第24話 人形の家の惨劇4
夏休みも終わりに近づいた頃、ゆかはなんとなく毎日を過ごしていた。
合気道の練習にも身が入らず、家でごろごろと携帯電話をながめる日々だった。
携帯電話の受信メールには、マヤからのメッセージが入っている。
『ゆか。絶対にひとりにならないようにして。家の鍵は必ず閉じて。夜は絶対にひとりで外出しないで。人通りの多いところにもまわりに注意しなさい』
マヤはどんな思いで、このメールを打ったのだろう。
携帯電話で毎日マヤとお互いの無事を確認しあっているし、霧生も毎日マヤとゆかの家を交互に訪れて無事を確認している。けれど、マヤのことが心配でたまらなかった。
『ゆか、お願い。あたしの言うことを聞いて。あたしはあなたを失うわけにはいかないの』
あんなに動揺しているマヤを見るのははじめてだった。
いつもはほとんどメールの返事をくれないのに、最近は毎日マヤのほうからしょっちゅうメールが送られてくる。〝だいじょうぶ?〟とか〝問題ない?〟とかゆかを心配する内容ばかりで、こちらのほうが逆に心配になるほどだった。
それほど今回の事件はマヤにショックを与えているみたいだった。
いますぐ斎図書館に行って、マヤに会いたい。会って側にいてあげたい。
(いつもマヤちゃんは、わたしのこと思ってくれてたんだ)
マヤが誰もを遠ざけたのは、誰も傷つけたくなかったから。自分にかかわることで誰かに危険がおよぶのを怖がっていたから。
だから、わざと突きはなすような態度を取って、いつもひとり図書館で本を読んでいた。
(でも、そんなの悲しすぎるよ)
携帯電話の中のマヤの顔を見ていたら、涙が零れてきた。
マヤのためになにかしてあげたい。
なんの役にも立てないかもしれないけど、側にいてあげたい。携帯電話で連絡を取り合うだけなんて嫌だ。ずっと側にいて彼女のさびしさをやわらげてあげたい。
だけど、それはマヤからも霧生からもとめられた。ミスティック・ドールズたちをあやつる真犯人がマヤとゆかの関係を知れば、必ずゆかを襲ってくるはずだ、と。
ゆかはそれでもかまわなかった。
自分が囮になることで真犯人を誘き出すことができるのなら、事件もはやく解決するし、マヤの不安も取りのぞける。だけど、それを話したらマヤに激怒された。
『ばかなこと言わないで。あなたが死んだら、遠鳴警部はひとりきりになるのよ。あなたは父親をひとりぼっちにさせる気なの?』
父のことを出されるとつらい。最愛の妻を亡くて娘まで亡くしたら、父もひとりになってしまう。だけど、いつもひとりぼっちのマヤも放っておきたくなんかない。
「……どうしたらいいの?」
頭の中がめちゃくちゃでどうすればいいのかわからない。
ベッドに顔を押しつけていると、ふいに自宅の電話が鳴り響いた。
どうせマンションか保険の勧誘だろう。知り合いなら、携帯電話にかけてくるはずだ。
ゆかは放っておいたのだが、電話はいつまでもしつこく鳴り響いている。
「ああ、もう! しつこいなあ!」
マヤのことで頭がいっぱいなのに、こんなときに余計な気を遣わせてほしくない。
「もしもし! いま忙しいから後にしてくれませんか!」
声にも自然と険が出てしまう。
『あの、ゆかちゃん? 夏子ですけど』
「な、夏子お姉ちゃん?」
相手が夏子だと気づいて、あわてて声の調子を変える。
『ゆかちゃん。もしかして取り込み中だった? だったら、また後で電話をかけ直すけど』
「い、いえ。平気です。ちょっといらいらしてたから」
あはは、とわざとらしく笑う。なんてタイミングが悪いんだろう。
「でも、家にかけてくるなんてめずらしいですね。なんで携帯じゃないんですか」
『携帯が壊れちゃってね、メモリーが全部消えちゃったのよ』
夏子は恥ずかしそうに言う。
「それで、えっと、何の用ですか?」
『今晩うちに泊まりに来ない?』
「えっ? 夏子お姉ちゃんの家にですか?」
『うん。今日からうちの両親旅行に出かけちゃったし、ゆかちゃんのお父さんも今日は泊まりでしょ? だったら、せっかくだから女同士で一晩ゆっくり話せないかなって』
「話って言っても、毎日のように話してるじゃないですか」
『そうなんだけどね。ゆかちゃんにいろいろと聞きたいことがあって』
ここまで言われて、ようやくゆかは夏子の目的がわかってきた。
そうか。夏子は霧生のことが知りたいんだろう。普段喫茶店には夏子の母親がいるし、自宅には父親もいるから、なかなか霧生のことをゆかに聞くことができないんだ。だから、両親がいないいまなら、ゆっくり話すことができると思ったのだろう。
「わかりました! だったら、いまからすぐ秋桜亭に行きますね」
『あっ。ううん。いま大学からかけてるの。五時頃に駅で待ち合わせをして夕飯の買い物をして行かない? ゆかちゃんの食べたいものも知りたいし』
「はい! 今日はとことんお供いたします」
五時に駅前で待ち合わせをすることを約束して電話を切った。
本音はマヤやミスティック・ドールズ事件のことで余裕がない。だけど、いつも世話になっている夏子が霧生のことで相談したいというのなら手伝ってあげたい。
いまは午後四時。まだだいぶ時間がある。
駅前の本屋で立ち読みでもしてようかな、と考えていると、また自宅の電話が鳴り響いた。
「もしもし。夏子お姉ちゃん? なにか言い忘れたことでも……」
『遠鳴ゆかか?』
それは夏子ではなかった。ノイズ混じりの不気味な声だった。
男か女かもわからない。ボイスチェンジャーでも使っているらしい。
「誰ですか? 変ないたずらはやめてください」
『忠告する。命が惜しくば、これ以上斎マヤに近づくな』
「どうしてマヤちゃんのことを……まさか!」
これがミスティック・ドールズをあやつってマヤを脅している真犯人じゃないのか。恐怖よりも怒りのほうがあふれてくる。こんな自分の声も出さないようなやつに負けてたまるか。
「マヤちゃんを脅している犯人? そうでしょ?」
『斎マヤを信用するな。おまえはあの女にだまされている』
「そんなことない。マヤちゃんはやさしくていい子なんだから」
『おまえの母親は交通事故で死んだわけじゃない。母親が殺されたのは斎マヤが原因だ』
「なっ?」
なにを言ってるんだろう、この相手は。
「なにばかなこと言ってるの。お母さんは交通事故で死んだのよ。マヤちゃんは関係ない」
『おまえの記憶は変えられている。斎マヤとそのまわりの人間には充分気をつけることだ』
「いったいどういうことなのか説明して!」
ゆかが相手に怒鳴ったときには、もう電話は切られていた。
わけがわからなかった。いきなり電話をかけてきて意味不明なことを口走るなんて。やはり相手はミスティック・ドールズをあやつっていた真犯人なのだろうか。
窓から外を見ると、夕陽の赤がなぜか血の色に見えた。
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