第19話 マリオネットたちの暴走9
霧生の車は首都高から東名高速道路へと入っていく。
ゆかは押しつぶされそうになる心を必死におさえこんでいた。せっかくマヤが助けを求めてきたのに、このままなにもできずにもしものことがあったら一生後悔する。
絶対にだいじょうぶ。マヤは無事に生きている。ゆかが助けに来るのを待っている。
何度自分に言い聞かせても、さっきから体の震えがとまらない。
「心配しないでもだいじょうぶだよ。きっとマヤくんは無事だから」
「わたしがマヤちゃんの気持ちに気づいていたら、こんなことには……」
「ゆかくんのせいじゃないよ。マヤくんはミスティック・ドールズのことは、警察や誰にも手を借りずに自分ひとりで事件を終わらせようとしていたんだ」
「じゃあ、やっぱりマヤちゃんが連れ去られても事件の犯人を見つけたから、ですか」
「そうだろうね。ぼくのところに過去五年間に国体に出場した陸上選手全員の個人情報を集めるように依頼してきたからね」
これがばれたら免職だけどね、と霧生は笑ってつけ加えた。けれど、ゆかには霧生の冗談に笑う余裕なんかなかった。
「そのリストからたぶん今回の犯人に目星をつけたんじゃないかな。そして、ひとりで会いに行って逆に相手に連れ去られることになった」
「どうしてそこまでひとりでなんとかしようとするんですか。いくら頭がよくても、たった十四歳なんですよ。あんな怪物みたいな相手に敵うわけないじゃないですか」
「それでもひとりで解決しなければいけない理由があるんだろうね」
ゆかにはわからない。
ミスティック・ドールズとマヤの関係がどんなものなのかはわからないけれど、あんな異常な犯罪者たちにたったひとりで立ち向かって勝てるわけがない。
もしかしたらマヤが大人びた態度も、重い過去があるからなんだろうか。
そんなことを考えている間にも、車は東名高速道路の厚木インターチェンジをおりて、厚木市内をぐるりと回り、相模川の小田急線の鉄橋の側に到着した。
車が到着した途端、ゆかはシートベルトを外すのももどかしく、急いで車から飛び出た。
深夜の河川敷は闇に覆われて、草むらが生い茂る光景しか見えない。
「マヤちゃん! マヤちゃん!」
ゆかは草むらに飛び込んで何度もマヤの名前を呼んだ。ひとりでどんどん茂みの奥へと向かっていくと、背後から霧生に腕を掴まれた。
「ゆかくん、すこし落ち着いて。やみくもにさがしてもだめだよ。ほら、これを持って」
そう言って、霧生に懐中電灯を手渡された。
「ぼくは鉄橋から下流のほうをさがす。君は上流のほうをさがすんだ。ぼくのプライベート用の携帯電話を貸すから、なにかあったらすぐに連絡するんだよ。不審な相手や小屋を見つけても絶対ひとりで先走らないこと。約束できなければ、いますぐ君を連れて帰る」
「わかりました。約束します」
ゆかが真剣な表情で告げると、霧生は微笑んだ。
「じゃあ、行こう」
ゆかと霧生は小田急線の鉄橋から上流と下流にわけて小屋をさがしはじめた。
河川敷はかなり広いものの、整備されている場所と整備されていない場所とではずいぶんと雰囲気が違っていた。整備されている場所は草もきれいに刈り取られているが、整備されていない場所は背丈の高い草が所せましと生えている。
「マヤちゃん! マヤちゃん!」
必死にマヤを呼びながら、ちりひとつ見落とさないつもりでさがしまわった。
やがて十五分ほどさがしていると、草むらの中に建つ一軒の小屋を見つけた。
元々公園の清掃道具用の建物か浮浪者が勝手に建てた建物だろう。太い木が組み合わされた上に青いビニールがかぶせられている。川が増水したら流されてしまいそうな建物だ。整備されていた散歩コースからはずれているために、誰も小屋には近づかないだろう。
(もしかしたら、あそこにマヤちゃんがいるかも……)
ゆかは急いで小屋に向かおうとしたが、霧生との約束を思い出して携帯電話をかけた。
「霧生さん。不審な小屋を見つけました」
『わかった。すぐに行く。くれぐれも勝手な行動はしないで』
はい、とゆかはうなずいて電話を切った。
ゆかが小屋の様子をうかがいながら待つこと五分。
「お待たせ。あれだね?」
駆けつけた霧生に、ゆかはうなずく。
霧生はゆかをかばうように先頭に立って小屋へと向かった。かなりの年月を風雨にさらされたのか、いまにも崩れ落ちそうな気配だった。湿地に囲われているために、歩くたびに泥の中に足が沈んでいく。
ようやく小屋にたどり着くと、小屋の扉には鎖と南京錠が掛けられていた。
霧生が慎重にとんとんと扉をたたくと、
「誰? 誰なの?」
弱々しいが、しっかりした声が返ってきた。
それだけで頭の中が真っ白になりそうだった。たった数時間前に聞いた声がこれほど懐かしく聞こえるなんて。はやくマヤの顔が見たい。見たくてたまらない。
「マヤちゃん!」
「ま、まさかゆか? なんでゆかがここにいるの?」
「霧生さんに連れてきてもらったの」
「慎一郎、なんでゆかを連れてきたの?」
「説教はあとでいくらでも聞く。いまは君を助け出すことのほうが先決だ」
ゆかと霧生は同時に扉に体当たりした。木造の扉は二回体当たりしただけで簡単に壊れてしまった。月明かりがぼんやり射し込む中、真紅のドレスの少女が物置に押し込まれた人形のように座っていた。
「マヤちゃん!」
ゆかが大声で叫ぶと、急いでマヤに駆け寄った。
「怪我は? 痛いところない?」
「だいじょうぶよ。スタンガンで気絶させられただけだから」
マヤはどこかばつの悪そうな顔をしていた。口げんかしたからか、弱音を吐いたからかわからないけれど、そんな気恥ずかしそうな表情もたまらなく愛しかった。
「マヤちゃん!」
もう一度名前を叫ぶと、マヤの体を抱いて、わっと声をあげて泣いた。体中の緊張が解放された途端、全身からため込んでいた不安が涙となって零れてくる。
「ゆか。なんで来たりしたの?」
「だって……、だって……」
マヤの体を抱いて号泣するゆかを見て、霧生はくすりと笑うと、
「マヤくん。自分を命懸けで助け出しに来た相手に言う台詞が違うんじゃないの?」
しばらくのためらいの後、マヤはゆかを抱きしめ、ぎこちなく言った。
「……ありがとう、ゆか」
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