさせないでよ」
ゆかはマヤの肩に顔をうずめる。
「お願い。お願いだから……」
「ごめん。ごめんなさい。あなたの気持ちはわかったから」
マヤはゆかの頭をぎゅっと力いっぱい抱きしめる。
「〝名探偵と助手はいつも一緒〟よね」
マヤのめずらしい冗談に、ゆかは泣きながら笑った。
「そういうわけだから、遠鳴警部。一晩考えさせてくれないかしら」
「わかった。ただ、犠牲者が出た以上、責任者として八王子署員を残しておくわけにはいかない。翌朝までに上層部と協議して本庁の機動隊をこちらの警備に当たらせるよう取りつける」
了解、とマヤは淡々と受け答える。
「篠崎。あなたは警察に行って、あたしの代わりに事情聴取を受けてきて」
「しかし、お嬢様とゆか様のおふたりだけでは危のうございます」
「だいじょうぶよ。これだけ騒ぎが大きくなったんだもの。誰が犯人だとしても、犯人はいままで時間をかけてあたしをいたぶってる。すぐには襲ってこないはずよ」
マヤがきっぱり告げると、篠崎は渋々了承した。
「わかりました。お気をつけくださいませ、お嬢様」
そう言うと、篠崎は遠鳴警部に伴われて、部屋から出ていった。
ゆかはどっと疲れが出て、マヤの肩にもたれかかった。
「ゆか。あなたすこし眠りなさい。疲れたでしょう?」
「だいじょうぶ。また眠ってひどいことが起きたらいやだもん」
ゆかがぎゅっと手を握ると、マヤはやさしく微笑んだ。
「勝手になさい」
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