第28話 鳥籠の館に眠る記憶1
「ゆか!」
マヤが病院に到着したのは午前三時だった。
ゆかは病室でぼんやりとしていた。あまり病院に運ばれるまでのことはよく憶えていない。動かない夏子を揺さぶり続けていたら、いきなり警察と救急隊が駆けつけて無理やり夏子から引きはがされた。
夏子の名前を何度も呼んで暴れていたら、救急隊員に担架に押さえつけられて運ばれた。
そして、医者に鎮静剤を打たれた途端、頭がぼんやりしてなにも考えられなくなった。
「マヤちゃん。これどういうことなの? どうして夏子お姉ちゃんが……」
マヤの顔を見た途端、涙があふれてきてマヤの体に抱きついた。
「……ごめんなさい、ゆか。すべてあたしの責任よ」
マヤはゆかを抱きとめてしっかりと頭を抱いてくれた。
「ねえ、マヤちゃん。わたしもミスティック・ドールズなの?」
その質問をした瞬間、マヤの体が硬直し、目が大きく見開かれた。
やはりマヤはゆかがミスティック・ドールズのひとりということを知っていた。
「お母さんは交通事故で死んだんじゃなかったの? お母さんは誰かに殺されたの?」
母が殺された悪夢を再現したような夏子の殺人事件。偶然にしてはできすぎている。
あれは本物の記憶じゃないだろうか。だとしたら、母が交通事故で死んだという記憶は偽物で、ほんとう悪夢と同じように殺されたんじゃないだろうか。
なにがほんとうの記憶で、なにが偽物なのかもうわからない。
ただひとつわかっているのは、自分もミスティック・ドールズのひとりだということ。あの青白く光る目は確かに水瀬華乃や吉岡貴と同じものだった。だとしたら……。
「もしかして、わたしが夏子お姉ちゃんを殺したの?」
それは一番考えたくなかったことだった。
水瀬華乃は事件のことをなにも憶えていなかった。知らない間に真犯人がミスティックを自分に植え付けてあやつっていたのだとしたら、気づかない間に夏子を殺すことだって……。
「ねえ、そうでしょ。わたしがお母さんと夏子お姉ちゃんを殺したんでしょ」
「違う! あなたは誰も殺してなんかないわ」
「だったら、答えて! わたしにどうしてミスティックがあるの?」
「それは……」
マヤはまた目をそらした。ゆかはマヤの肩に爪が食い込むくらい強く掴んだ。
「もうごまかさないでよ。このままじゃきっとわたしマヤちゃんを憎んじゃう。夏子お姉ちゃんが殺されたのはマヤちゃんのせいだと思い込んじゃう。でも、そんなの嫌だ」
「……ゆか」
「わたしは真実が知りたいの。お願いだからほんとうのことを全部教えてよ」
マヤは目をかたく閉じた後、振り返って看護師と刑事に伝えた。
「お願い。この子とふたりきりにさせて」
「なにを言ってるんだ? 彼女は重要参考人だぞ。しかも、かなり精神的に不安定な状態にある。そんな人間を君みたいな子供と一緒にさせておけるわけがないだろ」
「あなたたちがいるほうが、この子の心を不安にさせるのよ。あたしはこれからこの子に大切な話をしなくちゃいけないの。あなたたちがいると邪魔なのよ」
「大切な話? なんなんだ、それは」
「あなたたちの前で話す義務はないわ」
「そんな世迷い言でふたりきりになどしておけるものか!」
「じゃあ、あなたたちはこの子を殺したいの?」
マヤが感情をあらわにして叫ぶ。こんなに感情を表に出すマヤを見るのははじめてだった。
「どういう意味だ、それは」
「この子はいま自分が木之本夏子を殺した犯人だと思い込んでいる。あたしを憎むと言いながら、ほんとうは自分を憎んでる。この子は他人を殺すくらいなら自分の死を選ぶ子だわ。ふたりきりできちんと話をしなければ、この子は罪悪感から自殺するかもしれないのよ」
「だから、わたしたちが見張る必要があると言ってるんだ」
「あなたたちに、この子のなにがわかるっていうの!」
マヤの子供とは思えない迫力に気圧され、さすがの刑事たちもひるむ。
「あたしはゆかを失いたくない。ゆかをこれ以上追いつめるくらいなら、真実をすべて話してあたしが憎まれるほうを選ぶ。あたしはゆかに憎まれてでも、この子に生きててほしいの」
「だが、ふたりきりにして万が一のことがあったら……」
「ならば、わたしがすべての責任を負おう」
病室の扉から四十代後半の男があらわれた。頭には白いものが混じっているものの、肩幅が大きく、身長も高いために、かなり相手に威圧的な印象を与えるだろう。
「ま、まさか警視庁の遠鳴捜査一課長?」
刑事たちはいっせいに敬礼した。マヤは皮肉っぽい笑みを浮かべた。
父の姿を見た途端、またゆかの目に涙があふれ出した。
「……お父さん、わたし」
父はゆかの元に歩み寄ると、娘の体をぎゅっと抱きしめた。ひさしぶりに抱きしめられた父の腕はあいかわらず大きくて、あたたかくて、自然と嗚咽がもれてきた。
「お父さん。夏子お姉ちゃんが……、夏子お姉ちゃんが……」
「すまない、ゆか。マヤくんを責めないでくれないか。わたしにも責任がある。おまえの記憶を変えるように指示したのはわたしなんだ」
「……やっぱりお母さんは交通事故で死んだんじゃないの?」
「ああ。お母さんはミスティック・ドールズに殺されたんだよ。そして、おまえもミスティック・ドールズにされかけていた。もしお母さんを殺された事実と自分もミスティック・ドールズのひとりだと知れば、心が壊れてしまうと思ったんだ。だから、すべての記憶を変えることにしたんだよ」
それが交通事故で死んだという記憶だったのか。
「おまえにはあかるくて健やかに育ってほしかった。けれど、ミスティック・ドールズがふたたび事件を起こしはじめた。だから、おまえを守るためにマヤくんに会わせたんだよ。それがまさかこんなことになるとは……」
見上げた父の顔は、いまにも泣きそうな顔をしていた。父もマヤと同じように必死に罪悪感を抑えつけていたのだろう。
「お願い。遠鳴警部。ふたりきりで話をさせて」
「ああ。すまないが娘を頼む」
「わかってるわ」
遠鳴警部は苦笑して立ち上がると、刑事たちに退出するようにうながした。刑事も看護師も渋々といった様子で病室から退出していく。
「病室の前にいる。なにかあったら呼んでくれ」
「出ていく前に部屋のあかりを消して」
遠鳴警部は病室のあかりを消して外に出て行った。
病室はうっすらと青白い月明かりが病室に射し込むだけとなった。病室の大きな窓からライトアップされた新宿や六本木の高層ビル群が見えるが、病院のまわりの住宅街はまだ眠りについたまま静まりかえっていた。
「ゆか。最初にあなたに言っておかなければいけないことがあるの」
マヤはおもむろに自分の両目に触れた後、ゆっくりと顔をあげた。
その瞳は月明かりを浴びた途端に、青白い光を放った。
「マ、マヤちゃん。その目は……」
マヤは悲しげに微笑んだ。
「そう。あたしもミスティック・ドールズなのよ」
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