第35話 鳥籠の館に眠る記憶8

「――そして、あたしはあなたのお父さんと出会ってあなたを連れて逃げたの」

 すべての話が終わる頃には、夜が白々と明けようとしていた。

「篠崎は翌日に森の中で発見されたわ。右足を暁人に刺されていたけれど、大した怪我じゃなかった。暁人に見つかったときにミスティックの治療薬とデータを隠しておいたらしいの」

 話を聞きいているうちに、だんだんとゆかの封じられた記憶がよみがえっていった。

 母が殺されたときに側にいた女の子や、鉄格子の向こう側で泣いていた女の子、研究所の爆発からゆかを守って足に大怪我を負った女の子のことなどが次々と鮮明に思い出されていく。

「研究所がすべて燃えたせいで死体は、もう誰が誰のものかわからなくなってた。あたしは祖父から受け継いだ財産で研究所と屋敷をすべて取り壊して、図書館として建て直したの。もう二度とミスティックとミスティック・ドールズをよみがえらせないために」

「思い出したよ。マヤちゃんが歩けなくなったのは、わたしのせいだったんだね」

 ゆかがマヤの両足を撫でていると、マヤは首を振った。

「これはあなたのお母さんを助けることができなかった罰なの」

「違うよ。マヤちゃんはわたしのお母さんを守ろうとしたし、わたしのことも命懸けで助けてくれたんだよ。いまわたしが生きてるのだってマヤちゃんのおかげなんだから!」

 ゆかがマヤの体に抱きつくと、マヤの体がびくんと震えた。

「どうしてゆかはそんなにやさしいの? あたしはあなたに殺されても仕方がないのよ。お母さんを守れなかったばかりか、あなたの大切なお姉さんも巻き添えにしてしまった……」

「マヤちゃんこそ、もう自分を責めないで。わたしはマヤちゃんに会えて、すべてがわかってすごくうれしいよ。だから、もうあんな場所でひとりでいようとしないで」

 ふと気づくと、ゆかの頬にあたたかいものがかかっていた。

「ごめんなさい、ゆか。あたしはあなたにずっとあやまりたかった」

 いつも気丈に振る舞っていた女の子が泣いていた。

「違うよ、マヤちゃん」

 えっ、ととまどった声が返ってくる。ゆかは体を離すと、マヤに笑顔を向けた。

「こういうときは〝ありがとう〟って言うんだよ」

 マヤは目を丸くしていたが、

「……うん。ありがとう、ゆか」

 涙目で微笑むマヤは、年相応のかわいらしい顔だった。

 あんなに気丈に振る舞っていても、まだたった十四歳の女の子なんだ。ひとりで過ごす日々はどれだけつらかっただろう。何度も自分を責め続けながら苦しんでいた。それがわかるから、マヤを責める気にはなれない。

 これからはマヤを支えていこう。彼女がもう自分を責めないように。もう暗闇に閉じこもらないように。精いっぱいの笑顔で彼女を抱きしめていこう。

「マヤちゃんの笑顔ってかわいい。もっとよく見せて」

「ばか。こんなときになに言ってんのよ」

 あわてて涙を拭き取り、赤い顔でうつむくマヤはかわいかった。

 もう迷わない。ゆかができることは、体が不自由なマヤを力で手助けすることじゃない。

 狂気と陰鬱な感情の暗闇から名探偵を守ることも、きっと助手の務めなんだから。

(そうだよね。お母さん、夏子お姉ちゃん)

 母のことも夏子のことも思い出すと、胸が裂かれるように痛い。だけど、マヤと一緒なら前を向ける。だから、この事件が解決するまでもう泣いたりなんかしない。

「絶対この事件を解決しようね」

「当たり前よ」

 目を真っ赤に腫らしながら言うから、なんだかおかしかった。

 ゆかがくすくすと笑っていると、マヤも微笑んだ。

 真夏の白い陽射しがふたりの顔を照らした。

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