第15話 マリオネットたちの暴走5

二日後、斎図書館でゆかはマヤにプレゼントを渡した。

「……なに、これ?」

 目の前に差し出された真紅の箱形の機械を、マヤは怪訝な目で見ていた。

「えっ? 携帯電話だよ。マヤちゃんに似合うように赤い携帯電話にしてみました」

 大げさにぱちぱちと拍手するが、マヤは不機嫌そうに、

「そんなの見ればわかるわ。そうじゃなくて。なんで携帯電話をプレゼントされるの?」

「やっぱりそれはマヤちゃんともっと仲良くなりたいという気持ちのあらわれで……」

「はあ?」

 マヤはあぜんと携帯電話をながめた。

「これね、簡単なんだよ。ここのボタンを押せばわたしの携帯電話につながるように設定したの。メールもここのボタンを押せば読めるんだよ」

「携帯電話って加入料とか契約料とかかかるんでしょ? それはどうしたの?」

「それは大丈夫。家族割引にしたからすごく安いの。それならおこづかいで払えるし。あっ。でも、しばらく試してマヤちゃんが携帯電話を好きにならなかったらあきらめる」

「なんでそこまであたしにこだわるの?」

「理由がないとだめ? どうしてもマヤちゃんと仲良くなりたいってだけじゃだめ?」

 ゆかが身を乗り出して言うと、マヤはすこし顔を赤らめた。

 だけど、その赤い顔はすぐに外されて、

「何度も言うけど、あたしはあなたと仲良くなんかなりたくないの。それともなに? あたしに親切にするのは、足が不自由で外に出られないあたしをあわれんでるとでもいうの?」

「誤解しないで。そんなつもりじゃないよ」

「ゆか。あなたこそなにか勘違いしてない? あなたは困っているひとがいたら助けてあげたいと思うみたいだけど、それが正しいことだとで本気で思ってるの?」

 マヤが厳しい口調でゆかに告げる。

「わたしは一度もマヤちゃんがかわいそうだなんて思ったことないよ。わたしはただマヤちゃんともっと仲良くなりたいだけなの」

「ふつうはこれだけ拒絶されたら、ほとんどの人間が相手を嫌うものだわ。それでも、あたしと仲良くなりたいと思うだなんて、足が悪いあたしをあわれんでのこととしか思えないの」

「どうしてそんなこと言うの? わたしはマヤちゃんと友達になりたいだけなのに……」

「だったら、どうしておととい通り魔事件の犯人を捕まえようとしたの?」

 急に話題を変えられて、ゆかは面食らった。

「そのこととマヤちゃんのことは関係ないでしょ」

「いいから答えて。なんでひとりで犯人を捕まえようとしたの?」

 うむを言わさぬ声音に気圧され、渋々答えた。

「……それは販売ショップのお姉さんが人質になったからなんとかしなくちゃって」

「でも、結局、無駄な怪我をした上に、犯人を逃がしたんでしょ?」

「それはそうだけど……」

 事情聴取された警察署でもさんざん無謀だと叱られた。

 けれど、父親が警視庁捜査一課課長だとわかると、掌を返したように警察官たちの態度が変わった。どこかの探偵小説のような豹変ぶりで、警察署長まであいさつに来るほどだった。

「ゆか。あなたは困ってるひとが目の前にいると助けずにはいられない人間なのよ」

「でも、困ってるひとがいたら、助けるのは当たり前のことじゃないの?」

「相手のことも自分のこともよく考えずに突っ走れば、まわりに迷惑をかけることもあるの」

 ううっ、とゆかは情けない声を出した。

「これでわかったでしょ? この間はたまたま犯人があなたと同じ年頃の女の子だったから捕まえることができたけれど、本来は素人が犯罪に首を突っ込むべきじゃないの」

「だけど、あれは相手がふつうじゃなかったから……」

「ふつうの相手ってのは、あなたが取り押さえられる相手のことだけでしょ?」

 急に冷たい視線が注がれ、びくっと身が震えた。

「この間の犯人がミスティック・ドールズじゃなくても、もし相手の武器が拳銃だったら、もし相手があなたより強かったら、もし相手が複数だったら、あなたはほんとうに犯人を捕まえることができたと言い切れるの?」

「それは……」

 ゆかが返答に困っていると、マヤは容赦なく斬り捨てた。

「もうつまらない正義感で事件に首をつっこむことはやめることね」

「違う! つまらないことなんかじゃないよ!」

 思わず怒鳴り声をあげると、マヤも面食らったようだ。

「あのとき、目の前で女の子が泣いていたんだよ? 販売ショップのお姉さんが泣いてたんだよ? なのに、わたしは自分の命が惜しいからって見捨てることなんてできない!」

 両目からいつの間にか涙があふれてきた。

 犯人の男に刺された若い母親も販売ショップの女性も命には別状はなかった。けれど、全治一ヶ月の重傷とのことだった。

 もうすこしゆっくり歩いていれば、ナイフを持った犯人を見つけていたかもしれない。もっとはやく階段を駆け上がることができたら、販売員の女性が刺されることがなかったかもしれない。そう思うと、たまらなく悔しかった。

「なんでそんなに人助けをするの? 所詮はあなたにとって赤の他人なのよ?」

「わかんないよ。どうしてこんな気持ちになるのか自分でもわかんないよ。でも、わたしは誰かが悲しんだり苦しんだりする顔は見たくないの!」

 ほんとうにどうしてなのかわからない。誰かが泣いている姿を見るのは体が裂かれるように苦しくて、なんとかしなくちゃ、と頭よりも体が先に動いている。

「ゆか。わからないなら、教えてあげる。そういうのを偽善っていうのよ」

 マヤの言葉が冷たいナイフとなって心を突き刺した。

「あなたは自分の心が満たされるためだけに人助けをしてるのよ」

「違う。わたしはただ……」

「ほんとうに違うと否定できる? あなたが犯人を追いつめたから、結果として販売員の女性が刺されたとは考えられないの?」

 答えることができなかった。それは自分も考えたことだから。

「この間の事件も鷹野要とあなたが調査を始めたから、水瀬華乃の嫉妬心をあおることにもなったのかもしれない。今回の犯人もあなたが犯人を追い込んだから、犯人は腹を立てて販売員の女性を刺したのかもしれない。あなたの軽率な行動が犯人たちの犯行に拍車をかけてるとは思わないの?」

ゆかが震える唇を噛んでいると、最後にマヤは斬りつけるように一言告げた。

「ゆか。販売員の女性が刺されたのは、あなたのせいなのよ」

 もう堪えきれなかった。もうマヤの言葉を聞くことはできなかった。

 ゆかはリュックを抱きかかえると、斎図書館から飛び出していった。

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