第29話 鳥籠の館に眠る記憶2

 ゆかはマヤの顔を見たまま動くことができなかった。

「マ、マヤちゃんもミスティック・ドールズなの? どういうこと?」

 ゆかには信じられなかった。マヤもミスティック・ドールズだなんて。けれど、マヤの指先にはコンタクトがある。よく見れば、そのコンタクトはどうやらカラーコンタクトのようだ。

「でも、あたしはあなたたち〝失敗作の人形〟じゃなく、真の〝神秘の人形〟なの」

「ミステイクドール? 真のミスティックドール?」

「ちょっと待って。順番に話すから」

 マヤはコンタクトで目を覆う。

「この間の霧生の説明のとおり、ことの発端はある科学者が人間の脳細胞や体の細胞に刺激を与えて人間の身体の成長を促進させる新薬を発明したこと。それがミスティック。すべての事件の元凶よ」

 マヤは大きくため息をついた。

「人間の脳や細胞には、まだ解明されていないブラックボックスが多く残されている。脳や細胞の成長を自在にあやつることができれば、難病を治療したり老化を防いだりと人間の可能性をいまよりも広げることができると考えたの」

 マヤはかみ砕いて説明しているつもりだろうが、ゆかにはまったくわからない。

「その科学者は元々難病に苦しむ孫娘のためにミスティックを開発したの。けれど、ミスティックの開発に取り憑かれた科学者は、非合法の人体実験を何度もおこなった。ミスティックの強力な化学物質は人間の脳を破壊して廃人のようになったの」

「じゃあ、その孫娘もミスティックのために死んだの?」

「いえ、その孫娘は唯一ミスティックに適合した人間だった。孫娘はミスティックのおかげで難病を克服したけれど、同時に同世代の子供たちとは、けた外れの知性や運動能力を手に入れることができたの。そこで科学者は、脳が未発達な子供ならばミスティックに適合するんじゃないか、と子供たちを誘拐するようになったの」

 マヤは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「科学者はあらゆる子供たちに無理やりミスティックを投与した。そうすると、子供たちは孫娘以上に天才的な能力を発揮するようになったのよ。プロのスポーツ選手と同等の運動能力や、数学者顔負けの計算ができる子供たちが生まれたわ。でも、ほとんどの子供が理性を失って欲望に忠実となって、犯罪に走るようになったの」

「どうして孫娘だけは適合したの?」

「わからない。まだミスティックが実験段階だったということもあるでしょうけど、途中から科学者の目的が変わったのも原因でしょうね。治療薬としてのミスティックではなく、人間の能力をどこまで引き出せるかという薬へと変えていったから」

「わたしも誘拐されてミスティックを投与されたの?」

 マヤは苦々しくうなずく。

「じゃあ、いつかわたしも水瀬さんたちミスティック・ドールズみたいに理性が壊れるの?」

「心配しないで。ゆかはミスティックを投与されて効果が出る前に警察に保護されて、ミスティックを無効化する治療薬を投与したから」

「でも、どうしてわたしの目がときどき青白く光るの?」

「それはたぶんミスティックの後遺症なの。あなたが警察に保護されたとき、ミスティックを無効化する治療薬は開発されたばかりだったからね。でも、警察はあなたを監視していたけど、あなたがミスティックで暴走することはなかった。安心していいわ」

 マヤの説明を聞きながら、ふとゆかは疑問に思った。

「どうしてマヤちゃんはそんなにくわしく知ってるの? ミスティック・ドールズで誘拐された子供たちは、わたし以外は全員五年前の記憶が残ってるの?」

「いいえ。他の子も全員ミスティックを無効化する治療をしたときに記憶を消してるわ」

「じゃあ、どうしてマヤちゃんだけ……」

 マヤは一瞬のためらいの後、弱々しくつぶやいた。

「あたしの祖父がミスティックを開発した科学者だったからよ」

「お祖父さんが? じゃあ、まさか……」

「そう。あたしがミスティックを開発した科学者の孫娘なの」

 マヤの祖父がミスティックを開発しただなんて。しかも、ミスティックを投与した人間がおかしくなるのを知っていながら、孫娘にさえもミスティックを投与するなんて。

「それならマヤちゃんだって被害者じゃない」

「言ったでしょ? 最初にミスティックを開発したのは孫娘の命を助けるためだって。あたしは、祖父が人体実験をくり返しているのを知っていながら祖父をとめることができなかった」

 マヤは顔をゆがめた。

「でも、マヤちゃんが負い目に感じることなんてないじゃない。お祖父さんがミスティックを開発したんでしょ? マヤちゃんの命が助かったこととお祖父さんがミスティックを悪用したことは関係ないよ」

「違うの。あたしが負い目に感じてたのは、あなたのお母さんを殺してしまったからなの」

 えっ、とゆかは言葉を発したまま凍った。

「――ど、どういうこと?」

「ゆかのお母さんはあたしの実験に巻き込まれて死んだのよ」

 マヤは長い前髪で目許を隠した。

「全部話してあげる。五年前になにが起きたのか……」

 そうしてマヤは五年前のことを語りはじめた。

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