第16話 マリオネットたちの暴走6

 閲覧室にひとり残されたマヤは、深々とため息をついた。

 霧生から送られてきた書類に目を通していたが、集中できずに手許を見た。

 手許には携帯電話が置かれている。百合の花のストラップがついている。ゆかの携帯電話にも百合の花のストラップがついていた。おそろいのものをプレゼントしてくれたんだろう。

「ほんとうにこれでよろしいのですか」

 気づけば、篠崎がお茶のおかわりを用意して立っていた。

「悪趣味ね。他人の痴話げんかを聞いてるなんて」

「なぜわざと嫌われるようなことをおっしゃったのですか」

 マヤは苦笑する。さすがに篠崎だ。長年一緒にいるだけのことはある。

「仕方ないわ。それがゆかにとって一番よいことだもの。遠鳴警部がなにを考えて、あの子をあたしの元に連れてきたのかはわからないけれど、ここにいればいずれあの子は自分もミスティック・ドールズに関係していたことを思い出すわ」

「やはりあの事件のことはゆか様には隠し通すつもりなのですね」

「……ええ」

 マヤは疲れ切った老婆のような声で言う。

「思い出さないことが倖せなことだってあるもの。五年前の事件を思い出せば、ゆかはどうしようもないくらい傷つく。だから、あたしは側にあの子をおいておきたくない。もう二度とあの子を傷つけたくないもの」

 そう言いながらも、マヤは本心が違うことがわかっていた。

 五年前のミスティック・ドールズ事件の真相を知れば、必ずゆかはマヤを憎む。母を殺した相手としてマヤを嫌う。そんな姿を見たくない。だから、好きな相手からきらわれる前にこちらから突きはなしているだけ。

「……ほんとうに偽善者なのは、あたしなのよ」

 ゆかが偽善者じゃないことは、誰よりもわかっているつもりだ。

 ゆかはいつも相手のことを自分のことと同じように考える。これ以上側におけば、ますますゆかは危険なことに首を突っ込むだろう。

 ゆかを守るためとはいえ、彼女の泣き顔を見るのは胸が締めつけられて苦しかった。

「お嬢様はゆか様をほんとうに好いてらっしゃるのですね」

 マヤは携帯電話を見つめていたが、やがてポケットの中に入れた。

「篠崎。これから出かけるから準備をして」

「これからでございますか?」

 マヤが強くうなずくと、篠崎は閲覧室から退室していった。

「ゆかはもう巻き込ませない」

 ミスティック・ドールズがどうして目覚めたのかは、ひとりで解き明かす。

 マヤは霧生から送られた書類を閉じた。

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