第18話 マリオネットたちの暴走8

 霧生たち刑事三人がゆかの自宅に来たのは、一時間もかからなかった。

「霧生さん!」

 ゆかはたまらずに霧生の体に抱きついた。霧生もしっかりとゆかの肩を抱いた。

「マヤちゃんが……、マヤちゃんが……」

「だいじょうぶ。電話をしたってことは、まだ生きてる証拠なんだから」

「でも、電話が途中で切れたってことはマヤちゃんの身になにかあったのかも」

「悪いほうへ考えるよりもいまは自分たちがすべきことを考えよう。いいね?」

 はい、とゆかはうなずく。

「でも、機械嫌いのマヤくんがなんでまた携帯電話なんか持ってたんだい?」

「それはわたしが無理やり渡したんです。すこしでも仲良くなりたくて」

「なるほど。さすがゆかくん」

 霧生はゆかの頭を撫でる。

「それで、マヤくんの携帯にはGPSはついてないの?」

「いえ、一番安くて余計な機能が付いていないものを選んだから……」

 申し訳なくうつむいていると、霧生が肩をたたく。

「ゆかくんのせいじゃないんだから気にしなくていいよ。まだ携帯電話を無理やりにでも持たせてよかったくらいなんだから」

「通話記録からおよその位置はわからないんですか?」

「いま電話会社に協力してもらっているが、位置を特定するにはまだ時間がかかるらしい」

「でも、マヤちゃんは東名高速が近くにある河川敷の小屋にいるって」

「まだそれが正しいかどうかわからないじゃないか。彼女は目隠しされてるんだろ。なのに、なぜ自分がいる場所が東名高速付近の川だとわかったんだい?」

「どうして信じてくれないんですか。霧生さんはマヤちゃんが心配じゃないんですか?」

 つい霧生に八つ当たりをしてしまう。

「もちろん心配だよ。でも、犯人がほんとうにお台場から首都高を使ったのだとしても、首都高に何本高速道路がつながっていると思ってるの? その高速道路が通過する川は山のようにあるんだ。通話記録からおよその場所が特定されるまでやみくもに動くべきじゃない」

「だったら、わたしひとりでさがしに行きます」

 ゆかは立ち上がると、玄関に向かおうとした。

「ゆかくん。ばかなこと言わないでくれ。まさか東名高速が通過する川をかたっぱしから調べるつもりじゃないだろうね?」

「でも、マヤちゃんの身にもしものことがあったらどうするんですか? 瀬戸さんのときみたいに、傷を負わされて一刻もはやく手当てしなければいけないかもしれないじゃないですか。わたしは自分だけ家でのうのうとしてるなんてできません!」

 ゆかが断固とした決意で告げると、霧生は深々とため息をついた。

「ほんとうに君って子は他人のためになると頑固なんだから。わかった。付き合うよ」

「あ、ありがとうございます!」

 霧生は携帯電話の録音記録を自分の携帯電話にコピーすると、ゆかの携帯電話を証拠品として刑事に持たせた。

「――はい。わかりました。お嬢さんからは絶対に目を離さないようにします」

 霧生はゆかの父に連絡を入れると、ゆかを自分の車に乗せた。

「さあ、まずは場所を特定しないとね」

「ご、ごめんなさい。わたしのせいで霧生さんにまでご迷惑をかけて」

「気にしなくていいよ。新米刑事ひとりいなくたって捜査に支障はないし。それに、ゆかくんをひとりで行かせて、もしものことがあったら課長に殺されちゃうからね」

 屈託ない微笑みに、心がすこし楽になった気がした。

「お台場を午後六時から七時に出発していまの時刻に連絡してきたということは、そんな遠くまで行けないはずだ。もしマヤくんの言うとおり、東名高速を利用したとすれば……」

 霧生は首都圏の道路マップを開く。

「川崎でおりて多摩川か、それとも厚木でおりて相模川のどちらかだけど……」

 お台場から二時間以内で到着でき、さらに夕方の混雑を考えれば、犯人がマヤを連れ去った場所は多摩川か相模川のどちらになる。

 けれど、多摩川から相模川まで十二キロもある上に、多摩川や相模川の小屋といっても、上流から下流まで広範囲のために、どこを調べればいいかわからない。

「霧生さん。もう一度携帯電話の録音を聞かせてください。なにか手がかりあるかも」

「わかった」

 霧生は自分の携帯電話にコピーした通話記録を再生する。

 ゆかはどんな音も逃さないように、目を閉じて意識を耳に集中する。ざらざらと砂埃が舞うような音の中に、マヤの声が小さく聞こえてくるだけだ。闇の奥でうずくまる小さな女の子が見えるかのようだ。

『使い方をこれだけしか知らないから、あなたにしか連絡が取れなくて。ほんとうはゆかを巻き込みたくなんかないのに……』

 その言葉を聞いた瞬間、心臓がとくんとはね上がった。

 ようやくわかった。マヤはわざと突きはなすような態度を取っていたんだ。ゆかをこれ以上危険な目に遭わせたくないために。傷ついた姿を見たくないために。

 だったら、どんなことがあっても絶対にマヤを助けてみせる。

『正確な場所はわからない。どこかの河川敷の小屋に閉じ込められてるみたいだけど、目隠しと両手を縛られて逃げることができない。でも、およその場所はわかる。首都高を使って東名高速に入った。たぶんここは……』

 ふとゆかの耳は、か細い声に混じって奇妙な物音を聞き取った。

「霧生さん。もう一度再生してください」

 ゆかはもう一度受話器に耳を押しつけて音を確かめた。甲高い音で耳を突き刺すような音が遠くに聞こえる。この音は学校に通うときに何度も聞いたことがある。この音はまさか……。

「霧生さん。このマヤちゃんの声の後ろで聞こえる音、これって汽笛じゃないですか」

 ゆかにうながされて、霧生もスピーカーに耳を押しつける。

「そうだ。電車の汽笛だ。つまり、マヤくんは鉄橋の側の小屋にいるってことだ」

 あわてて首都圏の道路マップを広げる。

「確か多摩川と相模川には小田急線の鉄橋がありますよね。でも、マヤちゃんが小田急線の鉄橋の側にいることがわかっても、多摩川と相模川のどちらも小田急線が通ってるから、どうやって見分ければ……」

 途方に暮れていると、霧生はくすりと笑った。

「そんなの問題ない。直接小田急電鉄に問い合わせればいいだけさ」

 さっそく霧生は小田急電鉄に電話して、マヤから電話がかかってきた時刻に多摩川と相模川の駅を通過した列車があるかを確認してもらった。

 しばらくの後、小田急電鉄から返答が帰ってきた。

「わかったよ。さっきの電話の時刻に汽笛を鳴らした電車は本厚木を出発した急行だ」

「つまり、相模川ってことですね」

 霧生は笑みを浮かべてうなずくと、車のエンジンをかけた。

「さあ、行こう。マヤくんが君を待ってる」

 ゆかは力強くうなずいた。

「はい!」

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